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営業秘密メルマガコラム

2022.02.15

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第64回|技術情報の非公知性及び有用性

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第64回

技術情報の非公知性及び有用性

弁護士知財ネット
弁護士 河合 哲志

PDF版ダウンロード:[営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム] 第64回 技術情報の非公知性及び有用性

第1 はじめに

営業秘密をめぐる訴訟において、営業秘密性の要件の中で最も争いになりやすいのは秘密管理性であり、他の2要件、特に有用性について問題となるケースは相対的には少ない。もっとも、営業秘密として技術情報が問題となる事例において、裁判例においては公知情報との関係において、非公知性又は有用性が否定されたものが複数見受けられる。本稿においては、裁判例を通じて技術情報における非公知性と有用性について検討する[1]

 

第2 有用性及び非公知性の一般的理解

1 有用性について

経済産業省「営業秘密管理指針」(以下「指針」という。)においては、有用性の要件は、『公序良俗に反する内容の情報…など、秘密として法律上保護されることに正当な利益が乏しい情報を営業秘密の範囲から除外した上で、広い意味で商業的価値が認められる情報を保護することに主眼がある』(指針16頁)とされており、『当業者であれば、公知の情報を組み合わせることによって容易に当該営業秘密を作出することができる場合であっても、有用性が失われることはない(特許制度における「進歩性」概念とは無関係)。』とされる(同17頁)。

 

2 非公知性について

指針においては、『「公然と知られていない」状態とは、当該営業秘密が一般的に知られた状態になっていない状態、又は容易に知ることができない状態である。具体的には、当該情報が合理的な努力の範囲内で入手可能な刊行物に記載されていない、公開情報や一般に入手可能な商品等から容易に推測・分析されない等、保有者の管理下以外では一般的に入手できない状態である。』(17頁)、『「営業秘密」とは、様々な知見を組み合わせて一つの情報を構成していることが通常であるが、ある情報の断片が様々な刊行物に掲載されており、その断片を集めてきた場合、当該営業秘密たる情報に近い情報が再構成され得るからといって、そのことをもって直ちに非公知性が否定されるわけではない。なぜなら、その断片に反する情報等も複数あり得る中、どの情報をどう組み合わせるかといったこと自体に価値がある場合は、営業秘密たり得るからである。複数の情報の総体としての情報については、組み合わせの容易性、取得に要する時間や資金等のコスト等を考慮し、保有者の管理下以外で一般的に入手できるかどうかによって判断することになる』(18頁)とされている。

 

第3 技術情報の非公知性又は有用性が問題となった裁判例

 過去の裁判例においては、技術情報について、公知情報との関係を考慮して有用性又は非公知性が否定された事案が複数存在する。これらの裁判例につき、①公知情報における数値範囲の好適化又は最適材料の選択等にとどまるもの、②公知情報の組み合わせであって、特段の効果がないものに分類し、以下に各判示を引用する[2]

 

2 数値範囲の好適化又は最適材料の選択等

(1) 東京高判平成11年10月13日〔平成10(ネ)5546〕裁判所HP ピラミッドパワーもぐさ事件

『もぐさを糊で固める際の水加減及び乾燥時間は、固形もぐさの硬さに関係する要素であるが、その硬さ自体は、商品としての「ピラミッドパワー」を取得し観察分析すればたやすく認識し得る事項であるうえ、もぐさの粉を水で溶いて糊で固形化し、乾燥させるその固形化の方法が極めてありふれたものであって、前示水加減及び乾燥時間等は、所定の硬さとの関係で適宜設定することが可能な程度のものと解されることからして、秘密として管理されている有用な情報に当たると認めることはできない。』

 

(2) 大阪地判平成14年7月30日〔平成14(ワ)162〕裁判所HP

パイシュー事件

『原告が営業秘密であると主張する比率と、被告生地の製造開始以前に公知であった甲5の比率は、強力粉が60、薄力粉が40、モルトシロップが2、油脂が70と同一の値であり、…(※判決文黒塗り)。

しかし、強力粉、薄力粉及び油脂という最も重量比率の大きい材料の配合比率が同一であり、値が異なる材料のうち塩は塩味の調整のものと思われるし、その他の卵、液体油脂の上記配合比率の差について、被告のパイシューの製造において特段の効果を奏し有用性があることを認めるに足りる証拠はない

