営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第60回|公益通報者保護の観点からみた営業秘密管理の注意点~日米の制度比較を通して~


営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第60回

公益通報者保護の観点からみた営業秘密管理の注意点~日米の制度比較を通して~

弁護士知財ネット 近畿地域会
弁護士・ニューヨーク州弁護士 田中敦

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1 はじめに

近年、公益通報の重要性がますます注目されており、2019年10月にEU公益通報者保護指令が承認され、2020年6月にわが国でも改正公益通報者保護法が成立するなど、国内外において公益通報者保護のための法整備が進められています。

機密性の高い情報を含む公益通報にあたっては、通報内容に関する営業秘密の開示を伴う場合があります。通報の相手方及び態様次第では、通報によって当該営業秘密の秘密管理性が失われるおそれがあり、公益通報者保護の要請と営業秘密保護の利益とが相反する状況も想定されます。

今回は、公益通報者保護を重視する米国の法制度と比較しながら、わが国における公益通報と不正競争防止法との関係を整理した上で、公益通報者保護と営業秘密保護とを両立させるための実務上の注意点について検討します。

2 米国の公益通報者保護のための制度

(1)公益通報者保護のための法令の概要

米国では、わが国の公益通報者保護法のような民間事業者に広く適用される一般法はありませんが[1]、様々な個別の連邦法及び州法において、公益通報者保護や公益通報促進のための規定を設けています。

それら法令では、公益通報者に対する報復措置が禁止されており、随意雇用を原則とする米国においても、公益通報に対する報復としての解雇等の人事措置は違法となり得ます。それだけではなく、多くの法令では、事業者に対し、内部通報をした者が適切に保護されるよう各種義務を課しています。代表的なものでは、投資家保護のための企業統治や情報開示等を定めるサーベンス・オクスリー法(The Sarbanes–Oxley Act of 2002、以下「SOX法」といいます。)は、通報を行ったことを理由とする通報者への報復措置を禁止するとともに(SOX法806条、1107条)、匿名での内部通報制度の構築を義務付けています(SOX法301条(4))。

もう一つの特徴として、米国の一部の法令は、公益通報者に対し報奨金のインセンティブを与えることで、違反行為の発見の容易化を図っています。例えば、連邦政府からの不正な金銭受給を罰するFalse Claims Act[2]では、違反行為を告発した私人が違反事業者に対して訴訟(Qui Tam訴訟)を提起・追行する権限を認めており、賠償額の一定割合が報奨金として告発者に支払われます。

このように、米国の法令では、公益通報に対する不利益措置の禁止という規制にとどまらず、内部体制の構築義務や公益通報者への報奨金制度をもって、より積極的な公益通報の利活用を促しています。

(2)DTSAにおける公益通報者保護

連邦営業秘密防衛法(The Defend Trade Secrets Act of 2016、以下「DTSA」といいます。)は、営業秘密の統一的かつ迅速な保護のために、全ての州に適用される連邦法として、2016年5月11日に施行された法律です。

DTSAにおいても、他の多くの法令と同様に、公益通報者保護のための規定が置かれています。

DTSAでは、違法行為の調査又は報告を目的として、政府又は裁判所に対して非公開にて営業秘密を提供した者について、営業秘密に関するいかなる連邦法及び州法に基づく民事上及び刑事上の責任を問われないという免責条項を設けています(DTSA1833(b)(1)(A))。さらに、DTSAは、使用者に対し、営業秘密やその他機密情報の使用に関する被用者との間の全ての合意にあたり、DTSAが定める免責条項の内容について告知する義務を課しています(DTSA1833(b)(3)(A))。使用者が告知義務に違反した場合、営業秘密を不正に取得、開示又は使用した被用者に対して、実損害を上回る懲罰的賠償や弁護士費用を請求することができません(DTSA1833(b)(3)(C))。

DTSAの免責条項は、営業秘密を巡る訴訟でもしばしば問題となります。すなわち、営業秘密の不正取得等を理由とする請求の被告となった者が、DTSAの免責条項を根拠に、違法行為の報告又は調査の目的で営業秘密を持ち出したものであると主張して、免責を求めた事案があります[3]。近時では、下級審の判断ではありますが、DTSAの免責条項の対象には営業秘密の開示行為のみならず取得行為も含まれており、アクセス権限のない営業秘密の取得であっても免責条項の適用が直ちに否定されることはないと判示した事案があります[4]

