営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第29回|農水知財 ~交配種(F1品種)の保護~


営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第29回

農水知財 ~交配種(F1品種)の保護~

弁護士知財ネット 農水法務支援チーム
弁護士 牧野知彦

PDF版ダウンロード:[営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム] 第29回 農水知財 ~交配種(F1品種)の保護~

第1 はじめに

知的財産権には,一定の情報に対して関係省庁での登録を経た上で独占権を付与する制度(特許権,商標権,意匠権,育成者権など),一定の表現に対し登録なくして独占権を付与する制度(著作権),さらには,不法行為の特別法として一定の行為に対する差止請求を認める制度(不正競争防止法)など様々なものが含まれます。

このような知的財産権は,多くの企業活動で活用されてきましたが,これまでのところ,農業,漁業,あるいは林業といった農水分野では種苗法による品種登録制度が用いられることはあっても,その他の制度についてはあまり利用されてこなかったといえます。しかしながら,これからの農水分野は国内の競争のみならず国際的な競争にもさらされる厳しい状況を迎えることが予想されますので,これまで以上に戦略的な経営ということを考える必要があります。

このような状況を受け,最近,農水分野においても広く知的財産権を活用するべきではないかとの問題意識が高まっているように思います。そのような流れの一つとして,これに関係する各省庁や「弁護士知財ネット」に所属する弁護士が集まり農水知財基本テキスト編集委員会編「攻めの農林水産業のための知財戦略~食の日本ブランドの確立に向けて~農水知財基本テキスト」(平成30年1月25日)という書物を刊行し,また,弁護士知財ネットでは農水法務支援チームを設立し,農水分野における知的財産権の活用の普及に尽力しているところです。

そこで,今回は,このような農水分野における営業秘密の問題の一つである,交配種(F1品種)の保護について考えてみたいと思います。もっとも,現状において,この問題についての十分な議論がなされているわけではなく,また,私の理解も極めて不十分なため,本稿は,このような問題があることの紹介に留まってしまっていることをご了承ください。

 

第2 交配種(F1品種)

交配種(F1(First Filial Generation)品種,一代雑種,ハイブリット種などともいいます。以下では,「F1品種」といいます。)とは,「性質の異なる2種類の親系統(原種)を交配して作り出した雑種一代のこと」のことをいいます(一般社団法人日本種苗協会編「新・種苗読本」(2018年3月)25頁(以下,「読本」といいます。))。

従来の農業では,固定種(長年にわたる自然淘汰や人間による選抜の結果,遺伝的に植物としての特性が固定(安定)している品種のこと(読本25頁))を用いてきました。このような固定腫では,「ある程度は遺伝的多様性を持つため,形状や色といった形質に多少の変異があるが,親から子,子から孫へほぼ同様の性質が受け継がれていく」(読本25頁)ことから,農家は,これを植え,収穫物から種を取り,これを植えるというサイクルを繰り返すことができます。

一方,F1品種は,異なる性質を持つ系統を交配したものであるため,固定種と比較して,「①雑種強勢により生育が旺盛なため,不良環境下においても栽培が安定する。」,「②親系統(原種)に付与した優良形質を兼ね備えることができる。」,「③形質の揃いがよい。両親の形質が固定化されているので,品種特性が均一に発揮される。」という優れた特徴があるため(読本25頁),固定種を使用するよりも効率よく高い品質の作物を得ることができます。そのために,近時の農業では,F1品種が多用されています。

 

第3 F1品種に対する営業秘密としての保護

1 F1品種における秘密保護の必要性

上記のような特徴を有するF1品種ですが,もう一つ重要な特徴があります。それは,「④自家受精を経た後代(F2世代)の種では形質がバラつき不ぞろいになる。」(読本25頁)というものです。

すなわち,固定種であれば,農家が自ら植えた植物から種を得てこれを栽培することで,ある程度均一な種を維持することができますが,F1品種の場合には,その品質が優れている反面,育てたF1品種から自ら種を得てこれを育てたとしても,必ずしも優れた品質を有する種が得られるわけではないということです。そのために,農家が次の収穫を行う際には,改めてF1品種の種を購入する必要があります。

F1品種のこのような特徴のために,ある者(企業)がF1品種の開発(優れた原種の開発)を行い,そこから得た種を農家(農協)に販売するというビジネスモデルが成り立ちます。現在,日本でこのようなビジネスを行っている会社(種苗メーカー)は数社程度といわれていますが,種苗メーカーからすれば,F1品種を生み出す原種こそが重要な営業資産であり,これを厳重に保管・保護することが営業力の源泉ということになります。