…以上によれば、被告が営業秘密であるとする原材料の配合比率は、被告がパイシューを製造、販売する以前にレオン社が用いていた配合比率とほぼ同一であって、レオン社はこうした配合比率を得意先各社に配布していたのであるから、同配合比率は、非公知性を有するものとはいえず営業秘密には当たらないというべきである。』

 

(3) 東京地判平成14年10月1日〔平成13(ワ)7445〕裁判所HP

クレープミックス液事件

『①粉10グラムに対する水分(牛乳及び水)の量が16ないし17ccである点,②牛乳と水の配合割合が1対1である点,及び,③調味料としてリキュールを配合した点については,本件で提出された全証拠によっても,これらの点がクレープの品質を有意に向上させることの個別の立証がされていないばかりか,これら諸点を兼ね備えることで,クレープの品質が有意に向上することの立証もされていない。』

 

(4) 大阪地判平成20年11月4日判時2041号132頁 発熱セメント体事件

『…マトリックス材及び導電性物質の中から特にセメントと炭素とを組み合わせた場合に他の組合せとは異なる特段の優れた作用効果を奏するというのであれば,いわゆる選択発明と同視し得る新規な技術的知見が含まれるものとして非公知性ないし有用性を肯定し得る余地が全くないわけではないと解される。

この点について,原告は,セメントベースであるから耐用年数が上がるとか,製造コストを下げられると主張する。しかし,これらはセメントベースである以上,当然に予測できる範囲内の事項にすぎない。そして,他に炭素とセメントとを組み合わせた場合に,上記の特段の優れた作用効果を 奏すると認めるに足りる証拠はない。

よって,炭素とセメントに特定したことについて非公知性(さらには有用性)を肯定することはできず,上記組合せに係る情報は,乙23発明の域を出るものではないと認められるので,乙23公報により公知であったというべきである。』

『…他方で,本件情報1では,炭素の混合が均一であるとされているのに対し,乙23発明ではその点が明確でないことにおいて一応相違するということができる。そこで,かかる相違点に係る情報の有用性について検討する(上記相違点に係る情報が非公知か否かはしばらく措く。)。この点について,原告は,発熱部は炭素を所定割合均一に混合しているので,遠赤外線を放射し,その遠赤外線は表面層を通過して雪を溶かしやすくすると主張する。しかしながら,…仮にこのような効果があるとしても,乙23発明において,セメントに炭素を混合することが開示されている以上,炭素を混合するに当たり,偏りのないよう均一に混合するというのは,当業者であれば通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択する設計的事項にすぎない。…したがって,単に均一に混合するという上記相違点に係る情報は,それだけでは到底技術的に有用な情報とは認め難い。』

『端子を何個にするかは,融雪板をどの程度の大きさにするのかとの関係において,当業者の通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択される設計的事項にすぎないというべきである。』

『融雪板をどのような寸法にするかは,まさに当業者の通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択される設計的事項にすぎないというべきであり,一辺が30㎝であることについて,特段の作用効果も認められない。』

 

(5) 東京地判平成23年3月2日〔平成19(ワ)31965〕裁判所HP  USBフラッシュメモリ事件(知財高判平成23年11月28日〔平成23(ネ)10033〕は控訴棄却)

『LEDの搭載の可否,搭載位置,光線の方向は,被告から提案された選択肢及び条件を満たすために,適宜,原告において部品や搭載位置を選択したものであって,原告が被告に対して提供した情報の内容は,当業者が通常の創意工夫の範囲内で検討する設計的事項にすぎないものと認められる。…したがって,これらの情報は,いずれも有用性があるとは認められず,原告の保有する営業秘密であると認めることはできない。』

 

(6) 大阪地判平成28年9月29日〔平成25(ワ)10425等〕裁判所HP 車軸の製作順序及び製作条件等事件

『ネックフレームの材質として同素材を用いることは,誰しもが容易に 想起することができる事項というべきであり,仮にこれを採用する前提として車体の構造を変える工夫等をしたのだとしても,これを選択したこと自体に有用性を認めることはできない。』

