営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第10回|御社の情報のうち,秘密にすべき情報は何ですか?


営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第10回

御社の情報のうち,秘密にすべき情報は何ですか?

弁護士知財ネット中国地域会
弁護士 中尾文治

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1 はじめに

不正競争防止法が改正され,しばしば新聞や雑誌等において営業秘密に関する特集や記事が取り上げられていることもあり,地方の中小企業や個人事業主の方も営業秘密に対する関心は高く,相談件数も多くなっております。

そして、筆者の経験上,営業秘密に関する相談内容は,営業秘密の要件たる秘密管理性と,秘密保持契約に関するものが多い印象です。

しかし,このような相談業務を受ける中,相談者の方の中には,「営業秘密」という漠としたイメージが先行し、自社の所有する多種多様な情報のうち,どの情報を秘密にすべきなのかについて,具体的に認識ないし把握されていない、と筆者が感じることが少なからずあります。

典型例としては、自社にある情報全てが秘密情報だと主張される場合です。

この点に関し,営業秘密をめぐる現状と課題をテーマとして行われた法律雑誌の座談会において,現在知的財産高等裁判所所長を務められる清水節裁判官は,営業秘密侵害訴訟を担当したご経験につき,営業秘密の特定が不十分だった具体例として,「『被告が持ち出した顧客名簿』と訴訟で言われていても,実際には1つの名簿が作成されているわけではなかった」,「周知の技術を含む一連のノウハウのうちのどの部分を秘密情報と主張するのかが判然しない」,非公知性を否定した具体例として,「製造上の秘密の技術情報だと主張されたものが既に特許として出願公開されている技術だった」,「秘密だと言われる仕入先のほとんどが名前の知れた周知の大企業だった」こと等を紹介されています。[i]
 この紹介された具体例の当事者が実際どうだったのかは分かりませんが,筆者が経験してきたことと重なるものであり、当事者が漠としたイメージで秘密情報を捉えていた可能性もあるのではないかと推測します。

2 なぜ秘密とすべき情報の把握が必要か

自社にある情報のうち,どの情報が「秘密」にすべき情報なのかを,ある程度具体的に把握していないと,実効性のある秘密管理体制を構築することは難しいと筆者は考えます。

例えば、秘密管理性が認められるための考慮要素として,当該情報が営業秘密であることを客観的に認識できること(客観的認識可能性)が必要とされます。この客観的認識可能性を確保するため,営業秘密が記載された文書等に秘密である旨を表示したり,また,秘密保持契約において,秘密である旨が表記された情報を秘密情報とする定義付け条項を規定したりします。しかし,そもそもどの情報が「秘密」に当たるのか具体的に把握していないと,秘密である旨の表記を失念してしまうおそれがあります。
また、例えば、一般的で容易に認識可能な情報は、有用性がないとして営業秘密該当性が認めらないことがあります。秘密とすべき情報か否かの把握を曖昧にして秘密管理体制を構築した結果、一般的で容易に認識可能な情報の管理にもコストをかけてしまい、相対的に、秘密とすべき情報の管理がおざなりになってしまえば、本末転倒です。

3 秘密とすべき情報の検討について

したがって、営業秘密として法的保護を受けるための出発点として,自社の情報のうち,どの具体的情報を「秘密」とすべきか、という検討は重要だと考えます。

もっとも、この検討は、そう簡単ではありません。事業者の業種や事業規模、経営戦略等によって、秘密とすべき情報は異なってきます。

この検討に係る考慮要素について,筆者の私見を述べると共に、それに関する裁判例を紹介します。

(1) 多角的な視点を持つ―大阪地裁平成28年7月21日判決-

秘密とすべき情報の把握のためには、多角的な視点が必要だと筆者は考えます。

この点に関して、大阪地裁平成28年7月21日判決があります。
この判決は,錫製品の製造に関する事業に携わる原告が,被告に対し,錫器の製造に使用する合金に係る営業秘密を不正の利益を得る目的で使用して錫製品を製造販売しているとして,不正競争防止法に基づいて,当該合金の製造等の差止等や損害賠償請求を求めた事案です。

この判例において、原告が営業秘密として主張したのは、合金の組成の情報でした。
これに対し,被告は,市場に流通している原告の合金から,成分及び配合比率を分析できることから,合金の組成の情報は公知の情報であると反論しました。
この反論に対し,原告は,合金の組成の情報が非公知であることの再反論として,①成分及び配合比率の分析には時間と高額の費用がかかること,②成分及び配合比率が分かっても,特殊な技術やノウハウがなければ合金を製造できないことを挙げています。
以上の原告被告の主張に対し,裁判所は,被告の主張を採用して合金の組成の情報は公知の情報であると認定し,合金の組成の情報の営業秘密を否定したのですが,原告の再反論の②の主張について,②の主張の場合に営業秘密として保護されるべき情報は合金の組成の情報ではなく合金の製造方法の情報であることを指摘しています。そして,裁判所は,当該訴訟において,原告が合金の製造方法は営業秘密として主張しない旨を明らかにしていることを付言しております(つまり,裁判所は合金の製造方法の営業秘密該当性については検討しない)。なお,この原告が合金の製造方法の情報を営業秘密として主張しないとした理由は,判決文からは分かりません。

この判例からは考察できるのは,多角的な視点で検討することの必要性です。
合金という一つの物について,成分及び配合比率といった組成に関する情報のほかに,製造方法に関する情報があります。事象は1つでも,切り口によって情報は複数存在するのであり,その複数の情報のうち,非公知で,有用性のある営業秘密として管理していく情報は何かという視点を持つことの必要性が示唆されます。

(2) 有用性の把握-大阪地裁平成28年6月23日判決

事業者は、他社と競争して事業を営んでいるところ、収益を上げるために独自の工夫を行うことがあり、この独自の工夫に、営業秘密としての有用性が認められると考えます。

この工夫に着目することが、秘密とすべき情報の把握に効率的だと筆者は考えます。

この点に関して大阪地裁平成28年6月23日判決があります。
大阪地裁平成28年6月23日判決は、医療機関や研究機関を顧客として営業対象とする臨床検査会社の顧客情報について、営業秘密該当性を認められた事案です。
顧客情報は、営業秘密該当性が問題とされることが多い情報の一つですが、特定が不十分、秘密に管理していない、公知であるといった理由で、営業秘密が否定されることも多い情報です。
大阪地裁平成28年6月23日判決では、臨床検査に関する臨床検査会社と顧客たる医療機関の関係という業界の特徴について事実認定された上で、この特徴を踏まえると、原告の顧客情報のうち顧客別の売上情報と顧客別の平均販売価率情報の有用性が認められるとしております。
なお、判例は、閲覧権限を有しない従業員にも営業に必要な範囲で顧客情報の閲覧が許されていたこと、営業部内で顧客情報が共有されていたこと、という秘密管理性を否定する方向で評価される事実も認定していますが、情報保護の社内規定が整備されていたこと、情報管理の研修が行われていたことをもって、従業員も営業活動上重要な情報であることを十分認識できたとした、秘密管理性を肯定しています。

この判決から、顧客情報だから営業秘密と単純に認識するのではなく、自社の事業において顧客情報にはどのような有用性があるのかという視点を持つことの重要性が示唆されます。

4 おわりに

上述してきたことは、筆者の私見です。
筆者の経験から、自社の情報の内どの具体的情報を「秘密」とすべきか、という検討は,自社の強みを把握、再確認することにも繋がると考えます。


注釈:

[i] ジュリスト1469号(株式会社有斐閣) 特集「営業秘密その現状と向かう先」

 

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