営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第20 回
電子媒体と紙媒体等複数の媒体で同一の営業秘密を管理する場合の秘密管理性
弁護士知財ネット近畿地域会
弁護士 平野和宏
PDF版ダウンロード:[営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム] 第20回 電子媒体と紙媒体等複数の媒体で同一の営業秘密を管理する場合の秘密管理性
本コラムでは、電子媒体と紙媒体等複数の媒体で同一の情報を管理する場合の媒体の管理に関し、例えば、電子媒体にはパスワードの設定等相応の管理体制を構築していたものの、紙媒体のコピーやスキャンなど実際の事業活動における情報の使用において紙媒体の管理を疎かにした結果、秘密管理性が否定されることがあることについて、裁判例も紹介しながら、ご説明します。
1.はじめに
営業秘密を保有する企業では、就業規則等で業務上の秘密を社外に漏らすことを禁止したり、従業員に秘密保持を約する誓約書等を差し入れさせたりしたうえで、電子ファイル名やフォルダ名にマル秘の表示を付記し、限られた従業員にしかユーザーID及びパスワードを割り当てず、当該従業員しかパソコンに入力された情報を閲覧することができないよう設定するなど、充分な管理体制を構築しているので、秘密管理性は大丈夫だと思っている場合も少なくないと思われます。
しかしながら、企業においては、紙媒体の資料に基づき電子媒体のデータを作成したり、実際の事業活動において、情報利用の便宜のため、営業担当の従業員等が紙媒体の情報をコピー、スキャン等して使用するなど、電子媒体だけでなく、紙媒体でも同一の情報を管理していることは少なくなく、電子媒体に関する秘密管理措置としては充分なものとなり得る場合であっても、紙媒体の管理を疎かにするケースが少なくないため、秘密管理性が否定されることもありますので、注意が必要です。
2.秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性の確保
不正競争防止法上の営業秘密とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいうから(同条6項)、営業秘密に該当するためには、営業上の情報が秘密として管理されていることが必要です。
そして、このような秘密管理性が認められるためには、少なくとも、これに接した者が秘密として管理されていることを認識し得る程度に秘密として管理している実体があることが必要です。
この点、経済産業省作成に係る営業秘密管理指針平成15年1月30日 (全部改訂:平成27年1月28日)(以下単に「営業秘密管理指針」といいます。)の2.(2)「必要な秘密管理措置の程度」においても、「秘密管理性要件が満たされるためには、営業秘密保有企業の秘密管理意思が 秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要がある。」と規定されています。
3.複数の媒体で同一の営業秘密を管理する場合について
媒体の管理を通じて秘密情報の管理を行うのですから、複数の媒体で同一の秘密情報を管理している場合、特定の媒体のみ秘密管理措置を講じていれば、秘密情報の管理として充分ということにはならず、全ての媒体において秘密管理措置を講じる必要があります。
この点に関して、営業秘密管理指針の2.(3)、⑤「複数の媒体で同一の営業秘密を管理する場合」では、次のように規定されていますが、後に示す知財高裁平成28年12月21日判決(平成28年(ネ)10079号)〔互助会会員情報事件〕でも示されているように、下記ただし書が簡単に認められるわけではないことに留意する必要があります。
「・同一の情報を紙及び電子媒体で管理することが企業実務で多く見られるが、 複数の媒体で同一の営業秘密を管理する場合には、それぞれについて秘密管理措置が講じられることが原則である。
・ ただし、従業員が同一の情報につき複数の媒体に接する可能性がある場合において、いずれかの媒体への秘密管理措置(マル秘表示等)によって当該情報についての秘密管理意思の認識可能性が認められる場合には、仮にそれ以外の媒体のみでは秘密管理意思を認識しがたいと考えられる場合であっても、秘密管理性は維持されることが通常であると考えられる。」
4.秘密保持契約等
秘密として管理する措置には、営業秘密を特定した秘密保持契約(NDA)の締結により自社の秘密管理意思を明らかにするなどといった秘密保持契約等の契約上の措置も含まれますが、その場合でも、営業秘密を特定していないと、結局、営業秘密とされるべき営業上の情報に接した者が秘密として管理されていることを認識し得ず、秘密管理性が否定されることもあるので、注意が必要です。
5.裁判例
電子媒体に関する秘密管理措置としては充分な措置をとりながら、紙媒体の管理を疎かにしたために、秘密管理性を否定した裁判例として、以下のものがあります。
なお、以下の裁判例は、営業上の情報である顧客情報(顧客名簿)に関するものですが、技術上の情報についても当てはまると考えられます。
① 知財高裁平成28年12月21日判決(平成28年(ネ)10079号)〔互助会会員情報事件〕は、原告では、会員情報を含むデータは、無権限者からアクセスされないよう、サーバ等のアクセス制限可能な場所に保管しており、必要に応じて暗号化及びパスワードの設定を行っており、原告のサーバには全会員の会員情報データベースが構築されており、全会員の会員情報を検索し、閲覧し得るのは、原告の電算室など特殊な部署のみであるし、特定の会員に係る会員情報にアクセスするためには、一定の職員にのみ付与されたログインIDとパスワードを用いてログインをする必要があったが、会員情報の記載された資料原本を秘密として管理していたことを認めるに足りる的確な証拠がない上、個々の担当者の作成保管するノート等については秘密として管理されていたとは到底いうことができないことから、会員情報は、従業員等に対し秘密として管理されていることを明らかにするような態様で管理されていたとは認め難く、不正競争防止法2条6項所定の「営業秘密」に当たるとはいえないと判示しました。
