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営業秘密メルマガコラム

2020.09.14

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第51回|エンターテイメント・コンテンツや広告表現などの設定等 に関するアイディアと秘密情報による保護

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第51回

エンターテイメント・コンテンツや広告表現などの設定等
に関するアイディアと秘密情報による保護

弁護士知財ネット
弁護士 齋藤理央

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1 はじめに

エンターテイメント・コンテンツや、ウェブサイトを含めた広告表現などについて、公表される水準の具体的な完成表現を作成する前に必ず青写真があります。

例えばゲームや映画、アニメなどのエンターテイメント・コンテンツにおいて青写真は、①世界観やキャラクターの設定、②ストーリーのあらすじ、➂作品コンセプトを含めた企画案などの一定程度抽象的な情報群です。また、ゆるキャラなどの商業キャラクターにおいては上記のうち、キャラクター設定が青写真の中心的な役割を果たすでしょう。さらに、ウェブサイトを含めた広告表現においては、コンセプトなどを含めた企画案などが青写真に相当すると思料されます。

この青写真となる情報群を本コラムでは設定等と呼びます。

この設定等と呼ぶ抽象的なレベルのものであることも多い情報群は、著作権法上保護を受ける場合もあれば、保護を受けられない場合もあるものと考えられます。

つまり、キャラクターのラフスケッチなどある程度具体化されている情報については著作物性を満たし、かつ、設定等から具体化された実際の表現物と設定等の間に、本質的特徴の共通性を肯定でき、著作権法上の保護を受け得る場合もあるものと考えられます。

反対に、設定等があまりに雑駁で抽象的な水準の情報である場合は、著作権法上「アイディア」と呼ばれる保護の対象外の情報と判断される場合もあるものと考えられます。また、仮に著作物性を肯定されたとしても、事案において問題となっている具体的な表現との関係では本質的特徴の同質性を見出せないとして、法的保護の射程から外れることもあると思われます。

つまり、アイディアそれ自体が言語化、あるいはスケッチされているなど表現されていれば、当該言語やスケッチが著作物性を満たす限りで、別に保護され得るとしても、この保護が事案において問題となっている具体的な表現に対して射程を及ぼし得ないケースもあると考えられます。

いずれにせよ、エンターテイメント・コンテンツや広告表現などの設定等の情報群は、メモやスケッチ、あるいは企画会議で共有される状態で存在していることもあり、訴訟などで具体的な著作物性を立証するのは困難なことも多いものと考えられます。

その意味で、理論上保護が及び得るケースでも、実際問題としての著作権法での保護が難しいケースも考えられます。

では、そうしたエンターテイメント・コンテンツや広告表現などの設定等は、不正競争防止法上の営業秘密として保護できないでしょうか。

2 実際に生じ得る問題

想定できる相談内容は、エンターテイメント・コンテンツなどの持ち込みや商談で、企画や設定等について取引先に開示したうえで説明しなければならないが、その際、設定や世界観などのアイディアを流用されないか懸念があると言うものです。特に、一般的に企画を持ち込む場合、交渉上の立場が弱いことが多く秘密保持契約などを結んでから情報を開示できるケースは多くないでしょう。

そして、すでに述べたとおり、抽象的なレベルの作品設定や世界観、企画などを著作権法で保護するのは難しいケースも多いものと考えられます。例えば、原作会議などで作られた設定などについて、少数のスタッフで共有されているに留まる場合、設定等を一つの著作物として主張立証できるかといえば、実際にはハードルが高いものと考えられます。

また、コンセプトやキャラクターの性格付けを箇条書きにしたり、キャラクター案や世界観をスケッチしただけの抽象的な情報に留まる設定等が、著作権法上問題となる具体的な表現との関係で本質的特徴の同質性を肯定されるケースはやはり限定的と考えられます。

設定等は公表される水準の具体的な表現において選択され得る表現の幅を限定する抽象的な情報群としても機能します。しかし、すでに述べたようにそうした具体的な表現の選択の幅を限定するより抽象的な情報群は、表現の本質的特徴を共通にしておらず、仮に著作物性を満たして著作権法の保護が及ぶとしても、その保護は、具体的な表現に対する保護の射程外という場合もあり得ることになります。