『スタビライザの外径を●(省略)●すること及び焼入れ焼戻し硬度の下限値を●(省略)●ことの特段の有用性について,これを認めるに足りる証拠はない。』

『厚さに伴ってフレームの強度が増すのは明らかであるから,板厚を従来より厚くすること自体に有用性は認めがたく,●(省略)●という数字に格別の有用性ないし臨界的な意義があると認めるに足りる証拠もない。』

『同営業秘密は,この公知の基本構造に,通常の寸法的制約下での寸法を採用したにすぎないから,被告らが主張する不正取得等の基準時において,営業秘密目録記載4(1)については公知であるというべきである。』

3 公知情報の組み合わせ

(1) 前掲発熱セメント体事件

『本件各情報は,個別的に検討していずれも不正競争防止法2条6項にいう「営業秘密」に該当するとは認められない。そして,本件各情報を全体としてみても,上記のとおりそれぞれ公知か又は有用性を欠く情報を単に寄せ集めただけのものであり,これらの情報が組み合わせられることにより予測外の特別に優れた作用効果を奏するとも認められない(そのような主張立証もない。)。したがって,本件各情報が全体としてみた場合に独自の有用性があるものとして営業秘密性が肯定されるものでもないというべきである。』

 

(2) 前掲USBフラッシュメモリ事件

『本件においては,小型USBフラッシュメモリの寸法は,被告におい  て決められていたのであり,その寸法に応じて,公知の技術をどのように組み合わせて各部品を配置するかは,当業者であれば,通常の工夫の範囲内において適宜選択・決定する設計的事項であるということができ,当該組合せによって,予測外の格別の作用効果を奏するものとも認められない

したがって,これらの情報を一体とみたとしても,有用性があるとは認められず,営業秘密であると認めることはできない。』

 

(3) 前掲車軸の製作順序及び製作条件等事件

『東洋車輌図面の製作順序及び製作条件において焼入れの深さを公知の●(省略)●とすることにつき,公知技術を組み合わせた以上の格別の有用性を認めるに足りる証拠もない。』

 

(4) 東京地判平成30年3月29日〔平成26(ワ)29490〕裁判所HP 高性能多核種除去設備事件(控訴審:知財高判令和元年9月20日〔平成30(ネ)10049〕は控訴・追加請求棄却)

『本件訴訟において情報として特定されている情報は,いずれも,平成23年9月までに公然と知られていた情報であった。

上記各情報は,汚染水処理における各種の考慮要素に関わるもので あって,汚染水処理において,当然に各情報を組み合わせて使用するものであり,それらを組み合わせて使用することに困難があるとは認められない

また,上記各情報を組み合わせたことによって,組合せによって予測される効果を超える効果が出る場合には,その組合せとその効果に関する情報が公然と知られていない情報であるとされることがあるとしても,上記各情報の組合せについて上記のような効果を認めるに足りる証拠はない。したがって,これらの情報を組み合せた情報が公然と知られていなかった情報であるとはいえない。

そうすると,不使用情報群の情報以外の情報のうち,本件訴訟において情報として特定されている情報は,平成25年9月の時点で,少なくともいずれも公然と知られていた情報であり,それらの情報を組み合わせた情報についても,公然と知られていた情報であったといえる。』

 

第4 検討

1 数値範囲の好適化又は最適材料の選択等について

(1) 前掲の各裁判例においては、「当業者であれば通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択する設計的事項」「他の組合せとは異なる特段の優れた作用効果を奏するというのであれば,いわゆる選択発明と同視し得る新規な技術的知見が含まれるものとして非公知性ないし有用性を肯定し得る」等と判示し、あたかも特許法における進歩性(特許法29条2項)判断と類似の判断枠組をとっているかのようである。

このような判断手法に対しては、(特許)「明細書に記載しなかったノウハウを営業秘密として守れないこととなる。」といった批判がある[3]

 

