営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第23回|共同経営者間の対立と営業秘密の管理


営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第23 回

共同経営者間の対立と営業秘密の管理

弁護士知財ネット東北地域会
弁護士 木坂尚文(仙台)

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1 はじめに

企業における営業秘密については、企業と従業員という枠組みの中でその取り扱いが論じられることが少なくありません。
このコラムでも、第11回「退職従業員による秘密漏洩を防止するために企業がとるべき方策」、第13回「営業秘密を守るために、競業避止義務の活用は有効か?」、第21回「判例解説―元従業員が秘密保持義務に違反したとして損害賠償請求がなされた事例 (東京地判平成29年10月25日裁判所HP)」などで、企業と(元)従業員間での営業秘密の管理について、有用な解説がなされています。
しかし、営業秘密をめぐって紛争が生じるのは、企業と従業員との間に限りません。

今回は、共同経営者間での営業秘密をめぐる紛争についてご紹介させていただきます。
以下、物語風に事例を紹介しつつ、話を進めさせて頂きます。ただし、事実関係は全てフィクションです。

2 ともに夢を抱き起業したはずの共同経営者が紛争に至るまで

(1)希望と不安を抱えながらの起業

規模の大小は様々ですが、多くの方が社会人としてのキャリアをいずれかの会社・企業でスタートします。
鈴木さん(仮名)も、自分なりに大志を抱き、大学卒業後、とある大手メーカーに入社しました。しかし、日々の業務や人間関係に追われ、いつしか大きな目標を見失いつつありました。
入社後10年を過ぎ、以前お世話になった先輩方の様子をみていると、会社の中での自分の将来もおおよそ予想がつくようになってきました。こうした中、宮城県では東日本大震災が起こり、会社も1ヶ月にわたり操業停止を余儀なくされました。こうした中、鈴木さんは、改めて人生の目標を再確認し、38歳の誕生日の夜、「そうだ。独立しよう!」とひそかに起業を決意するに至ります。
しかし、大手メーカーの看板を下ろした自分がどこまで活躍できるのか・・、きちんと生計を立てられるのだろうか・・。妻や二人の子どもやまだまだ残っている住宅ローンのことを考えると不安が頭をよぎります。
信頼できる上司や気の置けない学生時代からの友人に相談を繰り返す中で、ライバルメーカーに勤務経験があり、想いを同じくする10歳年上の山田さん(仮名)と出会うことができました。
何度か酌み交わすうちに二人は意気投合、それぞれ貯金の一部を出しあって、共同で会社を設立することにしました。

(2)怒涛の日々

こうして二人は共同経営者となり、会社の構想をまとめた鈴木さんが社長となり、山田さんを副社長として「株式会社あゆむ」をスタートさせました。二人はそれぞれ必死に今までお世話になったお客様に挨拶回りをする中で、少しでも仕事につなげようと必死でした。その間、名ばかりの本社であるワンルームマンションの事務所では、会計事務所でアルバイトの経験がある鈴木さんの奥様が「専務」として電話番と経理を担当してくれています。
肩書こそ社長、副社長とはいえ、鈴木さんの奥様も含めて会社には3人しかいません。鈴木さん・山田さんが足で稼いだ顧客情報を、鈴木さんの奥様が片っ端から共用パソコンのエクセルファイルに入力していきます。共用パソコンにログインパスワードは必要ですが、パスワードは“1234”。誰もが忘れようのない、かたちだけのものです。当然ですが、エクセルファイルにはパスワードロックなどかけていません。

(3)亀裂の始まり

1年ほど経ち、まだまだ赤字ではありましたが、少しずつお仕事が決まり始めました。山田さんが元々在籍していた会社の方が大きかったせいか、受注の割合でいえば、山田さんが取ってきた仕事が8割ほど、残りが鈴木さんの取ってきた仕事でした。仕事の単価も山田さんの仕事の方が高額でした。
ある日、地元テレビ局の特集「被災地は今。〜復興に立ち向かう人々〜。」で株式会社あゆむが取り上げられました。インタビューに答えるのは鈴木さんです。復興への想いを堂々と語る鈴木さん。俳優の竹野内豊にどことなく似ている鈴木さんの語り口は評判を呼び、マスコミへの露出が多くなりました。
株式会社あゆむはマスコミへの露出も奏功したのか、少しずつ売り上げが伸びてきました。もっとも、売上の大半を支えるのは、業界経験がより長い山田さんが地道な営業で勝ち取ってきた仕事です。
山田さんが毎日足で仕事を稼ぐ中、鈴木さんは各方面で注目を集めるようになってきます。