そこで、設定等の抽象的な情報群を、営業秘密により保護することで、想定される懸念点に応じることはできないでしょうか。

3 保護の実益

設定等が仮に営業秘密として保護される場合、取引先が設定等を、取引の必要性から開示を受けたことなどを奇貨として不当に流用した場合など、悪質な事案については不正の利益を得る目的で営業秘密を使用し、又は開示する行為などに該当するとして不正競争行為に該当(不正競争防止法2条1項7号)すると考えられます。また、不正競争行為に該当しない場合でも、取引上の善管注意義務違反や、契約締結上の信義則違反に問いやすくなるなど、一定の実益があるものと思料されます。

そこで、設定等が営業秘密に該当する場合があるか検討することは、実益があるものと思料します。

では、世界観や企画などの設定等は果たして秘密情報として保護できるのでしょうか。秘密情報の要件である①有用性、②非公知性、そして、③秘密管理性の各要件を満たし得るか順に検討していきたいと思います。また、設定等を開示する事業者が立場の弱さからNDAなどを結んでもらえない場合における別法人への情報の共有方法に関する留意点も併せて検討したいと思います。

4 有用性

平成14年2月14日東京地方裁判所判決(平成12(ワ)9499)裁判所ウェブサイトhttps://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=12028は、「不正競争防止法にいう「営業秘密」とは,秘密として管理されている生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって,公然と知られていないものをいう(同法2条4項)。不正競争防止法は,このように秘密として管理されている情報のうちで,財やサービスの生産,販売,研究開発に役立つなど事業活動にとって有用なものに限り保護の対象としているが,この趣旨は,事業者の有する秘密であればどのようなものでも保護されるというのではなく,保護されることに一定の社会的意義と必要性のあるものに保護の対象を限定するということである。すなわち,上記の法の趣旨からすれば,犯罪の手口や脱税の方法等を教示し,あるいは麻薬・覚せい剤等の禁制品の製造方法や入手方法を示す情報のような公序良俗に反する内容の情報は,法的な保護の対象に値しないものとして,営業秘密としての保護を受けないものと解すべきである。」と判示しています。

営業に直接関わる広告表現の企画案など設定等の情報に商業上の有用性が認められるのは比較的明かであるものと考えられます。

次に、一般に物語やキャラクター、ゲームなどの世界観や設定などは、エンターテイメント・コンテンツを販売する際に得られる利益に直結してきます。また、その影響は優れた設定等であればあるほど、利益を多くすると言う経済的・商業的な価値を見出すことが可能な性質のものです。さらに、コンテンツ・マーケティングやブランデッド・エンターテイメントなど、エンターテイメント・コンテンツと広告の境界は近年より一層曖昧になり、文化と商業の近接化あるいは融合の傾向はより強くなっています。

よって、商業的な側面もあるエンターテイメント・コンテンツやキャラクターの設定等の情報は、一般的に不正競争防止法上の有用性要件を肯定し得るものと考えます。

但し、既存作品の流用や盗作を前提とした企画や設定など、公序良俗に反する設定等については、上記裁判例の趣旨から例外的に有用性が否定される場合もあるものと考えられます。

5 非公知性

そもそも、アイディア段階で具体化されていない情報は公開されている例は想定し難く、企画段階から全てインターネット公開されている様な例外的な事例を除いて、非公知性の要件は満たしているものと理解できます。加えて、具体的な表現の水準に移行し著作物性が認められる場合には著作権法上公表権が認められ著作者の同意のない公表は法的にも禁止されていることもあり、公表前の設定等について非公知性要件は基本的に認められると考えられます。

6 秘密管理性

このように、設定やコンセプト、企画などのアイディアと呼ばれる情報群は、基本的に有用性や非公知性の要件を充足することが多いものと考えられます。そうすると、秘密管理性の要件を満たしておけば、営業秘密として保護できる例も多いように考えられます。

しかし、一般に、設定等が秘密として管理されている例は多くないと考えられます。そこで、設定等をどのように管理すれば、不正競争防止法による保護が得られるか検討することが有用と考えられます。

