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営業秘密メルマガコラム

2022.05.18

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第67回|東南アジアでの営業秘密保護対策

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第67回

東南アジアでの営業秘密保護対策

弁護士知財ネット
弁護士 鷹野 亨

PDF版ダウンロード:[営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム] 第67回 東南アジアでの営業秘密保護対策

[目次]

  1. はじめに
  2. 営業秘密に関する法規制
  3. 営業秘密漏えい被害の状況
  4. 営業秘密保護対策
  5. おわりに

 

1.はじめに

東南アジアでの子会社や工場の設立、現地企業との提携が盛んになる一方で、子会社の現地従業員は日本本社の情報管理規程を見たこともない等、現地の営業秘密保護が進んでいない企業も見受けられる。

営業秘密保護に対する意識がまだ高いとは言えない東南アジアでは、営業秘密の漏えいは日常的に起こっている。本稿では、筆者のベトナム駐在経験も踏まえて、東南アジアでの営業秘密保護対策について解説する。

また、筆者にて執筆協力した経済産業省委託事業 JETROハノイ事務所「ベトナムにおける営業秘密管理マニュアル(2021年3月)[1]」には法規制の詳細や情報管理規程、秘密保持契約書等の雛形も掲載されているので、参照されたい。

2.営業秘密に関する法規制

東南アジアの多くでは、営業秘密は法令や判例で保護されており、その保護される要件は文言の差異はあれ、①秘密管理性、②有用性、③非公知性から構成され、日本と共通する。WTO(世界貿易機関)のTRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)のもとで、WTO加盟国は同協定の「開示されていない情報」に関する規定に基づいて営業秘密保護を国内法に反映させる義務があり、同規定に適合する法制度を導入しているためである。

営業秘密の漏えいに対する救済策としては、民事訴訟により営業秘密漏えい行為の停止を求めたり損害賠償を求めたりすることに加え、刑事罰の規定がある国においては、刑事罰の適用もある(ベトナムなど一部の国では、まだ刑事罰規定はない。)。

以上のとおり、営業秘密保護規制において、東南アジアでも日本と同様の考え方を当てはめることができる場面は多い。

もっとも、東南アジアでは営業秘密漏えいのリスクは高く、また現地法令・慣習に基づくローカライズも必要である。下記で詳述する。

3.営業秘密漏えい被害の状況

東南アジアの営業秘密漏えい被害は、日本と比べて多く、初歩的なミス等で漏えいが発生するケースも少なくない。社会的に営業秘密保護の意識が醸成されているとはいえない点や労働者の流動性が高いことに起因する違いであり、東南アジアでの事業運営においては十分注意する必要がある。

漏えい事例は様々あるところ、典型的な事例として例えば下記が挙げられる。

■従業員により営業秘密が漏えいされるケース

副業をしている従業員が、自社と副業先で同じSNSアカウントを使用して仕事上のやり取りをしていたところ、送信先を誤って副業先に社内の秘密情報を送ってしまうというケースがある。

また、故意に営業秘密が漏えいされるケースもあり、よく起こるパターンとしては、競合企業に転職して、元の会社の顧客リストや技術情報を流用するケースである。社内での情報管理が徹底されておらず情報の持ち出しが容易であることや、そのような情報の流用が違法となることを本人が認識していないことに起因して発生することが多い。

■取引先により営業秘密が漏えいされるケース

ある日系企業A社が、顧客である現地企業B社からの見積依頼の際に、要求に応じて図面や製品サンプルなどの営業秘密を提供したところ、B社がそれらを別の現地企業C社に交付し、C社に同じ製品をより安価に製造させるといったケースがある。

東南アジアでは、法務のチェックが行き届いておらず、事業部サイドの判断で秘密保持契約書等を締結する前に図面を渡してしまい、これらを悪用されてしまったという事例は多い。この場合、B社との取引もできず、B社とC社のやり取りは外部からは不明のため立証が困難で、両社への責任追及も難しく、会社として大きなダメージを被ることになってしまう。

■SNS上で営業秘密が漏えいされるケース

東南アジアでもSNSは大変普及しており[2]、ビジネス上のやり取りやファイル転送について、メールよりもSNSのチャット機能がよく使われている。仕事で使うアカウントとプライベートで使うアカウントを分けていないため、宛先を間違えて誤送信してしまったという事例や、仕事で使っていたSNSアカウントが乗っ取り被害に遭い会社の営業秘密が漏えいした可能性があるといった事例、営業秘密である工場内の様子が写った画像を日常の投稿としてSNSに掲載してしまったという事例など、SNSを介した営業秘密漏えいの事例は後を絶たない。

4. 営業秘密保護対策

上述の法規制、営業秘密漏えい被害の状況を踏まえて、東南アジアでの営業秘密保護対策として取り組むべきことについて概説する。

(1)現地社内体制の整備、(2)社外対策、(3)漏えい時の対応の3点について、それぞれ説明する。

(1) 現地社内体制の整備

ア.規程等のローカライズ

多くの企業では、本社において情報管理規程や就業規則、従業員との秘密保持契約書等が既にあるのではないかと推測され、現地での社内体制整備にあたって、まずは日本で使用しているこれらの規程類をベースにすることが考えられる。

