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営業秘密メルマガコラム

2020.02.17

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第44回|守秘義務が課されていた営業秘密を取得した場合 ~知財高裁H30.1.15を題材に~

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第44回

守秘義務が課されていた営業秘密を取得した場合
~知財高裁H30.1.15を題材に~

弁護士知財ネット
弁護士 光野 真純

PDF版ダウンロード:[営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム] 第44回 守秘義務が課されていた営業秘密を取得した場合 ~知財高裁H30.1.15を題材に~

1.はじめに

守秘義務が課されていることを知りながら、どうしても取得したい情報であることから、対価を支払って情報を購入したり、盗み出したりする行為は、違法行為とされても仕方ないように思える。しかし、開示された情報に、守秘義務が課されていたことを知らずに取得、使用したとしても、これに守秘義務が課されているかよく調べなかったことを理由に、「重大な過失により知らなかった」として責任を追及されることがあるのである。
このような不正に開示された営業秘密をうっかり取得して使用してしまった場合、もともと保有していた会社から、使用の差止めや損害賠償請求を受ける可能性があることから、情報の開示時のみならず、受領時の方法についても注意する必要がある。
また、情報を取得する過程で、外国会社が介在していた場合、日本法ではなく、外国法によって、裁判が行われる可能性もあり、企業としては、その損害を予想することは大変難しい。紛争となった場合にはどの国の法律に照らして検討するべきなのか、紛争が本格化する前によく検討すべきである。

2.不正開示行為の使用・開示(不正競争防止法2条1項8号)

開示された営業秘密が不正開示行為であることを知って、もしくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得したり、使用したり、もしくは開示したりする行為は不正競争行為となる(不正競争防止法(以下、「不競法」という。)2条1項8号)。
不正開示行為とは、①不正の利益を得る目的またはその保有者に損害を与える目的で営業秘密を開示すること、②秘密を守る法律上の義務に反して営業秘密を開示すること、をいう。
典型的な事例は、従業員が就業中に開示された営業秘密を転職後、新しい会社に開示し、新しい会社は、これが従業員が前の会社から無断で持ち出した営業秘密であることを知り、または、そうであることを重大な過失により知らないで、使用する場合である。

つまり、営業秘密が直接開示された場合でなくとも、開示された情報が不正に開示された営業秘密である場合、これを使用したり開示したりするのみならず、取得しただけでも、不正競争行為に該当するのである。

3.ケーススタディ

具体的な事例で見てみよう。

X社は、フラットパネルディスプレイ用製造装置等の開発・製造販売等を行う会社であり、日本法人である。Y社は、各種光源、管球及び電子機器部品等を製造・販売等を行う会社であり、日本法人である。
X社は、中国企業であるB社との打ち合わせの際、B社に対し、X社製品の紹介資料として、文書①を電子メールで送付した。文書①は、表紙に「配向膜用光学アライメント装置仕様書〇〇」との表題が付された、X社製品の製品概要及び資料等が記載された16ページの資料であり、各ページに「CONFIDENTIAL」との記載がある。
X社は、後日、台湾企業であるA社に対し、B社への資料として、文書②を電子メールに添付する方法で提供した。その後、文書②は、A社からB社に提供された。文書②は、表紙はなく、「標準露光動作説明」との題が付され、X社製品の光源の配置等に関するシミュレーション等が記載された4ページの資料であり、各ページに「Confidential」との記載がある。
X社とB社との間の代理店契約には、秘密保持条項が設けられており、X社とA社、B社との間にはそれぞれ、文書①②の開示に先立ち、秘密保持契約が締結されていた。
Y社は、X社製品の製造及び販売がY社の特許権の侵害に当たるとして、特許権侵害訴訟を提起し、X社製品の動作、構造等を特定する証拠として、文書①②を裁判所に提出した。
X社は、Y社による文書①②の取得が不正開示情報の取得、つまり、Y社は、文書①②がX社の営業秘密に該当し、A社及びB社には守秘義務が課されていたことを重大な過失により知らないで、取得したものであって、不競法違反であると主張した。

4.検討のポイント

本件は、X社が直接Y社に開示した営業秘密をY社が不正に使用したものではなく、X社が、守秘義務を課したうえで、台湾企業であるA社及び中国企業であるB社に開示した営業秘密をY社が取得して使用したものである。
Y社が文書①②を取得した際、A社及びB社に守秘義務が課されていたにもかかわらずこれに反して開示されたものであると知ることができたにもかかわらず、重大な過失により知らないで、文書①②を取得して使用した場合、不競法2条1項8号の不正競争行為に該当する。
そこで、Y社は、どのような場合に、「重大な過失により不正開示行為であることを知らなった」といえるのかが検討のポイントとなる。
裁判所は、この場合、どのような判断をするのか、上記事例は、実際にあった裁判例を元にしている(知財高裁平30.1.15判タ1452.80)ことから、その裁判所の判断を紹介したい。

なお、本件では、文書①②に記載された情報が営業秘密に該当するかどうかも争われたが、裁判所は、これを肯定した。本コラムでは、営業秘密の該当性については言及しない。なお、重要論点であるので、その他のコラムをご参考にされたい。