経済産業省の営業秘密管理指針(https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/guideline/h31ts.pdf)においては、媒体ごとの秘密管理の具体的な例を挙げています。

6-1 紙媒体の場合

設定等が紙媒体に記録されている場合があります。例えば、企画会議の議事録が作成されていたり、設定等が箇条書きやメモにされている場合などです。営業秘密管理指針において、紙媒体の場合、「基本的には、当該文書に「マル秘」など秘密であることを表示することにより、秘密管理意思に対する従業員の認識可能性は確保される」とされています。そこで、設定等の情報を紙媒体で管理する場合は、適宜の場所に、マル秘、社内秘などの表示をすることが考えられます。なお、営業秘密管理指針には、「施錠可能なキャビネットや金庫等に保管する方法も、認識可能性を確保する手段として考えられる」とされています。しかし、設定等の情報は取引先にも共有されることが想定されるため、基本的にマル秘表記など秘密情報であることを明記する方法が望ましいと考えられます。

6-2 電子媒体の場合

近年、設定等の情報も、ノートパソコンやタブレット、スマートフォンなどで作成される例も増えていると考えられます。そうすると、設定等の情報が電子媒体に保存されている例は多いものと考えられます。

営業秘密管理指針において電子媒体の秘密管理は、電子ファイル名・フォルダ名・ファイルヘッダー等へのマル秘の付記、営業秘密たる電子ファイルそのもの又は当該電子ファイルを含むフォルダの閲覧に要するパスワードの設定などを秘密管理の例として挙げています。

そこで、設定等の情報が記録された電子ファイル名にマル秘表記を含ませたり、パスワードをかけるということで、秘密管理性の要件を満たすように情報を管理することが考えられます。

6-3 媒体が利用されない場合

設定等の情報は、企画会議などで会議に参加した特定のスタッフに共有されているに過ぎないなど、特定の媒体に記録されていない場合も多いものと考えられます。営業秘密管理指針では、媒体が利用されない場合、原則として、「その内容を紙その他の媒体に可視化することが必要となる」としています。そこで、設定等を決定する企画会議などの内容も議事録などの形で紙媒体或いは電子媒体に書き出して記録にしたうえで、「マル秘」などの表記を紙媒体上、あるいは電子ファイル上に付しておくことが望ましいと考えられます。また、設定等を立案する会議などにおいて、会議の内容は秘匿する様に参加するスタッフに説明することも有用であると考えられます。

6-4 取引先への情報開示の仕方

営業秘密管理指針において、別法人などと情報を共有する場合、「営業秘密を特定した秘密保持契約(NDA)の締結により自社の秘密管理意思を明らかにする場合が典型的であるが、取引先との力関係上それが困難な場合には、自社では営業秘密として管理されているという事実の口頭による伝達や開示する文書へのマル秘表示によっても、自社の秘密管理意思を示すことは、理論上は可能である」とされています。そこで、可能であればNDAを締結の上で、設定等の情報をNDAの対象として明記しておくことが望ましいことになります。また、もしこれが難しい場合も、紙媒体を郵送乃至手交する場合送り状などの書面を付し、設定等の情報が秘密として管理されていることを書面上明らかにしておくことが望ましいと考えられます。また、電子媒体をメール送信する場合などには、メール本文にその旨を記載しておくなどすることが望ましいと考えられます。口頭での伝達も理論上可能とされますが、営業秘密管理指針上も立証の観点から書面による伝達がより望ましいとされています。

以上に加えて、取引先に交付する紙媒体、電子媒体などの媒体上にこれまで述べたような「マル秘」などの表記を付しておくことが推奨されると考えられます。

7 終わりに

以上述べたように、設定や世界観、企画などのアイディアの範疇にあることも多い設定等の情報は、秘密管理性要件を充足するように注意して管理することで、営業秘密該当性を肯定される例も多いように考えられます。

したがって、一般的に秘密として管理されていない設定等の情報についても、秘密管理性を肯定できるように管理方法を見直すだけで法的保護を受け得る場面が増える可能性があります。そうした意味で、設定などについて管理方法を検討することも有用と考えられます。特に取引先の背信的な設定等の流用の事態に対しては不正競争防止法による保護が有効に機能するケースも、想定できます。

以上

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