営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第54回|営業秘密が吸い上げられる事例


営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第54回

営業秘密が吸い上げられる事例

弁護士知財ネット
弁護士・弁理士 井上 拓

PDF版ダウンロード:[営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム] 第54回 営業秘密が吸い上げられる事例

企業の大事な機密情報を営業秘密として保護するべく、秘密管理性の獲得・維持に皆さま注力しておられることと思います。しかし、せっかく営業秘密の要件を充足したとしても、それを取引先等に吸い上げられてしまっては、元も子もありません。本コラムでは、令和2年11月に公取委が公表した「スタートアップの取引慣行に関する実態調査報告書」[1](以下「本報告書」といいます。)を参考に、営業秘密が吸い上げられてしまった実例をご紹介し、共に震えたいと思います。

公取委は、もともとは、製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査をしていました[2]。そしたら、投資が先行し資金力も乏しいスタートアップは取引先との関係で劣位に陥りやすい(つまり、優越的地位の濫用が起こりやすい状況にある)ことを指摘する意見が多く寄せられましたのですね。そこで、公取委は、製造業に限らず幅広い業種を含めたスタートアップの取引慣行の実態を明らかにするための調査を実施することにしました。その結果をまとめたのが本報告書です。なので、本報告書はスタートアップに特化した内容になっているのですが、スタートアップに限らず参考となる点も多いので、ご一読されることをお薦めします。

さて、本報告書には、営業秘密に関する「納得できない行為」として、以下の3つのパターンが挙げられています。パターン名は内容に踏まえて筆者がつけたものです(本報告書内のパターン名はもっとシンプルです)。なお、本報告書では、スタートアップと事業連携を目的とする事業者(以下「連携事業者」といいます。)との間の事例と、スタートアップと出資者との間の事例とに分けて記載されていますが、内容は概ね同じですので、ここでは区別せずに取り上げることとします。

① 機密保持契約(NDA)を締結することなく営業秘密を開示させられるパターン

② 片務的または不十分な内容のNDAしか締結しないパターン

③ 目的外使用等のNDA違反が行われるパターン

 

②(NDAが不十分)の究極版が①(NDAの非締結)ですので、①と②は同じ直線上にあるといえます。なので、まずは、①と②の例を見ていきましょう。本報告書では、ヒアリング調査で得られた回答として多数の事例が挙げられていますが、本コラムではその中からパターン別に2つずつピックアップしてご紹介します。本コラム内の事例番号は本報告書のそれを意味しています。

① NDAを締結することなく営業秘密を開示させられるパターンの例

【事例2】

当社が開発したウェブサービスのノウハウそのものであるソースコードを連携事業者に提供すれば,同様のサービスを開発されてしまい,それを当社よりも営業力のある連携事業者が販売すると,当社のサービスは売れなくなってしまう上,当社はそのサービスの開発コストを回収できず赤字になってしまう。そのため,当社がソースコードを連携事業者に全て提供するのは無理だと伝えたところ,連携事業者からソースコードを全て提供しないなら,今後の取引に影響を与えることなどを示唆されたため,NDAを締結しないまま,当社はソースコードを全て提供させられた。

【事例28】

当社の製品について,連携事業者と販売について連携する中で,当社の顧客情報の提供を求められ,顧客リストは当社の秘密情報であるため,共有したくはなかったものの,連携事業者との関係を考え,当社の顧客リストを共有せざるを得なかった。その結果,連携事業者が当社の営業先に当社製品と競合する自社の製品を当社の顧客に販売し,取引を横取りされかけてしまった。

② 片務的または不十分な内容のNDAしか締結しないパターン

【事例4】

当社と連携事業者との契約の中で,先方が保有する秘密情報については,当社にその秘密情報を保持する義務がかかる一方,当社の保有する秘密情報については,連携事業者にその秘密情報を保持する義務がかからず,当社の秘密情報を連携事業者が自由に扱えることができる片務的な契約内容を締結させられた。

【事例5】

大企業との連携において,その大企業が持つリソースを活用できることや,当社が創業から間もなく,大きな実績がなかったこともあり,契約の自動更新をしない,秘密保持期間を一般的な長さに比べると非常に短い期間に限定されるなど,不利な条件のNDAを締結させられた。その後,事業の連携について,音沙汰がなくなり,NDAの契約期間終了後になって,急にその大企業から類似のサービスが発表された。

上記はいずれも公取委によるヒアリング調査に対する回答ですから、実際にあった事例と考えて良いと思います。震えがとまりませんね。

NDAを締結することなく、あるいは、不十分なNDAしか締結せずに(つまり、相手方に必要十分な内容及び期間の秘密保持義務を課すこと無く)機密情報を開示してしまうと、大きく分けて以下の2つの問題が生じます。

1つ目は、機密情報の受領者が、守秘義務を負わないため、当該情報を好き勝手に使ってしまい、開示者が不利益を被るという問題です。例えば、事例28では、顧客リストの受領者が、当該リストを用いて、開示者の顧客に競合製品を販売し、開示者の取引を横取りしようとしています。事例5では、NDAの期間が短すぎたため、NDAの期間が終わるや否や(機密情報の価値が陳腐化する前に)、相手方から(おそらくは機密情報を用いた)競合サービスが発表されています。こういう問題が生じるわけです。

2つ目は、せっかく機密情報を厳格に秘密として管理し(秘密管理性の要件を満たし)、営業秘密としての保護を獲得していたのに、十分なNDAを締結することなく開示させられたい結果、当該情報について秘密管理性の要件を欠き、営業秘密としての保護を失う虞れがあるという問題です。例えば、事例1では、開示したソースコードは「当社が開発したウェブサービスのノウハウそのもの」とのことなので、秘密に管理されており、営業秘密であったと思われますが、これをNDAを締結しないままに提供してしまっているため、状況次第ではあるものの営業秘密として保護される可能性が減ってしまったことは間違いありません。営業秘密にあたらないとすると、このソースコードを入手した別の第三者に対して、それが営業秘密であることを前提とした各種の法的措置(差し止め請求や損害賠償請求)ができなくなってしまいます。いと悲し。