山田さんは営業帰りの定食屋で、インタビューに答える鈴木さんを画面越しにみながら、「この会社を支えているのは俺なのに・・。」つい呟いてしまいました。

(4)再度の決意

株式会社あゆむは、その後も順調に業績を伸ばし、ワンルームマンションを出て、オフィスビルに入居し、複数の社員を採用するまでに大きくなりました。
とはいえ、まだまだ典型的な中小企業。みんながお客さん回りから資材の調達、外注先の手配や納品、入金の管理まで一人で何役もこなす必要があります。ログインパスワード“1234”のパソコンは、顧客ファイルにもパスワードロックが掛けられ、内部規則上、社長、副社長、専務のみが管理する建前にはなりましたが、顧客ファイルのパスワードも“1234”、実際には直近に入社した数名を除き誰もがパスワードを知っており、パスワードなど有名無実化していました。さらに、経費節減のため、顧客データをプリントアウトした紙が会社内でメモ用紙として使われていることもありました。
鈴木さんが引き続き地道な努力を続ける中、最近の鈴木さんはますます注目がたかまり、最近ではバラエティ番組などでもみかけるようになりました。
こうした中、山田さんは再度決意します。

「あんな若造の下はもうこりごりだ!もう一度、一人で勝負しよう!」

(5)新たな船出

こうして、山田さんは株式会社あゆむを退職し、ほどなく新会社「株式会社あけぼの」を設立します。今度は一人での船出です。
山田さんも新卒で大手メーカーに入社して以降、同じ業界で生きてきました。将来はともかく、まずは鼻の利くこの業界でお金を稼ぐしかありません。
実は、山田さんは株式会社あゆむを退職する際、自分が開拓したお客様のリストを顧客ファイルからコピーしていました。自分の足で開拓した自分のお客様です。かたちのうえでは株式会社あゆむのお客様ですが、お客様の方も会社ではなく、山田さん個人を信頼してお付き合いしてくださっています。
鈴木さんとたもとを分かつ決意をしていた山田さんはこっそりとコピーしましたが、備忘のために“自分の”お客さんの名簿をコピーしておいたんだという山田さんにさほど罪悪感はありません。
こうして山田さんは、新会社設立後まもなく、これまでのお客様に挨拶回りを始めるとともに、一部のお客様には「このたび山田は、株式会社あゆむを退職し、『株式会社あけぼの』を設立し、新たな第一歩を踏み出しました。」という、あいさつ状を送りました。

(6)法廷闘争の幕開け

山田さんが株式会社あけぼので新たなスタートを切って数カ月、このあいさつ状が鈴木さんの目に触れるところとなりました。
山田さんの退社後、株式会社あゆむの売上は目に見えて売上が下がりつつあり、また、一部社員が山田さんの後を追うように退職したこともあったことから、鈴木さんはこれに烈火のごとく怒ります。
あいさつ状を送付できたということは顧客データを持ち出したはずだ。だとしたら顧客データという営業秘密の不正取得にあたる可能性があるのでは?と鈴木さんは、営業秘密の不正取得に加え、従業員の引き抜きその他思いつく限りの理由を列挙して、山田さんと株式会社あけぼのを提訴するに至りました。

3 顧客データの持ち出しが営業秘密の不正取得にあたるか。

以下、上記の事例を前提に顧客データの持ち出しが営業秘密の不正取得にあたるかを検討してみます。

(1)営業秘密とは

不正競争防止法上、営業秘密とは、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定義されています(2条6項)。

世にいう「企業秘密」のすべてが営業秘密に該当するわけではなく、①秘密として管理されている情報(=秘密管理性)であって、②事業活動に有用な(=有用性)もののうち、③公然と知られていないもの(=非公知性)という3つの要件すべてを満たすもののみが営業秘密として保護されます。

(2)顧客データが営業秘密に該当するか。

顧客名簿ないし顧客データが営業秘密に該当するとして訴訟が提起される事例は少なくありません。
今回、山田さんがコピーした株式会社あゆむの顧客データが営業秘密に該当するか、検討してみます。
まず、顧客獲得に直結する顧客データが②の有用性を満たすものであること、山田さんが足で稼いだ株式会社あゆむの顧客情報は一般的に入手可能なものではなく③非公知性を満たすことについては議論の余地はないでしょう。
実際、顧客情報について②有用性、③非公知性の要件について議論がなされることはほぼありません。

(3)株式会社あゆむの顧客データが「秘密として管理されている」といえるか。

問題は、①秘密管理性の要件です。

このコラムでもよく引用される平成27年1月に全部改訂された「営業秘密管理指針」[1]にも「秘密管理性要件が満たされるためには、営業秘密保有企業の秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要がある。」と解説されています。
すなわち、①秘密管理性の要件は、一般に、(ア)(営業秘密であることについての)客観的認識可能性、(イ)秘密管理措置の存在という二つの要素で判断されます。