(2) もっとも、営業秘密性を認めるためには公知情報と同一でないことが 要件となるところ、公知情報の数値範囲を限定し、または公知情報の中から特定の材料の組み合わせを選択したにすぎない等の場合には、公知情報との法的な同一性が問題とならざるを得ない。そして、営業秘密と主張される情報が公知情報と有意な差を有しない場合には、非公知性を満たさず、営業秘密性は認められないと考えられる[4]。公知情報と有意な差がない情報は、公知情報から導かれる選択肢の中から任意の構成を選択したにすぎず、取得に要する時間や資金等のコストが観念できないか僅少であり、保有者の管理下以外で一般的に入手できないとは評価できないからである。

 

(3) 他方、公知情報との差は有意なものという程度で足り、特許における進歩性要件ほど高度なものは不要である。USBフラッシュメモリ事件控訴審判決が『原判決は…営業秘密の要保護性として特許権と同等の新規性ないし進歩性を要求するものではない』と判示するように、前掲の各裁判例も営業秘密に特許性までをも求める趣旨ではないと考えられる。

なお、前掲の各裁判例の中には、有用性要件を否定するものがあるが、要件の趣旨に照らし、非公知性要件を否定すべきである。

 

(4) 具体的な訴訟に即して考えると、営業秘密性を主張する側(原告)は、まずは当該情報それ自体が非公知であることを主張すれば足りる[5](当該情報そのものが公知でない限りは、要件としての非公知性は事実上推定される)が、営業秘密性を否定する側(被告)から具体的な公知情報の存在が主張された場合は、当該公知情報との有意な差を積極的に主張することを要すると解すべきではないだろうか[6]

 

2 公知情報の組み合わせ

(1) 公知情報を組み合わせた情報(以下「組み合わせ情報」とする。)は、個別の情報ごとに見れば、公知情報と同一であるから、いかなる場合に有用性及び非公知性を認めるべきかが問題となりうる。

 

(2) 組み合わせ情報の有用性及び非公知性を認めるためには、公知情報の単なる寄せ集めとは異なる情報としての価値(有用性)が認められる必要があるというべきである。なぜならば、そのような付加価値のない公知情報の寄せ集めに法的保護を与える必要に乏しいばかりか、公知情報との識別ができず、第三者の予測可能性を害するからである。

そして、単体の情報とは異なる組み合わせ情報としての価値を認めることができる場合としては、①情報を組み合わせること自体が当業者にとって容易ではない場合、②(組み合わせの困難さはないが)組み合わせた情報によって奏する技術的効果が、個別の情報による効果の単なる総和以上のものである場合、③組み合わせ情報の集積そのものにより、設計、開発等のコストを削減することができる場合が考えられる。

 

(3) ①については、組み合わせた情報に格別の効果がないとしても、非公知性は否定されないと考えられる。前掲高性能多核種除去設備事件地裁判決も組み合わせの困難さを否定した後に、予測される効果を超える効果を否定するという論理構造となっており、組み合わせ自体が困難であれば非公知性が否定されないとも推測することができる。

この類型については、複数の情報を入手すること自体の困難さ[7]と、それらの情報を組み合わせて用いることの困難さが問題となる。

前者につき、前掲高性能多核種除去設備事件地裁判決は、以下の通り、非公知性を否定するにあたり、原告の主張に応答する形ではあるが、公知情報を組み合わせることが困難でないことに言及している。

『当該情報が記載されている文献の入手の容易さ,その情報が汚染水処理に関わる者が当然に接するような形で公表されていたことなども考慮すると,上記情報を入手することに必要な労力等を相当の労力等であるとすることはできない。』

また、後者につき、同控訴審判決は、控訴人の主張に応答する形ではあるが、

『不使用情報群以外の情報を有機的に組み合わせて使用することに格別の困難があったものと認めることはできない』

としている。

もっとも、特許性のない情報であっても、営業秘密としては保護に値する情報はあるのであるから、情報を組み合わせるに際して、進歩性判断において求められるほどの高度の困難さは不要と解すべきである。

 

(4) ②について、前掲発熱セメント体事件、USBフラッシュメモリ事件、高性能多核種除去設備事件の各判決は、いずれも「各情報を組み合わせたことによって,組合せによって予測される効果を超える効果が出る場合」(高性能多核種除去設備事件)に、非公知性又は有用性を認める余地があるかのような判示をしている。

