営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第57回|営業秘密として保護されるための非公知性が認められた事例


営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第57回

営業秘密として保護されるための非公知性が認められた事例

弁護士知財ネット
弁護士 佐藤孝丞

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今回は、営業秘密(不正競争防止法2条6項)として保護されるための非公知性の有無が大きな争点となり、結論として、認められた事例を紹介します。

ここで取り上げる本件判決は、知財高判令和2年1月31日(令和1年(ネ)第10044号)です。この原審判決は、東京地判平成31年4月24日(平成29年(ワ)第29604号)です。いずれの裁判例も、裁判所ウェブサイト及びLEX/DBという判例データベースに掲載されています。

1.事案の概要

本件は、被控訴人(原審原告)Xが、Xの元社員である控訴人(原審被告)Yが、Xの保有する営業秘密である電磁鋼板に係る技術情報(以下「本件技術情報」といいます。)を取得し、これを株式會社ポスコ(以下「POSCO」といいます。)に対し開示した行為が不正競争防止法(以下「不競法」といいます。)2条1項4号又は7号の不正競争(営業秘密の不正取得又は不正開示)に当たる旨主張して、Yに対し、同法3条1項に基づき、本件技術情報の使用及び開示の差止めを、同条2項に基づき、本件技術情報を記録した電子ファイル及び同電子ファイルが保存された媒体の廃棄を、同法4条に基づく損害賠償として、10億2300万円及びこれに対する不正競争行為の後の遅延損害金(年5分)の支払を求めた事案です。

原審判決は、本件技術情報は同法2条6項の「営業秘密」に該当すると認定した上で、Yが平成17年8月頃から平成19年5月頃にかけて不正の利益を得る目的で本件技術情報をPOSCOに対し開示した行為が同条1項7号の不正競争に当たる旨認定判断し、Xの請求をいずれも認容しました。これに対し、Yが原審判決を不服として控訴を提起した事件の判決が本件判決です。

なお、Xは、平成24年4月19日、POSCOらによる営業秘密侵害行為等を理由として、POSCOらを被告として損害賠償等を求める訴訟を東京地方裁判所に提起しました。その後、平成27年9月、XとPOSCOらとの間において、POSCOがXに300億円の和解金を支払うことなどを内容とする和解が成立し、同月30日に同和解金が支払われるとともに上記訴訟に係る訴えは取り下げられたという背景があります。

2.判決理由

原審判決及び本件判決のいずれも営業秘密該当性及び営業秘密侵害行為の存在を肯定しました。以下、Xの請求が認められるための要件(Yの抗弁も含みます。なお、消滅時効の抗弁及び損害論については、言及を割愛します。)ごとに判決理由を概観します。

2-1.営業秘密要件①-秘密管理性について

原審判決は、本件技術情報の管理状況は、Xが、機密保持規程に基づき、本件技術情報を含む電磁鋼板工場の全設備について機密性が著しく高い扱いとし、Yに対しても秘密保持の書面を提出させるなどの秘密管理の努力をしてきているのであるから、本件技術情報は、秘密として管理されている技術上の情報であると判断しました。

本件判決もこの判断を維持しました。

2-2.営業秘密要件②-有用性について

原審判決は、本件技術情報の内容は、いずれも電磁鋼板の製造技術・ノウハウに関するXの技術情報であるから、Xの電磁鋼板の品質の優位性を保持する目的等に有用なものとして、事業活動に有用な技術上の情報であると認めました(Yも積極的には争っていないようです。)。

本件判決もこの判断を維持しました。

2-3.営業秘密要件③-非公知性について

原審判決は、本件技術情報は、その内容からして、Xの管理下以外では一般的に入手できない状態にある情報であるから、公然と知られていない技術情報であるとしました。

これに対して、Yは、本件技術情報には、公知文献等に記載された情報が含まれており、非公知性は認められない旨を主張しました。しかし、原審判決は、Yが指摘する特許第2749783号公報及び特開2002-309378号公報について、Xが自認する記載内容を見ても、本件技術情報である、方向性電磁鋼板に関する情報が、実務的な有用性を持つまとまりを持った情報として公開されていたと認めるに足りないことなどを理由に、Yの主張を排斥しました。

本件判決もこの結論を維持しました。本件判決は、原審判決に加え、次の説示をしました

  • 本件技術情報は、電磁鋼板の生産現場で採用されている具体的条件を含むものであり、公知文献等に記載されている研究開発段階の製造条件とは、技術的位置付けが異なる。
  • 公知文献等に記載されている製造条件は、文献毎にばらつきがあったり、一定の数値範囲を記載するにとどまるものである。
  • 電磁鋼板は多段階工程で製造され、高品質の電磁鋼板を製造するためには、各工程の最適条件の組合せが必要とされるのであって、一工程の一条件のみでは高品質の電磁鋼板を製造することはできない。
  • 公知文献等に本件技術情報の具体的な条件を含む記載があるというだけでは、生産現場で実際に採用されている具体的な条件を推知することはできず、非公知性は失われていないというべきである。

そして、本件判決は、公知文献等に記載された情報とは性質を異にするものであること、記載が異なることや記載から本件技術情報が開示されたとは評価できないことなどを理由に、本件技術情報には非公知性は認められない旨のYの主張は理由がないとしました。