5.「重大な過失」とは

(1)裁判所による判断

「重大な過失」とは、「取引上要求される注意義務を尽くせば、容易に不正開示行為等が判明するにもかかわらず、その義務に違反する場合をいう」とされている。
文書①②は、各ページに「confidential」の記載がある。文書①②に記載された情報は、X社の製品情報であり、Y社はX社と競合関係にあることから文書①②に記載された情報が自社であればどの程度厳密に「営業秘密」として管理されているか分かるはずである。そうだとすると、Y社は、文書①②を取得する際、A社及びB社は、文書①②について守秘義務を課されているにもかかわらず、不正に開示したものであると容易に気付くことできたようにも思える。
しかし、裁判所は、Y社には、文書①②の開示行為が不正開示行為であることについて、重大な疑念を抱いて調査確認すべき義務があるとまでは言えないとし、Y社には重大な過失はないと認定した。
その理由として、文書①②に記載されている製品情報が、Y社製品に取り入れたとしても、X社に深刻が不利益が生じず、また、Y社は、X社と競合関係にあることからむしろ、通常の営業活動の中で、他社の製品情報を取得する機会があること、そして、文書①②には、「confidential」の記載があるだけで、Y社は、A社及びB社から、文書①②を秘密情報として扱うように指示されたり、秘密保持契約の締結を求められたり、文書①②と引き換えに報酬を払ったような事情はなく、文書①②がA社及びB社とX社との間で守秘義務契約の対象であったことをうかがわせる事情がほかにないことを挙げた。

(2)裁判例から見る受領者側の注意点

この裁判例では、開示された情報に有用性があるかどうかも守秘義務が課されているかどうかを判断するポイントとされた。
「有用性」があるかどうかは、「営業秘密」に該当するかどうかを検討する際に検討すべき事情であって、守秘義務の有無を検討する際に考慮すべき事項であるかどうかは、疑問が生じるところである。
しかし、裁判所は、当該情報に守秘義務が課されているかどうかについては、「confidential」との記載があるという外形的な要素だけではなく、その情報の内容に有用性があるかどうか、開示の際にどのような指示があったのか等開示の態様も加味して総合的に検討している。
「confidential」との記載があるのみでは、当該情報に守秘義務が課されているかどうかについて、直ちに調査する義務が生じるものではないが、総合的に考慮される以上、自社にとって有益な情報が記載されていれば記載されているほど、守秘義務が課されていると疑うべきであったと判断される可能性が高くなるということである。
そうだとすると、情報を取得する際には、当該情報が記載されている書面から外形的に守秘義務が課されているような事情がうかがわれる場合はもちろん、そうでないとしても、守秘義務が課されているかどうか確認しないまま、情報を取得した場合、不正開示行為であることを知らなったことにつき重大な過失があると判断される可能性があるため、予めこれを確認しておくべきであろう。その際、開示者によって、開示情報には、守秘義務が課されていない旨の保障をつけさせるという方法も有効である。

6.どこの国の法律が適用されるのか

紹介した裁判例は、不正開示行為に関する判断のみならず、A社及びB社が外国の会社である点でも注目すべき裁判例である。
つまり、私たちが「この行為は違法かどうか」を考えるとき、自然と日本法を前提に考えている。これは、不競法も同様であるが、関係当事者が外国会社である場合、当然に日本法が適用されるとは限らない。
このように、どこの国の法律が適用されるのかについては、「法の適用に関する通則法」(以下、「通則法」という。)という法律に規定されている。

(1)どこの国の法律が適用されるかは、行為ごとに決められる

通則法は、行為ごとに分けて適用する法律を規定しており、例えば、契約に関しては当事者が選択した地の法律によるとか(通則法7条)、労働契約に関しては労働に密接な関係のある地の法律によるとか(通則法12条)、不法行為に関しては加害行為の結果が発生した地の法律による(通則法17条)と規定されている。
しかしながら、不競法違反が発生した場合には、どの国の法律によるかは、明文で規定されていない。
本裁判例は、不競法違反の差止や損害賠償請求については、営業秘密に係る情報の使用または開示行為が違法であることを原因として、差止等を行うものであることから、「不法行為」に関する訴えであると整理し、通則法17条を適用して、「加害行為の結果が発生した地の法律」が適用されるとした。

(2)結果が発生した地はどこか

では、「加害行為の結果が発生した地」は、どこになるのか。
X社の市場は、中国であることから、文書①②に記載された情報をY社が使用したことによって、X社の中国での売り上げが減少することを考えると、「結果が発生した地」は中国であるように思える。
しかし、通則法17条には、「加害行為の結果の発生した地」と規定されているものであって、「損害が発生した地」と規定されていないところに留意すべきである。
裁判例は、本件で違法行為として問題となっているのは、Y社による文書①②に記載された情報の使用であり、Y社は日本国内に本店を有する日本法人であって、Y社が文書①②に記載された情報を使用及び開示したのは日本国内であることを理由に、権利侵害という「結果」が生じたのは、日本国内であると判断したのである。
これによって、本件には、日本法が適用された。

(3)裁判例から見る適用される国の法律

裁判所が「結果が発生した地」が日本であると判断した理由は、当事者が日本法人であることのみならず、文書①②に記載された情報を使用したのが、日本国内であったためであるとする。
そうだとすると、双方の企業が日本企業であったとしても、秘密情報を取得した日本企業が、その営業秘密の使用を日本国外のみで行っていた場合には、「加害行為の結果の発生した地」は日本ではなく、その使用行為自体を行った外国であって、日本法が適用されない可能性がある。
したがって、紛争となった場合には、どの国の法律に従って判断されるべきなのかも、紛争が本格化する前によく検討すべき事項であることに留意してほしい。

以上

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