ここで,一般に,ある資産を保護する方法として,特許権といった登録制度によって保護する方法と営業秘密として非公開とすることで保護する方法とが考えられます。本稿で問題とするF1品種の原種の保護を考えた場合,育成者権や特許権といった制度の活用が考えられますが,これには出願費用がかかることに加え[1],出願後にその権利の内容が公開されてしまいますので,秘匿することに価値がある原種の保護として必ずしも適しているとはいえません。

そこで,原種を営業秘密として保護することができないのか,できるとしてどのような点に気を付けるべきなのかが問題となります。

 

2 F1品種の秘密保護の問題点

(1)はじめに

この問題について,農林水産省食料産業局が公表している「戦略的知的財産活用マニュアル」(平成26年4月)の8頁では,夕張メロンの事例に基づいて,以下のようなスライドを作成しています。

(農林水産省食料産業局「戦略的知的財産活用マニュアル」8頁より引用)

このスライドにもあるとおり,親株(原種)の情報管理者を限定すること,栽培の際は種の配布先を特定すること,親株(原種)情報の秘匿化といった点が秘密の保護のために必要になりますが,この点を含め,いくつかの問題点が考えられます。

(2)問題点

ア 不正競争防止法2条6項における「営業秘密」に該当する「情報」といえるか

不正競争防止法2条6項は「この法律において「営業秘密」とは,秘密として管理されている生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって,公然と知られていないものをいう。」と規定しています。いくら客観的には価値の高いものであっても,これに該当しなければ不正競争防止法における保護(差止請求,損害賠償請求)を受けることができません。

ここで,不正競争防止法における「営業秘密」とは,上記の定義に示されているとおり,「情報」である必要があります。もちろん,「情報」はなんらかの形で人間が認識できる形式を有する必要がありますので,例えば,それが「紙」に記されているのであれば,そのような紙を人目につかないように保管することが営業秘密の保護にとって重要な要素になります。しかしながら,そのような場合であっても,保護の対象はあくまでも「情報」であって,「紙」そのものではないので,不正競争防止法で禁止される行為は「紙」の使用行為等ではなく,「情報」の使用行為等です。

ここで,F1品種の原種について考えてみると,これは「情報」を保護するというよりは「物」自体の保護が問題になっているようにも思われます(上記の例でいうと,「紙」自体に価値がある場面であるようにも思われます)。そして,仮に,このように考えるとすると,「物」自体を無断で持ち出した場合,窃盗罪などが成立することは格別,営業秘密の問題ではないということになりそうです。

この点をどのように考えるのかは難しい問題であると思いますが,以下のように考えたいと思います。すなわち,F1品種の原種の遺伝子情報であるとか,それを生み出す過程の情報などは,まさに「情報」であって「営業秘密」に該当することが明らかであるところ,原種を取得すれば少なくともその遺伝子情報などを調べることはできます。また,原種という「物」自体に価値があるといっても,それは例えばダイヤモンドや金といったそれ自体の貴重性に由来する価値というよりは,それが生み出す成果に価値があるという点において「情報」と同視できると思われます。さらに,単なる財物として刑法的な保護を与えるのみであれば,違法に入手した原種からF1品種が作られたとしてもそれを差止めることが困難であることからすれば,これを営業秘密として保護すべき必要性は極めて高いといえますが,一方で,これを営業秘密として保護すべきでないとする積極的な理由もないように思います。

以上からすると,F1品種の原種自体をもって,不正競争防止法において保護される「情報(営業秘密)」に該当すると解釈し[2],その不正使用に対しては不正競争防止法3条に基づいて,その行為の差止請求を認めるべきと考えるべきだと思います[3]

イ 「秘密管理性」

営業秘密として保護されるためには,一般に「秘密管理性」「有用性」「非公知性」が必要とされています。
F1品種の場合,「有用性」については問題は少なく、また,「非公知性」についても,「秘密管理性」が満たされるのであれば,充足することが多いと思います。

「秘密管理性」については,上記スライドにも記載されていますが,どのような秘密管理体制を構築するかという秘密管理性に共通した問題に加え,「栽培」の点が問題になります。
すなわち,種苗メーカーは,原種を保有しているだけでは意味がないのであって,これを栽培し,種などを大量に収穫して,これを販売する必要があります。

ここで,当然のことですが,種を得るためには畑などを用いて栽培する必要がありますが,ここは通常,比較的オープンなスペースになっていますので,この点で秘密管理性が問題になります。

