営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第5回|刑事事件と民事事件における「営業秘密」の比較検討


営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第5回

刑事事件と民事事件における「営業秘密」の比較検討

                                          弁護士知財ネット中部地域会
弁護士 早川尚志

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平成27年改正不正競争防止法により、謙抑的な効果を期待して、一定の営業秘密漏洩行為について刑事罰が強化されたことはご承知のことと思います。
刑事手続は非常に厳格な手続であり、一般論として立証の程度が民事よりも高く要求されます。他方、刑事手続において、被告人が自白した場合、営業秘密該当性が、争点になりません。
営業秘密について、いわゆる有用性、秘密管理性、非公知性が言われますが、民事手続と刑事手続とにおいて、近年の判例上、どのように取り扱われているか、比較検討してみたいと思います。

1 問題意識 〜自白についての補強証拠の範囲〜

不正競争防止法に規定された刑事罰における「営業秘密」の定義も、同法2条6項の定義規定を引用しており、民事上の定義と何ら変わりません。すなわち、秘密管理性、有用性、非公知性がある技術上ないし営業上の情報が「営業秘密」に該当することになります。それゆえ、理論上は、民事手続と刑事手続において、要件事実上の差はありません。
ところで、刑事手続において、被告人が「自白」、すなわち、自己の犯罪事実の全部またはその重要部分を認める被告人の供述をした場合、補強証拠が必要とされます(憲法38条3項、刑事訴訟法319条2項)。しかし、この補強証拠について、自白にかかる事実の真実性を担保されるにたりる補強証拠があれば足りる、すなわち、要件事実の一部についてしか補強証拠がなくとも自白の真実性を担保できれば良いとの判例があります(最判昭和23年10月30日刑集2巻11号1427頁)。
上記最高裁判例の考え方に基づくと、刑事手続において「自白」があった場合の営業秘密該当性について、必ずしも、有用性、秘密管理性、非公知性のすべてについて証拠が整っていなくても認定可能と解釈する余地があります。しかし、そのように解することは、民事上で争った場合、不正競争防止法上の営業秘密とは言い難いものまで営業秘密として認定され、刑事罰が科される危険を孕んでおり、違和感を感じます。
この点を意識しながら、ここ数年の幾つかの民事判決と刑事判決を俯瞰してみたいと思います。

2 民事事件における営業秘密該当性が争点化された判決

民事事件において、営業秘密該当性が争われる場合、秘密管理性、有用性、非公知性の要件事実の有無が判断されることになります。
そして、近年、産業スパイ、あるいは技術者の引抜きによる技術情報の持ち出しが社会問題になり、技術情報に関する「営業秘密」の持ち出しが争われ、かつ営業秘密該当性を肯定した判決が増えています。
一例として、東京地判平成28年4月27日[中央精機事件](裁判所ウェブサイト掲載判例)においては、元従業員である被告が持ち出したとされるデータは、

  1. 「原告の近年の主力製品である」「2ラインセンサ方式のオートフォーカス顕微鏡、自動式マイクロスキャニングステージ及びレーザオートコリメータの組立図、部品図及び部品表」であって、
  2. その保管目的を「設計、開発に要する期間を短縮する目的などに使用するために保管」されており、
  3. 図面や部品表のデジタルデータは、社内サーバに保存された上、社内文書管理システムであるアークスイートを用いて管理されており、原告の従業員がデータを検索、閲覧、印刷するには所定の利用登録を受ける必要があるほか、サーバに蓄積されているデータを個別又は一括してダウンロードし、記録媒体に保存する権限を与えられているのは、技術部門の一部の従業員に限られていたこと、

から、いずれも、原告において秘密として管理されている生産方法その他の事業活動に有用な技術上の情報であって、公然と知られていないもの、すなわち、不競法にいう「営業秘密」に当たるものと認められると認定しました。
本判決において、原告は、上記の事実を立証するために、