これらの裁判例は、一見すると、特許法における進歩性判断において考慮される「予測できない顕著な効果」[8]を求めているように読めなくもない。

もっとも、いずれの裁判例も、組み合わせ情報による効果が、個別の情報による効果の単なる総和にすぎなかった事案であったとも考え得るため、裁判例においても進歩性判断におけるような高度の作用効果を要求しているわけではないと解される。特許性のない技術情報であっても、営業秘密として保護される余地は認めるべきであるから、公知情報と有意な差があれば足り、顕著な効果である必要はないと解すべきである。

他方、組み合わせ情報による効果が、個別の情報による効果の単なる総和にすぎない場合は、公知情報と公知情報の単なる寄せ集めにすぎず、非公知性を否定すべきである。

 

(5) 非技術情報たる顧客情報について、個別の顧客情報の集積としての顧客リストには、一覧性という点で営業活動の効率性を高めるという有用性が認められる[9]こととのバランスから、③も認めるべきであると考えられる。この点に関しては、東京地判平成28年4月27日〔平成25年(ワ)30447号〕(オートフォーカス顕微鏡の組立図事件)が以下のように判示していることも参考となる。

『確かに,基本的な光学理論の知識と,従業員の能力,経験をもってすれば,過去に製作した製品の図面等が無くとも,顧客の要望に応じた製品を設計,開発,製造することができるというのであるが,原告は,過去に製作した図面等をそのまま用いたり,あるいはCADソフトで修正を施したりして,設計,開発に要する期間を短縮するなどしているのであるから,基本的な光学理論と従業員の能力,経験をもって一から製品の設計,開発,製造ができるとしても,なお本件データが事業活動に有用な技術上の情報であるとの認定は左右されないというべきである。』

この観点から非公知性(及び有用性)が認められるか否かは、指針が示すとおり、取得に要する時間や資金等のコスト等を考慮し、保有者の管理下以外で一般的に入手できるかどうかによって判断することになるとなると思われる。

①の類型が情報の組み合わせの技術的な困難さに着目するのに対し、③の類型は情報の組み合わせ(集積)の経済的困難さに着目するものともいえよう。

 

第5 技術情報の「使用」について

  営業秘密として認められる情報は、あくまで秘密管理性、非公知性、有用性が認められた情報であるから、原告が保有する情報のうち、上記各要件を備えていない部分が利用されたにすぎない場合は、営業秘密の使用があったといえない。

大阪地判平成25年7月16日〔平成23(ワ)8221号〕は、ソフトウェアのソースコードの使用が問題となった事案であるが、『原告主張の本件ソースコードが秘密管理性を有するとしても、その非公知性が肯定され、営業秘密として保護される対象となるのは、現実のコードそのものに限られるというべき」とした上で、「本件において営業秘密として保護されるのは、本件ソースコードそれ自体であるから、例えば、これをそのまま複製した場合や、異なる環境に移植する場合に逐一翻訳したような場合などが「使用」に該当するものというべきである。』、ソースコードに表現されるロジック(データベース上の情報の選択、処理、出力の各手順)を、被告らにおいて解釈し、被告ソフトウェアの開発にあたって参照することは、『ソースコードの記述そのものとは異なる抽象化、一般化された情報の使用をいうものにすぎず、不正競争防止法2条1項7号にいう「使用」には該当しない』と判示している。

また、知財高判令和元年8月21日〔平成30(ネ)10092〕(字幕制作用ソフトウェア事件)も、『それ自体が営業秘密とはいえない変数定義部分を参照したことのみをもって,本件ソースコードを使用したとも評価できない』とする。

 

2 数値範囲の好適化又は最適材料の選択等について

数値範囲の好適化又は最適材料の選択等についていえば、特定の数値範囲、材料等を選択したことにより非公知性(ないし有用性)が認められている以上、被告の製品、方法等が当該数値範囲等を外れる場合には、営業秘密を「使用」したとは評価できないことになろう。前掲パイシュー事件判決は製造工程の一部につき営業秘密性が認められる余地があるとしつつも、数値範囲を外れる原告の製造工程は営業秘密を「使用」していないとしている[10]