また,上記スライドには「栽培の際は種の配布先を特定すること」とありますが,このような栽培を行う者をどうするのか,という点も問題となります。これを自社ですべて行うのであれば問題は少ないといえますが,場合によっては,他者(契約した農家など)に委託する必要が生じます。そのような場合には,そのような者の選択の仕方,その者との間でどのような契約を締結しているかを含めた秘密管理の仕方が問題となります。とりわけ,そのような栽培を外国で行う場合には,管理が難しくなる分、流出を防止するための適切な措置を講ずる必要性が高まるといえます[4]

3 秘密管理における注意点

営業秘密の管理体制をどのように設けるのかといった点は一律の答えがあるものではなく,営業秘密の内容,企業の規模・業態,従業員の職務などによって異なるものですから,結局は,その会社にふさわしい管理体制を設けることが必要になります。

以下には,そのような管理体制を設けるにあたって,注意すべきと思われる点を「原種の保管」と「栽培に関する情報の保管」について記載しておきます。

(1)原種の保管

 原種の種に係る情報(遺伝子情報のみならず,それを得るまでの研究課程の情報なども含まれます)は厳重に保管する必要があります。そのための管理体制は他の営業秘密におけるものと同様になります。
また,その際には,雄株と雌株を別々の場所に保管し,それぞれ別の者に管理させるなど,流出を防止するための工夫を行うことが有用です。
なお,万が一,原種が流出した際に,それが流出した原種であることが特定できる特徴的な構成などを営業秘密として管理しておくことも有用であると思います。

(2)栽培に関する情報の保管

前述のとおり,栽培する場所は通常,比較的オープンなスペースですので,なにもしなければ秘密管理体制を築いたとはいえません。ここで,秘密管理体制を築いたといえるためには,最低限,対象情報(営業秘密)とその他の情報(営業秘密ではない情報)とが合理的に区分されており,対象情報が営業秘密であることを明らかにする措置がなされていることが必要と言えます。そのため,原種を栽培する場所自体を営業秘密として管理したうえで,その場所を柵などの構造物で覆い,鍵をかけるなど,特定の者しか入室できない措置を採るべきです。この点,植物工場のような設備が使えるのであれば,秘密の管理は格段にしやすくなるといえます。

また,第三者に栽培を委託する場合には,秘密保持義務を課した上で,その者が雇用するなどして栽培に関わる者にも同様の義務を課し,また,収穫量を厳格にコントロールする必要があります。この点は栽培が外国で行われる場合も同様ですが,監視を行うことがより困難になりますので,収穫には社員を同行させるなど,相応の体制を築くことが必要になると思われます[5]

第4 終わりに

本稿では,F1品種の保護という問題について考えてきましたが,農水分野には,この他にも,農家であれば栽培方法,漁業であれば漁場(魚が集まる場所というだけではなく,天候によっても場所は変わると思います)や釣り方といった,いわゆる「ノウハウ」と言われるものがいくつも存在します。また,これらは,ある特定の者だけで保有する場合もあれば,一定の範囲の者で共有する場合もあり,それによって,「営業秘密」としての管理体制は異なります。

ここで,これからの農業に知的財産権を活用するといっても,特許や育成者権を取得するには相当の費用がかかりますので,小規模な経営が多い我が国の農水分野における活用としては,営業秘密としての保護を活用するのが現実的な手段であると思われます。

平成25年には,「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されたことにも示されているように,日本食,ひいては,日本の農作物や水産物には世界的なニーズがあるはずです。このような中で,その発展のために知的財産権が寄与するためにも,農水分野における営業秘密の問題がより認知されることが期待されます。

以 上

 

 

[1] まして,世界各国に出願しようとすると多額の費用が必要になります。

[2] この点,経済産業省「営業秘密管理指針」11頁では,営業秘密の類型の一つとして「物件に営業秘密が化体している場合」として「製造機械や金型,高機能微生物,真正品の試作品など」を挙げていますので,この例との比較でいえば,F1品種の原種は十分に営業秘密に該当するといえます。なお,必要があれば,このような疑義が生じないような立法的な手当てをすることも検討されるべきでしょう。

[3] なお,原種自体は「物」であって営業秘密には該当しないと解釈する場合には,例えば,「ある原種とある原種の掛け合わせ」を営業秘密と捉え,その使用に対して差止請求を行うという解釈をすることになると思います。しかし,それでは,例えば雄株だけが流出した場合など,対応しきれない問題が発生すると思われます。

[4] 実際には,外国で栽培されていることが多いようです。

[5] なお,不正競争防止法では,日本企業の営業秘密の海外での使用・開示行為に加え,平成27年法改正により海外での窃取行為(取得)も禁止されることになりました。

(以上)

コメントは受け付けていません。