3 わが国の公益通報者保護のための制度

(1)公益通報者保護法

わが国では、公益通報者保護法が、公益通報をした者の保護について定めています。2020年6月には、通報者保護の強化を目的とする改正法が成立し(以下「2020年改正」といいます。)、一定規模の組織による体制整備の義務化、違反行為への罰則の導入、保護対象者の拡大等の規制強化が行われます[5]

保護対象となる通報の「通報対象事実」は、現行法上、一定の犯罪行為の事実とされ(公益通報者保護法2条)、不正競争防止法違反もこれに含まれます[6]

通報先としては、①事業者内部(公益通報者保護法3条1号)、②監督官庁等の行政機関(同条2号)、③消費者団体や報道機関等の他の外部団体(同条3号)の3種類に区分され、①から③の順で保護要件がより厳格になります。

通報が保護要件を満たす場合、通報をしたことを理由とする解雇その他の不利益取扱いが禁止されます(公益通報者保護法3条乃至5条)。2020年改正により、通報によって生じた損害について通報者に対し損害賠償請求をすることができないという制限規定が新設されます(2020年改正後の公益通報者保護法7条)。

さらに、後述のとおり、2020年改正により、一定規模の事業者については、内部通報体制の構築が義務化されます(2020年改正後の公益通報保護法11条)。

2020年改正は、不利益取扱いの禁止という従来の規制に加えて、公益通報者に対する積極的な保護措置として、損害賠償請求からの免責や内部体制の構築義務を導入するものであり、改正前に比べて米国の法制度により近づいたものと評価することができます。

(2)公益通報と不正競争防止法との関係

米国のDTSAと異なり、わが国の不正競争防止法では、公益通報者保護のための特別の規定を設けていません。

公益通報に伴う営業秘密の取得又は開示が、不正競争防止法上の不正競争に該当するか否かは、通報者が当該営業秘密へのアクセス権限を有しているか否かにより結論が異なり得るものと考えます。

まず、通報者が対象の営業秘密へのアクセス権限を有している場合、公益通報者保護法により保護される通報に伴う当該営業秘密の開示は、基本的には不正競争には該当しないものと考えられます。なぜなら、アクセス権限を有する者による営業秘密の開示が不正開示行為(不正競争防止法2条1項7号)に該当するには、「不正の利益を得る目的」又は「営業秘密保有者に損害を与える目的」が要件となります。しかし、違法行為の告発や是正という公益目的を有する通報に伴う開示は、不正の目的でなされるものではなく、当該目的要件を満たさないと考えられるためです[7]

とはいえ、現実には、複数の目的が併存する場合があり、特定の通報行為が公益を図る目的でなされたのか、それとも事業者に損害を与える目的でなされたのかが明確ではないケースがあります。このような場合、消費者庁の見解では、通報の主たる目的が不正の目的でなければ足り[8]、刑法の名誉棄損の違法性阻却要件とされる「専ら公益を図る目的」であることまで要するものではないとされます[9]。そうであれば、少なくとも、単に通報者が事業者に対し反感を抱いているといった事情があっただけでは、不正の目的があるとはいえません。また、通報が不正な目的でなされたことは事業者側が立証責任を負うと考えられており[10]、事業者が、通報者に不正な目的があることを間接事実により立証しなければなりません。

他方で、アクセス権限のない者による営業秘密の取得については、たとえ通報に伴う行為であっても、別途検討が必要です。アクセス権限のない者が、「窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段」によって営業秘密を取得することは、不正競争行為としての営業秘密不正取得行為(不正競争防止法2条1項4号)に該当します。しかし、通報者に対する不利益処分の有効性が問題となった多くの裁判例は、通報に伴う持ち出し行為の違法性につき、通報目的が正当であれば、通報に伴う証拠収集についても正当化されると判断する傾向があります[11]。裁判例の中には、機密性の高い情報の取得であっても。公益通報に付随する証拠収集として違法性が阻却されると判断した事例があります[12]。もっとも、それら裁判例では、収集の目的のみならず、行為態様の社会的相当性も考慮要素として重視しており[13]、不正アクセスや偽計といった悪質な態様による証拠収集は違法と評価される余地を残しています。わが国の不正競争防止法上、米国のDTSAのような明文の免責規定がないことからしても、通報に伴う証拠収集について、いかなる態様による営業秘密の取得行為であっても正当化されると解することは困難と思われます。アクセス権限のない者による悪質な行為態様での営業秘密の取得については、たとえ公益通報に利用する目的であったとしても、不正競争行為に該当する可能性があると考えざるを得ないでしょう。