山田さんがコピーした株式会社あゆむの顧客データについて、この二つの要素を検討してみます。
山田さんが顧客データをコピーした当時には、“1234”という簡単なパスワードながら顧客ファイルが保存されたパソコン、さらには顧客ファイルそのものにもパスワードロックが掛けられており、内部規則上、社長、副社長、専務しか管理できなかったとされているのであれば、営業秘密であることが明確に従業員等に明確に示されていたといえ、営業秘密であることについての(ア)客観的認識可能性はあるといえるでしょう。
しかし、その当時もまだまだ従業員各人が営業から何からあらゆる仕事をこなさなければならず、 “1234”は誰もが知っており、パスワードとしては有名無実化していた[2]。さらには、顧客データの出力用紙がメモ用紙として再利用されているという状況に鑑みると(イ)秘密管理措置が構築されていたとすることは難しいでしょう。

4 法廷闘争以降

法廷闘争に進んだ鈴木さんと山田さんの、その後についてお話します。

株式会社あゆむを原告とする訴訟は、従業員の引き抜きなども争点となったことや顧客ファイルの管理状況を巡って双方が詳細な主張立証を行ったこともあり、審理期間は1年超えて長期化しました。
そうこうしているうちに、株式会社あゆむと株式会社あけぼのの裁判のうわさは徐々に拡がっていきました。
裁判は株式会社あゆむの敗訴に終わりました。しかし、地方で業界内のいざこざがあると、どちらが悪いかはともかく、どちらの会社からも少しずつお客様が離れていきました。
裁判だけが影響したのかは定かではありませんが、結果的に、勝訴した株式会社あけぼのも敗訴した株式会社あゆむも裁判が始まって以降、業績が低迷してしまいました。

5 株式会社あゆむはどのような対策を取るべきだったでしょうか。

では、株式会社あゆむと鈴木さんはどのような対応を取るべきだったのでしょうか。
株式会社あゆむのような小規模スタートアップは少人数であり、組織の分化も未了です。一人が何役ものお仕事をこなしていく必要があります。
このような実態を踏まえて、あるべき秘密管理措置に鑑みると、厳密なアクセス制限を施すことはそもそも困難です。営業秘密の漏洩を恐れるあまり、過度な情報管理が迅速な企業活動の足かせになるのでは、市場認知を急速に高めていく必要があるスタートアップにとっては本末転倒な結論となりかねません。

もっとも、どのような秘密管理措置が必要となるかは当然ながら企業規模等に左右されます。この点は、先の「営業秘密管理指針」にも「具体的に必要な秘密管理措置の内容・程度は、企業の規模、業態、従業員の職務、情報の性質その他の事情の如何によって異なる」と記載されているとおりです(同指針5ページ)。

例えば、機械設計図の電子データに関して秘密管理性が争点となった大阪地判平成 15 年 2 月 27 日 平成 13 年(ワ)10308 号では、原告の従業員が全部で10名と少数であったこと、当該電子データが原告の設計業務に使用されるものであり、設計担当者による日常的なアクセスを必要以上に制限することができない性質のものであることなどを踏まえ、本件電子データは社内だけで接続されたコンピュータ内に保有されており、その内容を覚知するためには、原告社内のコンピュータを操作しなければならないことなどの状況をもって、秘密管理性を肯定しています。

本件でも、まだまだ株式会社あゆむの規模が小さいのであれば、例えば、クラウド上のデータベースで顧客情報を管理し、各人にログインIDとパスワードを付与するという運用を構築するだけでも秘密管理措置としては大きく前進するといえましょう。クラウド上小規模のデータベースをクラウド上で管理するのであればコストもかかりませんし、業務効率も向上します。

6 営業秘密管理体制を整えることに意味があるのか?

先に、株式会社あけぼのは、たとえ勝訴しても、裁判の当事者となっていること自体により、売上に悪影響を受けてしまったというお話をしました。
そうであれば、そもそもコストをかけて営業秘密の管理に取り組む意味に乏しいのではと考える向きもあるかも知れません。
しかし、営業秘密の管理に取り組むことは、裁判そのものを回避することにつながります。すなわち、企業として、営業秘密の管理をはじめ、コンプライアンスに真に専心しているという姿勢を示し、「あの会社を敵に回すと裁判で負ける。」と思わせること自体が、違法行為に対する何よりの防波堤となります。
近時、IT技術の進歩により効率的な営業秘密の管理にかかるコストは以前より大きく低減しています。新しい技術を積極的に活用し、合理的なコストで効率的な営業秘密の管理に取り組まれることをお勧めします。

7 共同経営関係の解消

今回のコラムでは、鈴木さんはすんなりと株式会社あゆむを退職していますが、実際には退職をめぐって壮絶な争いになる事例も少なくありません。これを回避するには共同で会社を設立する段階で出資等について慎重に検討する必要があるのですが、一連のコラムのテーマから外れますので、別の機会に譲ります。

以上

 

[1] http://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/20150128hontai.pdf

[2] 参考判例:大阪地裁平成20年6月12日判決 平成18年(ワ)第5172号

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