2-4.営業秘密侵害行為の認定

原審判決は、以下の事実等を理由に、YがXとの秘密保持の契約に反し、自ら利益を得る目的(不正の利益を得る目的)で、本件技術情報をPOSCOに開示したこと(営業秘密侵害行為。不競法2条1項7号)を認定しました。

  • 会議等が行われ、その会議等の際に、Yは本件技術情報を開示した。
  • Yには合計約3000万円が支払われた。
  • XとPOSCOは鉄鋼メーカーとして競合関係にあったところ、電磁鋼板の生産高を左右する重要な要素である操業パラメータである本件技術情報が、YからPOSCOに対して開示された。
  • Yは、X及び日鐵プラント設計において長年にわたって電磁鋼板の技術開発等に従事し、退職時にはX及び日鐵プラント設計との間で秘密保持の契約が締結されていたのであり、背景事情や本件技術情報の重要性を知悉していたものと推認される。

これに対し、Yは、無方向性電磁鋼板の表面処理剤の開発や他の表面処理技術のアドバイス等の業務を行っており、従業員として給与を受け取っていたにすぎず、POSCOに対しては、表面処理に関する一般的な説明をしただけである旨を主張しました。しかし、YがPOSCOに開示した本件技術情報の内容は上記のような一般的な説明とは到底いえない内容であること及び会議等の開催などを理由に、Yの主張を排斥しました。

本件判決もこの判断を維持しました。

2-5.和解金の趣旨(抗弁)について

Yは、POSCOとYは損害賠償債務を不真正連帯債務の関係で負うことになるところ、POSCOのXに対する和解金300億円の支払により、本件損害賠償債務は消滅した旨主張しました(弁済の抗弁)。しかし、原審判決は、POSCOからXに対する上記和解金の支払が、本件損害賠償債務の履行であると認めるに足りる証拠はないから、Yの弁済の抗弁は認められないとしました。

本件判決もこの判断を維持しました。本件判決は、原審判決に加え、次の説示を加えました。

  • POSCOとYの負う債務は不真正連帯債務であるから、POSCOとXとの間でPOSCOの負う債務の額について何らかの合意がされたとしても、合意の効果はYに及ぶものではない。
  • POSCOとXとの間の訴訟は、POSCOらによる営業秘密侵害行為等を理由として986億円の損害賠償等を求める訴えであるところ、POSCOの支払った和解金300億円がいかなる債務のいかなる額の弁済に充てられたかを認めるに足りる証拠はない。
  • Yは、弁済の事実の証明軽減が図られるべきである旨主張するが、採用することはできない。

3.実務上のポイント

まず、本件判決は、非公知性判断において、非公知性に関する次の一般論を順当にあてはめたものといえます。

「「営業秘密」とは、様々な知見を組み合わせて一つの情報を構成していることが通常であるが、ある情報の断片が様々な刊行物に掲載されており、その断片を集めてきた場合、当該営業秘密たる情報に近い情報が再構成され得るからといって、そのことをもって直ちに非公知性が否定されるわけではない。なぜなら、その断片に反する情報等も複数あり得る中、どの情報をどう組み合わせるかといったこと自体に有用性があり営業秘密たり得るからである。複数の情報の総体としての情報については、組み合わせの容易性、取得に要する時間や資金等のコスト等を考慮し、保有者の管理下以外で一般的に入手できるかどうかによって判断することになる。」(経済産業省 知的財産政策室編「逐条解説 不正競争防止法 平成30年11月29日施行版」・47頁)

したがって、今後も非公知性に関して、上記の点を意識した営業秘密の管理が求められるでしょう。本件では、Yの主張が排斥される理由となりましたが、Xと同様の立場(損害賠償請求者側)においても、不競法上の営業秘密に該当するのかを検討する際に有用な視点といえます。

次に、本件でYが主張した弁済の抗弁については、共同不法行為者間の関係は不真正連帯債務関係(最判昭和57年3月4日判時1042号87頁)とされており、一方の債務者に対して行った免除は他方に対して効力を及ぼさない(相対効)のが原則ですから、本件各判決もこの理解に立つものといえます。もっとも、債権者において他方の「残債務をも免除する意思」があるときには他方にも免除の効力が及ぶ(絶対効)という判示もなされており(最判平成10年9月10日民集52巻6号1494頁)、どのような場合に絶対効があるのか、必ずしも明確ではなかったともいえます。これに対して、平成29年法律第44号に基づく改正民法(原則令和2年4月1日施行)では、連帯債務一般について免除等の相対効が原則として定められた上、債権者及び他の連帯債務者が「別段の意思」を「表示」した場合には絶対効があるとされました(民法441条ただし書)。すなわち、絶対効が認められる場合がさらに限定されました。これは、不真正連帯債務についても同様に考えられます。したがって、営業秘密侵害事件において仮に別当事者間の和解の効力を主張する可能性があるときは、債権者(営業秘密の主体)と他の連帯債務者(共同で営業秘密につき侵害行為をなした者)双方の「別段の意思」を「表示」するよう証拠化する必要があります。このような証拠化をするためには、例えば訴訟であれば、ある程度当該訴訟に関与して合意の機会を得るために補助参加(民事訴訟法42条)などをすることが考えられるでしょう。

以 上

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