営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第27回|韓国と日本の営業秘密保護について


営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第27 回

韓国と日本の営業秘密保護について

弁護士知財ネット国際チーム会員
韓国弁護士•弁理士 李厚東[1]

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1990年日本の不正競争防止法の改正により営業秘密保護に関する規定が新設され、翌年韓国でも類似の法改正が行われました。それ以降、韓国と日本は遅れ先立ちで営業秘密保護の法令とシステムを発展させてきましたが、全体的には非常に似ているものの、刑事手続きの活用や転職差止請求など、細かいところでは異なるところが結構あります。

まず、両国における営業秘密保護に関する法律の制定及び改正の経緯を表で簡略にまとめますと、次の通りです。

[表1 日韓の営業秘密保護立法の経緯]

日本
1911年 不正競防止法草案の作成[2]
1934年 不正競防止法制定

営業秘密に対する保護規定は除外

1961 不正競防止法制定

1986 全面改正

営業秘密に対する保護規定は除外

1990年改正

営業秘密保護制度の導入

• 営業秘密の定義

• 民事的救済

 

1991年改正

営業秘密保護制度の導入

• 営業秘密の定義

• 民事的救済

• 刑事処罰

1998年改正

• 法律名を「不正競争防止及び営業秘密保護に関する法律」に変更

• 刑事処罰の強化

• 除斥期間を3年から10年に

 

2003年改正

• 民事的救済措置の強化

• 刑事処罰

2004年改正

刑事処罰の強化

• 非親告罪

• 未遂犯及び予備・陰謀の処罰[3]

2015年改正

刑事処罰の強化

• 非親告罪

• 未遂犯の処罰

• 任意的没収規定の導入

除斥期間を10年から20年に

2015年改正

-秘密保持に必要な「相当な努力」を「合理的な努力」に緩和

-原本証明制度を取り入れて営業秘密保有者の立証の困難さを緩和[4]

2018年改正

限定提供データの不正取得などを不正競争行為で追加

 

韓国では、1991年に不正競争防止法において営業秘密保護制度が初めて導入された時から、民事的規制に加えて、営業秘密侵害行為に対する刑事処罰を立法しました。侵害行為に対する抑止力という側面から見て民事責任よりは刑事責任の追及がより強いことに加え、権利救済の手段として、民事手続に劣らず刑事手続への依存度が高い韓国の司法手続の特徴が考慮されたものと理解されます。

刑事処罰条項は立法初期にはそれほど関心を引くことはできませんでしたが、1998年、いわゆる「半導体技術の国外流出事件[5]」をきっかけに、法曹界はもちろん、産業界及び一般国民の関心が営業秘密保護の強化に集中されながら、法律名に「営業秘密保護」を加えて「不正競争防止及び営業秘密保護に関する法律」へ変更し、刑事処罰を強化する方向で法改正が行われました。特に、韓国の経済成長を牽引してきたコア技術の海外流出を懸念する声の高まりを受け、営業秘密の国外流出と国内流出とを区別して前者の刑量を後者に比べて重くし、これは今も続いています。刑事処罰規定の導入以来、その法定刑の変化を見ますと、次の通りです。

[表2 韓国における営業秘密侵害罪の法定刑の変化]

1991年改正 1998年改正 2004年改正 2013年改正
国外流出 3年以下の懲役

3千万ウォン以下の罰金

7年以下の懲役

1億ウォン以下の罰金

10年以下の懲役

財産上の利得の2倍以上10倍以下の罰金

10年以下の懲役

1億ウォン以下又は財産上の利得の2倍以上10倍以下の罰金

国内流出 5年以下の懲役

5千万ウォン以下の罰金

5年以下の懲役

財産上の利得の2倍以上10倍以下の罰金

5年以下の懲役

5千万ウォン以下又は財産上の利得の2倍以上10倍以下の罰金

また、検察及び警察においても、これらの社会的必要性に応えるべく、専門部署[6]を設置して熟練人材及び装備を揃え、営業秘密侵害行為に関する告訴がある場合に迅速・適切に対応しています。

ところが、こうした刑事処罰による抑止効果について疑問を呈する声もあり、これは、処罰の強化にもかかわらず毎年の営業秘密侵害の刑事事件数が減少していないことを理由としています。

[表3 営業秘密侵害の刑事事件に関する大検察庁[7]の統計]

2012 2013 2014 2015 2016
事件数 448 459 412 467 528
被疑者数 1,63 1,156 972 1,129 1,125

また刑事事件に限らず、営業秘密侵害の差止又は損害賠償を求める民事訴訟の数も毎年増加を示しています。

[表4 営業秘密侵害をめぐる訴訟事件の増加推移[8]]

2014 2015 2016
民事判決 167 189 269
刑事判決 107 120 155

日本と比べて目立つこれらの韓国の特徴的な傾向は、終身雇用制度の不在に起因しているのではないかと筆者は考えます。ご存知のとおり韓国の大企業は、熾烈な競争に基づく厳格なピラミッド型のヒエラルキーからなり、昇進から脱落したり、その他個人の事情で定年前に会社を辞めることが殆どです。したがって、現在勤めている会社をいつ辞めることになるか分からないといった不安は、退職後の働き方について考えることを余儀なくさせ、適切な時期における転職又は創業につながりますが、これと従い従来勤めていた会社の営業秘密の持ち出しが問題として浮上されることになります。韓国の警察庁が発表した統計によると、2017年4月~9月の6ヶ月間、90件の営業秘密侵害犯罪を捜査して223人が立件されましたが、そのうち82件が内部の役職員による流出としています。すなわち内部者・退職者による流出が9割を超えると言えます。