現地へのローカライズを行う際は、単に翻訳するのみでなく、現地法規制や慣習に従って違法不当な規定はないかをチェックする必要がある。例えば、各国で就業規則等に対する法規制は異なることが多く、内容の修正が必要になることが多い。また、法令上は問題なくとも、現地の運用上、遵守が不可能な規定はないかという観点からのレビューもするべきである。例えば、研究開発部門を擁する本社と営業のみを行う現地拠点の場合、そもそも取り扱う情報が異なり、保護レベルも異なることがある。

これらローカライズに関しては、実際に実務を運用していく現地子会社等の意見を聴くとともに、現地に詳しい弁護士等専門家のレビューも経て進めていくことが重要である。

また、営業秘密漏えいを未然に防ぐためには、疑わしい状況があったらすぐに社内で調査し漏えいを予防できる体制を設けることが望ましい。現地拠点に営業秘密管理責任者を置いて、情報管理が適切になされているか、ヒヤリ・ハット事例がないかを、本社とも連携しながら定期的に確認することが考えられる。また、内部通報窓口を設けることで、従業員が不正行為に関する相談を迅速にできる制度を準備することも有効である。

イ.社内研修

上記アのとおりローカライズした規程等を作成しても、単にそれを周知するだけで終わっては、残念ながら営業秘密漏えい予防の効果はあまり期待できない。

従業員に対して、自分が雇用されている会社は秘密情報保護を徹底しているということを意識させる必要があり、その方法として社内研修が効果的である。

ただし、その内容を現地向けに工夫する必要がある。規程や法令をただ説明するだけでは退屈な研修となってしまい、多くの従業員がスマートフォンをいじり始めるといったことになりかねない。弊職もベトナム駐在中にこのような研修企画を依頼されることがあり、以下のような工夫をして研修に臨むようにしていた。

①ケーススタディー中心の研修にする

実際に起こり得る事例又は過去に起こった事例をベースとして、依頼者と相談しながら各社独自の事例を作成し、研修時はケーススタディー形式で講義を行った。この事例での対象者の行動は適切か、あなたならどうするかといった問いを立てて従業員と議論しながら進めるため、当事者意識を高めることができ有効であると考える。講師と従業員間のみでなく、従業員同士で活発な議論が交わされることもあった。

②営業秘密漏えいについて現実的なペナルティを提示する

営業秘密漏えいのペナルティとして、民事訴訟や刑事訴訟の話を述べるのみであると、東南アジアでは実際に適用された事例が少なくどうしても現実感が湧かない。そこで、具体的な就業規則の規定に触れ、この規定に違反すると解雇を含めた懲戒処分を科されたり、会社から損害賠償されたりする可能性があることを伝え、営業秘密を漏洩した場合に科されるペナルティについて意識させるようにしていた。

東南アジアでの研修の目的としては、詳細な情報をインプットすることに注力するよりも、大雑把なイメージで構わないので従業員に秘密情報保護の意識を持ってもらうことが一番重要であると考える。できる限り従業員が参加できるような研修とする一方で、ペナルティがあるなど言うべきことはしっかり伝え、会社のスタンスを認識してもらう必要がある。

(2) 社外対策

東南アジア現地パートナーとの取引においても、秘密保持の意識は強く持つ必要がある。

秘密保持契約や秘密保持条項を含む契約の締結は当然であるが、加えて、そのパートナーが信頼に値する企業であるかについて、事前に信用調査を行うことが重要である。東南アジアでは、公開データベースから有効な企業情報を得られないことも多いため、調査会社への委託や業界の評判を情報収集するなどの手も使って、信頼に値する企業であるかを事前に吟味しておくべきである。

また、取引終了後の秘密情報の返還や破棄義務の履行等については、結局行わないまま有耶無耶になってしまうことが実務上多い。しかし、東南アジアでの取引においては、相手方に残された秘密情報が杜撰な管理のために漏えいするケースもあるので、かかる義務の履行は徹底した方がよい。

(3) 漏えい時の対応

もし残念ながら営業秘密が漏えいしてしまった場合は、直ちに弁護士等に相談しながら、どの情報がいつ誰によってどのように漏えいしたのかを調査し、証拠収集を行っていく必要がある。

対応策としては、民事訴訟や刑事告訴も考えられるところであるが、現実的にそのようなアクションまで至るケースは少ない。訴訟となれば解決まで長期化するし、判決の予測がなかなか立たない中で、費用をかけてそのようなアクションに踏み切ることのできる事例は少ないからである。

現実的な対応策としては、調査により判明した営業秘密漏えいの関与者に対して、警告し、今後そのような行為を行わないことを誓約させ損害賠償を請求することが考えられる。加えて、従業員であれば解雇含めた懲戒処分を科す等も検討し得る。以上のような対応を早急に行うとともに、再発を防ぐための体制強化及び新体制について従業員・関係者への周知が重要となる。

5.おわりに

以上のとおり、東南アジアの営業秘密保護においては、わかっていて当然と思われる基礎的な部分から従業員に教育していく必要があるし、現地企業を簡単に信頼できない場面も多く、日本での通常の社内運用や社外取引とは別物として、慎重に事を運んでいく必要がある。

一方で、あまりに厳しい体制を敷くと、結局は社内で実践できない、現地企業との取引ができないという事態に陥り、ビジネスに支障が出る。東南アジアでは、現場やビジネスサイドとのコミュニケーションを密に進めることで、法的リスクの回避と事業活動のバランスを取りながら対策を進めていくという意識が重要である。

以上

[1] https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/outreach_r2_vietnam.pdf

[2] タイにおけるLINE、ベトナムにおけるZalo、Facebookなど。

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