また、同判決は、控訴人が、営業秘密管理指針を援用して、秘密管理性は、従業員が一般的に、かつ容易に認識できる程度のものであれば認められるし、いずれかの媒体への秘密管理措置によって当該情報についての秘密管理意思の認識可能性が認められる場合には、仮にそれ以外の媒体のみでは秘密管理意思を認識し難いと考えられる場合であっても、秘密管理性は維持されると主張したのに対して、会員情報の守秘義務が定められており、控訴人は、一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)からプライバシーマークの付与を受け、役職員を対象とした研修を実施しており、被控訴人も、「個人情報保護ハンドブック」をテキストとして使用した研修を受講し、個人情報保護理解度確認テストを受け、個人情報の利用目的に明示的な同意が必要であることや個人情報ファイルの施錠保管に関する質問に正解していることが認められるとしながら、控訴人は、個々の担当者が会員情報を記載したノートを作成して保管することを日常的に許容し、これに対しては特段の秘密管理措置を講じていなかったのであるから、仮に、資料原本が控訴人の主張する態様で管理されていたとしても、当該措置は実効性を失い、形骸化していたといわざるを得ず、もはや秘密管理性は認められないというべきであると判示し、控訴人の主張を排斥しました。
② 大阪地裁平成22年10月21日判決(平成20年(ワ)第8763号)〔投資用マンション顧客情報事件〕は、営業情報をすべて包含する契約者台帳の形で原告が保有するに至った本件顧客情報は、原告においては、ローン課で保存されるほか、磁気情報(ASデータ)の形で管理されて、ASデータについてのアクセス方法が制限される(従業員に割り当てられたユーザーID及びパスワードを入力して情報管理システムにサインオンしなければ閲覧することはできないよう設定されており、ユーザーID及びパスワードが割り振られているのは経理課、ローン課及び営業管理課の従業員と建設部のうちアフターサービスを担当している一部の従業員だけであり、他の従業員には割り当てられていない。)など、営業秘密としての体裁を整えて管理されていたということができるが、原告においては、上記の形で蓄積保存されるとは別途に、当該顧客情報は、営業部従業員に示され、あるいは営業部従業員がその営業活動の中で自ら取得するとともに、契約者台帳ファイルという形で個々人で管理しているから、その段階において営業秘密としての管理がされているとは認められず、ローン課において、あるいはASデータとして顧客情報を管理することに万全が期されたとしても、これをもって主張にかかる顧客情報が営業秘密として管理されていたということはできないと判示しました。
③ 大阪地裁平成17年5月24日判決(平成15年(ワ)第7411号)〔正久刃物事件〕は、原告による本件営業情報①ないし⑤の保有・保管が、原告本社のサーバーに蓄積する方法に限定されていたとすれば、原告は、クエリーシステムの採用により、アクセス(クエリーシステムを使用すること)ができる者を限定し、パスワード等を設定することによってクエリーシステムを使用する者をして使用の結果閲覧できる情報が営業秘密であると認識できるようにしていたということができ、その意味では本件営業情報①ないし⑤を秘密として管理していたと解する余地もあるとしながら、本件営業情報①ないし⑤が最終的には原告本社のサーバーに蓄積されるに先立ち、各営業担当者は受注を受ける毎に受注原票等に上記営業情報を記載していたところ、これらの受注原票等は、事務担当者によりパソコン端末機を通じて原告本社のサーバーに蓄積された後には、原告本社においては各営業担当者に返還され各自が適宜廃棄処分するなどしていたものであり、原告福岡営業所においては事務担当者の被告Eから被告Dに返還され、同被告においてこれをファイルし、同営業所内でこれを保管していたものであり、しかも、受注原票等が施錠された場所に保管されたり、受注原票等の綴りの表紙等にこれらが秘密である旨の表示がされたりするなどの取扱いがされたことはない上、原告は、上記受注原票等の管理保管方法について、具体的な指示・指導をしたことはなかったというのであることから、結局のところ、本件営業情報①ないし⑤については、これにアクセスできる者が制限され、同情報にアクセスした者をして同情報が営業秘密であることを認識させ得るような措置が採られているとは到底いえないものというべきであると判示するとともに、原告の従業員規則37条5項は、書類等を厳重に保管すべき義務を従業員に課したものということができるが、同規定は、原告の備品等を大切にし、消耗品等を節約するというような規定と同列に規定されており、書類等の会社の備品等を取り扱う際の従業員の心構えを抽象的に定めた規定というべきであって、このような規定をもって、特定の情報である本件営業情報①ないし⑤が秘密として管理されていると客観的に認識し得るものであるということができないことは明らかであると判示しました。
6.まとめ
以上述べたとおり、企業では、複数の媒体で同一の情報を管理している場合が少なくないとおもいますが、折角電子媒体の情報の管理については充分な管理体制を構築していたとしても、紙媒体の情報の管理を疎かにしていると、結局、秘密管理性が認められないことがありますので、不正競争防止法上の営業秘密としての保護を受けるためには、特定の媒体のみ秘密管理措置を講じれば足りるとするのではなく、全ての媒体において秘密管理措置を講じる必要があることに留意して秘密情報の管理を行わなければなりません。
この点、秘密管理措置の一つとして、秘密保持契約等の契約上の措置を講じることも考えられますが、営業秘密を特定し、自社の秘密管理意思を明らかにしなければ、結局、営業秘密とされるべき営業上の情報に接した者が秘密として管理されていることを認識し得ず、秘密管理性が否定されることもあるので、この点についても注意しなければなりません。
以 上