  1. データの特定に必要な証拠(組立図、部品図及び部品表)、
  2. 有用性について、データの使用方法に関する証拠(設計、開発に要する期間を短縮する目的で使われていることについての証拠)
  3. 秘密管理性について、就業規則の規定、データにアクセスできる人員の特定、情報の取り扱い運用状況に関する証拠、
  4. 非公知性について、リバースエンジニアリングはできないという証拠

といった、営業秘密該当性に関わるすべての要件事実について、膨大な証拠を提出している(被告もそれに応じて反論、立証している)ことが窺えます。

なお、余談かつ私見ですが、原告の主張、裁判所の認定は、ともに「主力商品の」技術情報であることに言及しており、企業の収益のコア、言い換えれば他の企業との差別化・競争力の源泉となる「オンリーワン」の技術情報の場合、単なる営業上の情報に比べ、当該企業にとっても有用性、秘密管理性、非公知性の主張立証が容易であり、裁判所も認定しやすいという傾向はあると考えます。

3 刑事事件において「営業秘密」が争点化された判決

名古屋地判平成26年8月20日[ヤマザキマザック事件]においては、被告人が、自白せず、被害会社から持ち出されたファイル記録が営業秘密に該当するか、秘密管理性及び有用性を争いました。
それゆえ、同判決は、まず、秘密管理性について、①情報管理に関する規定の整備状況と、②実際のアクセス制限の運用状況、及び③秘密情報である事の認識可能性、を証拠に基づき細かく認定し、ファイル記録の秘密管理性を肯定しました。
また、有用性についても、ファイル記録に記載された組図、部品図、3Dデータに記載された情報を分析し、当該情報が、同社が製造販売する本件工作機械の製造に利用される図面情報であって、同社の事業活動に有用な技術上の情報であると認定しました。
この点、弁護人も、秘密管理性において、アクセス制限がなかった、あるいは運用において情報管理規定は実施されていなかったことを争い、有用性についても争っています。
このように、刑事事件において、営業秘密該当性が争点化された場合には、実際の事案ごとの差異はあれ、民事手続における営業秘密行為の差止請求におけると同様の争いがなされています。それゆえ、民事手続と刑事手続において、ほぼ同一の証拠、主張のもと認定がなされること、裁判体の違いこそあれ、営業秘密該当性については、結論の差異は生じないことが期待されます。

4 刑事事件において、「営業秘密」について自白があった判決

(1)東京地判平成27年3月9日判時2276号143頁[東芝フラッシュメモリ秘密漏洩事件](裁判所ウェブサイト掲載判例)において、被告人は、営業秘密に該当する情報を開示され、営業秘密を保持すべき任務を負っていたにもかかわらず、それを第三者に開示したことを前面的に自白しており、営業秘密該当性(秘密管理性、有用性、非公知性)は争点となっておりません。
それゆえ、営業秘密該当性に関し、秘密管理性、有用性、非公知性の有無についての具体的判示はありません。また、認定に用いられた「証拠の標目(注:証拠リスト)」を見る限り、上記東京地判平成28年4月27日[中央精機事件]、あるいは名古屋地判平成26年8月20日[ヤマザキマザック事件]のように、営業秘密該当性に関わる詳細な証拠が提出されたとは窺えません。
また、被告人は、開示情報に一部公知の情報が含まれていたことや、開示情報が他社の製造工程にそのまま妥当するものではないことは主張した模様ですが、上記「証拠の標目」を見る限り、秘密管理性、有用性を否定する根拠となる客観証拠を提出していないようです。
なお、量刑理由において、同判決は、営業秘密を「被害会社らが競業他社に先んじて開発した、当時世界最小の半導体メモリであるNAND型フラッシュメモリの信頼性検査の方法や試験データ等に係る」情報であり、被告人に開示を受けた競業他社が「同社のNAND型フラッシュメモリの開発、量産に当たって信頼性の確保に苦慮していた」ことを判示し、「本件開示情報に高い有用性が認められることは明らかである。」と認定してますが、秘密管理性、ないし非公知性に関わる事実については全く言及しておりません。これは、有用性が量刑に関わるという理由でしょう。
以上の通り、同判決について、営業秘密該当性について、①各要件事実を精密に認定した、それとも、②冒頭に述べた補強法則の解釈論に基づき、自白がある以上、営業秘密「らしさ」が担保されれば良いと考えて認定した、いずれなのかについて疑問が生じます。
もっとも、本件については、上記の通り当該技術は被害会社が「オンリーワン」で有していた技術であり、判決前に競業他社が被害会社に対し、金331億円を支払うという和解が成立している(量刑理由に判示)ことから、営業秘密該当性を肯定した結論そのものは妥当と考えます。