公益通報に付随する証拠収集の保護については、かねてから立法による解決を求める意見があり、公益通報者保護法の2020年改正にあたり、通報を裏付ける資料の収集行為を免責対象とする規定の導入が議論されました。最終的にはそのような規定の導入は見送られましたが、今後も改正の要否について継続的な議論が予定されています[14]

4 公益通報者保護の観点からみた営業秘密管理の注意点

(1)公益通報者保護と営業秘密保護との両立

以上のとおり、米国のDTSAは公益通報について広い免責を認めており、わが国でも公益通報に付随する証拠収集への免責規定の導入が検討されるなど、これまで、公益通報者保護のための事業者による権利行使の制限が議論の的になっていました。

しかし、このことは、公益通報者保護の要請と営業秘密保護の利益とが、必ずしも常に相反していることを意味するのではありません。以下に述べるとおり、事業者による公益通報者保護のための措置が、ひいては保有する営業秘密保護につながる場合があると考えます。

(2)内部通報体制の構築による秘密管理

まず、公益通報者を保護しつつ事業者内部で通報に対処するための内部通報体制の構築が、通報内容に関する営業秘密の保護に資するものと考えられます。

すなわち、十分な内部通報体制が無いことを理由に、通報者が、通報内容に関する営業秘密をいきなり外部へ公表してしまうと、その秘密管理性が失われるおそれがあります。これに対し、営業秘密を保有する事業者が、あらかじめ、公益通報者保護のための内部通報体制を準備しておけば、対外的に開示されることなく事業者内部において、通報内容を知ることができます。この場合、営業秘密の秘密管理を維持したままで通報への対処や必要な是正措置を行うことができ、通報により秘密管理性が失われることを防ぐことができます。

わが国の公益通報者保護法の2020年改正により、300名を超える従業員を有する事業者については、内部通報の窓口設定、調査、是正措置等を適切に行うための体制整備が義務化されます(2020年改正後の公益通報者保護法11条1項、同条2項)。さらに、同改正により、事業者内の内部通報に対応する者に対し、公益通報者を特定される情報についての守秘義務が課されます(2020年改正後の公益通報保護法12条)。これらの2020年改正の内容や、米国のSOX法が匿名での内部通報窓口の設置を義務付けていることからも分かるとおり、内部通報体制が機能するためには、通報者が報復措置等の不利益を受けることのないよう、通報者に関する秘密が十分に保護されることが不可欠です。そのためには、事業者内において、通報者を不用意に特定されないための制度の構築及び運用が重要となります。

(3)従業員等への公益通報制度の周知

通報により営業秘密が事業者外に開示されることを避けるには、通報の主体となり得る従業員らにおいて、公益通報者保護法に基づく制度や公益通報の要件を正しく理解することも重要であると考えます。

公益通報についての正しい理解がなければ、通報者が、内部通報や監督官庁への通報等を事前に検討することなく、いきなりインターネットや報道機関等を通して営業秘密を含む通報内容を広く公開してしまうおそれがあります。保護の要件を満たさない外部通報がなされれば、通報者自身の利益を損なう可能性があることから、従業員らに対する制度の周知や教育は、従業員ら自身を保護することにもつながります。

この点、被用者に対する免責規定の告知を義務付ける米国のDTSAの規定が参考となります。DTSAは、営業秘密の使用に関する被用者とのあらゆる合意にあたり、DTSAが定める免責規定の告知を義務付けています。わが国の事業者としても、従業員ら全体に対する公益通報制度の周知や研修の実施に加えて、従業員らとの間で秘密保持に関する取り決め(入社時の雇用契約の締結、入退社時の秘密保持誓約書の差入れ等)をする際には、公益通報者保護制度に関する個別の説明により、従業員らの理解を促すことが有用と考えます。