したがって、十分なNDAを締結することなく機密情報を開示することは避けるべきです。もっとも、避けるべきことはみんな分かっていると思います。分かってはいるのだけれども、圧倒的な交渉力の差を用いて開示を迫られた結果、泣く泣く開示してしまうのですね。上記各事例もそうなのだろうと思います。

しかし、このように無理やり開示させることは、「優越的地位の濫用」にあたり許されないことが少なくありません。無理やり開示を迫られた側は「『優越的地位の濫用』にあたるのでは?」というカウンターパンチをくりだせるということです。

本報告書は、どのような場合に「優越的地位の濫用」にあたるのかを解説しています。ふわっとした物言いとなりますが、「当該スタートアップが今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合」(本コラムでは「受諾不可避状態」といいます。)にあたるか否かが重要で、受諾不可避状態にあたる場合「正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるおそれがあり,優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある」とされています。

そして、受諾不可避状態に繋がり得るパターンとして、「取引開始時であっても,例えば,経営が厳しい中,未だ需要が十分に顕在化していない分野等において事業を展開するスタートアップの特性等により,スタートアップにとって連携事業者を他の事業者に変更することが困難であるような場合」や「出資契約がスタートアップの資金が尽きる直前に締結され,その時点で他の事業者と出資契約の締結に向けた交渉を開始することは困難であるなど,スタートアップにとって出資者を他の事業者に変更することは困難であるような場合」が挙げられています。つまり、取引先をかえることができない場合ですね。

皆さんがスタートアップなど取引上の交渉力が弱い立場にある場合、相手が不当に機密情報の開示を求めてくるのであれば、本報告書を引用し、「優越的地位の濫用にあたるのでは?」というカウンターパンチをくりだすなどして、ゆめゆめ貴重な情報が吸い上げられないように自衛して下さい。逆に、取引上の交渉力が強い立場にある場合、無理に情報開示を求めてしまうと「優越的地位の濫用にあたるのでは?」というカウンターパンチを受け、その後の交渉がやりづらくなる虞れがありますので、相手方への誠意をもった対応を心がけましょう。

最後に③についても、事例を2つ見ておきましょう。

③ 目的外使用等のNDA違反が行われるパターン

【事例7】

連携事業者と目的外使用を禁止するNDAを締結した上で,プログラムのソースコードを開示した。その後,連携事業者に連絡がつかなくなった。何があったのかと心配していたところ,連携事業者から,当社の類似サービスが発表され,当社のサービスと特徴的な点が全て同じ仕様になっていた。当初は事業連携を目的としていたにもかかわらず,競合相手になってしまった。連携事業者は大企業であり,同じ製品で競争するとなると,営業や販売のリソースで劣る当社としては,とても競争できないどころか,当社製品の開発費用の回収すら難しくなってしまう。

【事例43】

当社の事業上の秘密情報を教えることを出資の条件とされ,出資者とNDAを結んだ上で,教えたところ,出資者が自身の出資先であり,当社の競合にもなり得る事業者に対し,当社の営業秘密を盗用できるよう流出させた。結局,NDAについては,契約を結んでくれても,出資者はそれを守らず秘密情報を漏らす。当社としては,ノウハウなどの情報流出に関して裁判をして争うほどの体力が人員的にも資本的にもないため,裁判を起こしていないが,出資者はそれを見越しているから,裁判にならないと思って情報を流出させている。これでは,NDAが実質的に機能しない。

こちらも公取委によるヒアリング調査の回答ですから、実際にあった事例なのでしょう。涙が止まりませんね。

上記事例は、いずれも、NDAをきちんと結んだのにそれを破られたというものです。どの界隈にも残念な人は存在しますので、しれっとNDAに違反して情報が目的外使用されるリスクは常にあります。ですので、NDAを締結したからといって油断せず、それぞれの取り組みで必要な範囲の情報に絞って開示するようにしましょう。特に、事業のコアとなる部分の情報は、何度かの取引を通じて信頼できる相手にのみ(必要最小限度で)開示することが肝要です。ビジネスの世界にはオオカミがたくさんいるからです。

NDAに違反すると、契約違反(債務不履行)責任を負うことは当然ですが、営業秘密の目的外使用については、不正競争防止法違反にもなり得ます。さらに、本報告書によれば、「NDAに違反してスタートアップの営業秘密を盗用し,スタートアップの取引先に対し,スタートアップの商品・役務と競合する商品・役務を販売することにより,スタートアップとその取引先との取引が妨害される場合には,競争者に対する取引妨害(一般指定第14項)として問題」となり得ます。不幸にも、NDAを締結したにも拘らず反故にされた場合は、事後的救済にはなりますが、上記を参考に反撃されて下さい。

ビジネス界隈には常識的なヒツジさんも多数おり、本コラムで紹介したような事例に出くわすことは多くはないかもしれません。しかし、皆さまの貴重な営業秘密を不当に吸い上げんとするオオカミがいることも確ですので、いつこのような事例に遭遇するか分かりません。明日は我が身と思って、各自自衛していただければと思います。

以上

[1] 公取委「(令和2年11月27日)スタートアップの取引慣行に関する実態調査について(最終報告)」
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2020/nov/201127pressrelease.html

[2] 公取委「(令和元年6月14日)製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書の公表について」
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2019/jun/190614.html

コメントは受け付けていません。