(2)また、横浜地判平成28年1月29日[包装機械設計図面事件](裁判所ウェブサイト掲載判例)においては、被告人が持ち出した設計図面のファイルデータが営業秘密であることの自白がある上で、弁護人は情状弁護として、①営業秘密の重要性の程度、②秘密管理の徹底度合いを争っており、かつ裁判所も量刑事情として上記事実について評価をしています。
しかし、営業秘密の重要性の程度、とは有用性の存否に関わることです。また、秘密管理の徹底度合いというのは、秘密管理性の存否に関わります。そもそも営業秘密該当性も含めた公訴事実の「自白」がなされたこと自体が奇妙に感じられます。
かつ、証拠の標目が省略されているため、どのような証拠が提出されたのかはわかりませんが、裁判所は、個々のデータそのものは、「比較的単純」であり、また、「格別高い技術を必要とすることの立証はな」く、「技術面での高い優位性やオリジナリティーを有する営業秘密性であるまでいうことはできない」が、「効率的な設計・製造を可能とする点で有用性の高いものと言える」と認定しています。全てのデータに有用性があったのか、疑念が残るところであり、また、非公知性を争った場合に非公知性が否定される可能性があります。
また、営業秘密が認定できる程度に秘密管理がなされたことについても具体的な認定が判示されていません。
以上要するに、この判決においては、判決の記載に基づく限り、営業秘密該当性について、冒頭に述べた補強法則の解釈論に基づき、自白がある以上、営業秘密「らしさ」が担保されれば良いと考えて認定しているのではないか、言い換えれば、本件データが全て、営業秘密に該当するものだったのか、結論について疑念が残るのです。

(3)営業秘密該当性については、たとえ自白があったとしても、民事手続の場合と同様に、有用性、秘密管理性、非公知性について全て証拠を持って証明されることが、最高裁判例にいう「自白にかかる事実の真実性を担保されるにたりる補強証拠」ではないかと考えます。そのように解することで、民事上で争った場合、不正競争防止法上の営業秘密とは言い難いものまで営業秘密として認定され、被告人に刑事罰が科される危険を防止することになるからです。

5 まとめに替えて〜営業秘密を有する企業として留意すべきこと〜

以上俯瞰してきましたように、営業秘密行為につき、刑事手続で自白がなされた場合、営業秘密該当性につき、要件該当性が厳密に検討されていない場合がありえます。このことは、一義的には被告人の不利益に関わる問題ですが、被害者たる企業にとっても予測外の事態を生じる危険を孕んでいます。
すなわち、刑事手続において、営業秘密該当性が肯定されても、民事手続において、争点化した場合には、異なる結論が生じる場合があり得るということであり、これは被害者側としてはなかなか納得できないことです(交通事故において民事と刑事の結論が異なるという報道をご覧になったことがあると思います)。
改正により、謙抑的効果を期待して刑事罰の範囲が広がりました。しかし、営業秘密を有する企業としては、すでに漏れた「営業秘密」の拡散防止、すなわち、民事手続において差止、損害賠償請求をすることがより重要なはずです。営業秘密管理指針を参考にし、専門家の助言を得ながら、企業活動の円滑さを可能なかぎり阻害しない、営業秘密管理体制の構築が求められていることは、従前と全く変わらないものと考えます。


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