(4)秘密管理を通した営業秘密への認識の向上

営業秘密の秘密管理措置の導入や強化により、従業員らの営業秘密に対する認識を向上させることも、通報にあたり営業秘密が不必要に開示されることを防止するのに役立つものと考えます。

例えば、アクセス管理や秘密であることの明示(「社外秘」の表示等)を通して、特定の情報が営業秘密に該当することを明確にしておけば、通報の主体となり得る従業員らが、どの情報が営業秘密にあたるのかを事前に認識できます。これにより、通報にあたり、通報者が秘密であることを認識せず不用意に営業秘密を開示することを抑止することができます。

(5)事業者全体としてのコンプライアンス体制の強化

最後に、通報による意図せぬ営業秘密の流出を防止するためには、内部通報体制の構築や公益通報者の保護に注力するだけではなく、そもそも公益通報の対象となるべき違法行為又はその疑いを生じさせる行為を生じさせないことが最善の方策といえます。

営業秘密の保護に関しては、直接的な秘密管理措置が議論の対象となることが多いですが、公益通報保護の観点からみた場合には、事業者全体としてのコンプライアンス体制を強化して違法行為を未然に防止することが、結果的には営業秘密の保護にも資するということができます。

以上

 

[1] 米国の公的部門については、内部通報者保護法(The Whistleblower Protection Act of 1989)が通報者の保護を定めています。

[2] 和名では「不正請求防止法」又は「虚偽請求取締法」等と呼ばれます。

[3] Unum Grp. v. Loftus, 220 F. Supp. 3d 143 (D. Mass. 2016), Garcia v. Vertical Screen, Inc., CIVIL ACTION NO. 19-3184 (E.D. Pa. May. 22, 2020)

[4] FirstEnergy Corp. v. Pircio, Case No. 1:20-cv-1966 (N.D. Ohio Mar. 8, 2021)。 ただし、

当該事案の判示によれば、営業秘密の取得が、単なるアクセス権限の不存在にとどまらず、窃盗、贈収賄、虚偽陳述、守秘義務違反等の不正の手段(improper means)によってなされた場合には、免責条項の対象にはならないと解されます。

[5] 2020年6月12日に公布され、公布の日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日から施行されます。

[6] 2020年改正では、犯罪行為のみならず一定の行政罰の対象行為が通報対象事実に追加されました。

[7] 他方で、公益通報保護法上の「公益通報」の定義では、「不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的」がないことを要件としており(公益通報者保護法2条1項本文)、不正の目的による通報は同法上の保護を受けることができません。

[8] 消費者庁ウェブサイト「通報者の方へ」(https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/whisleblower_protection_system/report/ 最終閲覧日2021年6月5日)

[9] 消費者庁消費者制度課「逐条解説 公益通報者保護法」(商事法務・2016年)52頁

[10] 田口和幸他「公益通報者保護法と企業法務」(民事法研究会・2006年)38頁、國廣正他「コンプライアンスのための内部通報制度」(日本経済新聞社・2006年)78頁

[11] 出口裕規「弁護士コンプライアンスと内部通報制度-公益通報者保護法 その改正論議を見据えて- 4知っておきたい公益通報に伴う証拠収集の限界」LIBRA Vol.16 No.11 (東京弁護士会・2016年)18頁。

[12] 福岡高裁宮崎支部平成14年7月2日判決

[13] 東京地裁平成19年11月21日判決

[14] 2020年改正による公益通報者保護法附則5条では、施行後3年を目途として、公益通報をしたことを理由とする通報者に対する不利益な取扱いの是正に関する措置の在り方等について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとされています。参議院地方創生及び消費者問題に関する特別委員会による2020年6月5日附帯決議の13項では、上記附則5条に基づく検討にあたっては、証拠資料の収集・持ち出し行為に対する不利益取扱い等について、諸外国における法制度の内容及び運用実態を踏まえて検討を加えて必要な措置を講ずるとされており、将来の継続的な検討が予定されています。

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