3 公知情報の組み合わせ

組み合わせ情報について、原告が①情報を組み合わせること自体が当業者にとって困難であると主張する場合には、当該組み合わせた一体としての情報を使用している限りは、営業秘密を「使用」したと評価しやすい。他方、あくまで個別の情報を独立に使用しているにすぎない場合は、公知情報を使用しているにすぎず、「使用」にはあたらないことになろう。

また、②組み合わせた情報によって奏する技術的効果が、個別の情報による効果の単なる総和以上のものであると主張する場合には、被告の製品ないし方法等が当該効果を奏しているかが営業秘密を「使用」していると評価できるかのポイントになるのではないかと考えられる。通常は、①と同様、情報を一体として使用しているかが問題となるが、例外的に、情報を一体として使用しているものの、原告の主張する作用効果を奏しないという場合には、「使用」に該当しないという余地もあるように思われる(特許法における「作用効果不奏功の抗弁」と同様)。

さらに、③組み合わせ情報の集積そのものにより、設計、開発等のコストを削減することができる場合であると主張する場合には、被告が設計、開発等のコストを削減することができる程度に用いているかがポイントとなると考えられる。集積した情報のごく一部のみを使用している場合には、公知情報を使用しているにすぎず、「使用」に該当しない場合もあり得よう。

 

第6 おわりに

技術情報の有用性又は非公知性判断についてはいまだ未解明な部分が残されており、本稿も一試論にすぎないが、当事者としては、過去の裁判例に照らして、公知情報との関係でいかなる意味において有用性又は非公知性が認められ、又は否定できるのかを十分に吟味した上で、主張立証をする必要があるといえる。

以上

 

 

[1] 技術情報の非公知性に関しては、リバースエンジニアリングとの関係も問題となるが、本稿では検討としない。

[2]この他に、「原告らは,本件合金の技術上の有用性について,これを認めるに足りる証拠を提出していないといわざるを得ず,本件合金について営業秘密としての有用性を認めることはできない。」と判示したものとして、大阪地判平成28年7月21日平成26(ワ)11151等・裁判所HP(錫合金事件)がある(原告製品により分析が容易であることから非公知性も否定)。

[3] 石本貴幸「営業秘密における有用性と非公知性について」パテント70巻4号116頁

[4] 田村善之「プロ・イノヴェイションのための特許制度の muddling through (5・完)」184-185頁は、裁判例について、公知の情報と有意な差がない情報につき有用性を否定する類型(第一類型)と有用性要件をあたかも特許法における進歩性と同様のものであるかのように説く類型(第二類型)に区分し、前者は是認し、後者は忌避すべきとする。

[5] 平澤卓人「有用性(2)-いかなる効果があるか不明である場合〔クレープミックス液事件〕」商標・意匠・不正競争判例百選〔第2版〕213頁は、「パブリック・ドメインにある情報とほとんど変わるところがない情報であることを前提として、その効果が明らかでない…(というような)事情がない場合には情報の価値や作用効果の立証を要するものではない」(括弧内は筆者)とする。

[6] 裁判所は特許庁と異なり公知技術の資料を有しておらず、進歩性の審査は無理があるとの指摘がある(陳珂羽「営業秘密の有用性と非公知性について-錫合金組成事件-」299頁)。筆者も進歩性要件は不要と考えるものであるが、本文のように考えれば、裁判所の審理も過大なものとならないと考える。

[7] 「当該発明の属する技術分野の出願時の技術水準を構成する事項の全てを知識として活用できる者」(当業者)が容易に発明できるかを基準とする特許法における進歩性判断とはこの点においても異なるといえる。

[8] 最判令和元年8月27日・集民262号51頁〔眼科用処方物〕参照

[9] 例えば、東京地判平成12年10月31日判例時報1768号107頁は、「確かに、本件顧客情報のもとになる個々の顧客に関する情報を一件ずつ出力できることは前記認定のとおりであるが、原告会社の顧客は事業所数で約一万四千と膨大な数に及ぶことからすれば、一覧性の観点から本件顧客情報の有用性は、なお損なわれないと言うことができる。」とする。

[10] 公知情報との関係における判示ではないが、営業秘密である設計情報が残存していないとして「使用」を否定した知財高判平成30年1月24日〔平成29年(ネ)10031〕裁判所HP(プラスチック木型事件)も参照。

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