こてに関連して、日本の法律家にとってやや馴染みのない場面は、韓国では民事的救済手段として「転職差止」を求める本案訴訟又は仮処分申立が頻繁に行われている点です。一見、職業選択の事由など憲法上の基本権を侵害しているように映ることもあり得ますが、韓国の裁判所は、労働者の権利と営業秘密保護という会社の利益を比較衡量した上で、適切と認められる期間において、退職した労働者の転職を差止める[9]判決又は決定を下すこともあります。転職差止請求権の根拠としては、不正競争防止法違反の営業秘密侵害行為に限らず、勤務中あるいは退職時に締結した競業避止約定が挙げられることもあり、利益衡量に際して、裁判所は退職及び転職の経緯、帰責事由の存否、対価支払の可否など様々な要素を考慮して差止の要否を判断します。事案の緊急性に照らして仮処分申立が主に行われ、統計によると、2015年~2016年の2年間で115件の転職差止仮処分が申立てられ、うち31件が認容されたとしています。裁判所が転職差止請求を認容する場合その期間は概ね6ヶ月~1年となり、上記31件のうち19件で、1年間の転職差止が命じられました。

前述の半導体技術の海外流出事件を含め、マスコミで報道される営業秘密侵害事件は、韓国経済を支えている主要産業、すなわち半導体、ディスプレイ、自動車などの技術分野に集中しており、大手企業が被害者のケースが大半です。ところが、実際のところ営業秘密侵害事件の多数は中小企業で発生しており、上記の警察庁の統計による90件のうち、中小企業が被害者の場合が84件です。

しかし、実際に営業秘密を侵害されたとの連絡を受けて、依頼者と相談してみると、「秘密管理性」の要件を充足できておらず法の保護を得られないケースも少なくありません。すなわち、韓国の不正競争防止法(2015年改正前の不正競争防止法)は、第2条第2号で営業秘密を次のように定義しており、

「営業秘密」とは、公然と知られておらず、独立した経済的価値を有するものであって、相当な努力により秘密として保持された生産方法、販売方法、その他営業活動に有用な技術上又は経営上の情報をいう。

ここで「秘密を守るために相当な努力を尽くしたのか」に関して、判例では秘密管理の規範的要素(社内規程の制定及び施行の可否など)、物的要素(空間及び装置の確保、アクセスコントロールなど)及び人的要素(教育、誓約書の徴求など)といった多くを審理の際の考慮要素として提示しているところ、多数の中小企業がこのハードルをクリアできていませんでした。

このような中小企業における困難を低減する趣旨で、2015年に上記定義のうち「相当な努力」を「合理的な努力」に変える改正がなされました。秘密管理のための努力を尽くしたかどうかは、その秘密主体が置かれている現実的な状況を考慮して判断するということです。この改正によって営業秘密侵害を訴える中小企業にとって秘密管理性という要件のハードルがどの程度下がったのかを評価するには、もう少し時間が必要かと思われます。

以上で刑事手続と転職差止請求の活用、秘密管理性の要件などの点において韓国の現状を若干紹介しました。皆様のご参考となれば嬉しいところです。その他にも秘密保持命令の運用実態など、言及したいものが多くありますが、またの機会にと思っています。

今年4月京都で、韓国知財弁護士協会(KIPLA)と日本の弁護士知財ネット(IPLNET)の共催で開かれた第2回日韓知財司法シンポジウムでも(なお、シンポジウムの内容については、9月20日発刊のLaw & Technology(民事法研究会)において特集されています。)、両国の営業秘密保護制度の異同をめぐって議論が活発になされました。これからも日韓の比較法研究を介して、両国で営業秘密の保護に役立つ制度作りを進めていくことができればと思う次第です。

 

※注釈

[1] 韓国知的財産権弁護士協会(KIPLA)副会長。法務法人(有限)太平洋パートナー

[2] 1911年の草案には、不正競争行為に対する規定以外に営業秘密を保護する定めが設けられていたものの、制定には至らず、1934年の法制定の際には営業秘密保護の規定が入っていなかったと認識しています。韓国でも、1961年の不正競争防止法の制定及び1986年の全面改正当時は、営業秘密保護に対する考慮がなされていませんでした。

[3] ちなみに韓国刑法上、予備・陰謀を処罰する犯罪は内乱・外患・放火・殺人などの罪に限られ、財産的法益に対する犯罪としては強盗罪だけが予備・陰謀が処罰されます。

[4] 原本証明書の発給を受ける者は、電子指紋登録当時、当該電子文書の記載内容のとおり情報を保有したものと推定する規定を新設して営業秘密保有者の立証の負担を軽減するとともに、秘密保持に必要な努力の水準を「合理的な努力」へ緩和するなど、中小企業の営業秘密保護を支援する意図で改正が行われました。

[5] サムスン電子とLG半導体の前・現職従業員が、第3世代半導体コア技術を台湾企業に流出して甚大な国家的損失をもたらした事件です。関係者全員が懲役刑の有罪判決を受け、空港において逮捕に至る過程はスパイ映画を彷彿とさせ、刑事処罰を強化する法改正への直接の契機となりました。

[6] 検察には「先端犯罪捜査部」、警察には「産業技術流出捜査隊」を置き、その他国家情報院に「産業機密保護センター」が設けられています。

[7] 日本の最高検察庁に相当します。

[8] 韓国の法務法人多来による特許庁請負調査報告書から引用しました。

[9] 実際には、転職自体を差止るよりは、転職先の会社で退職した会社の営業秘密に関連する職務に従事することを差止る場合が多いです。

 

 

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