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営業秘密メルマガコラム

2024.06.18

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第72回|スタートアップにおける営業秘密の管理

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第72回

 

スタートアップにおける営業秘密の管理

 

弁護士知財ネット
弁護士 菅原 洸介

PDF版ダウンロード:[営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム] 第72回スタートアップにおける営業秘密の管理

 

第1 はじめに

近年、営業秘密保護の重要性が広く認識されるようになり、多くのスタートアップが秘密管理措置を講じるようになってきています。しかし、シード・アーリー期のスタートアップについては、秘密管理措置の構築に十分なコストをかけられないため、体制が不十分なケースが見受けられます。シード・アーリー期のスタートアップも、他の企業と同様に、重要なノウハウや顧客データがありますので、そのような営業秘密が他社に利用されてしまうと、大きな損失を被る可能性があります。

また、残念なことに、スタートアップ自身が注意を払っていても、取引先等がスタートアップの重要な営業秘密を不正に利用してしまうケースも存在します。

本コラムでは、残念ながら自社の重要な情報が他社や退職した従業員等に利用される事態が起こってしまった場合に、当該情報が営業秘密として保護されるためには、どのような秘密管理措置を講じるべきか、という観点から、シード・アーリー期のスタートアップにおける実践的な秘密管理措置を検討します。

そのため、そもそも営業秘密が漏洩しないためにどうすればよいか、という情報漏洩対策については、割愛します。

 

以下では、スタートアップの営業秘密に関する問題事例を確認し、その後、一般的な秘密管理措置や裁判例について紹介した上で、実践的な秘密管理措置について詳しく検討します。

 

第2 問題事例について

1 令和4年3月31日策定公正取引委員会・経済産業省「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針」について

公正取引委員会及び経済産業省は、令和4年3月31日、「スタートアップとの事業連携に関する指針」を改正し、「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針」[i](以下「本指針」といいます。)を策定しています。

本指針は、スタートアップにおける問題事例に言及しておりますが、ここでは、営業秘密に関する問題事例をピックアップして紹介します。

 

(1) NDAに係る問題について(本指針3ページ、36ページ)

ア 営業秘密の開示

・スタートアップが、連携事業者から、NDAを締結しないまま営業秘密の開示を要請される場合がある。

・スタートアップが、出資者から、NDAを締結しないまま営業秘密の開示を要請される場合がある。

 

イ 片務的なNDA等の締結(本指針7ページ)

スタートアップが、連携事業者から、スタートアップ側にのみ秘密保持・開示義務が課され連携事業者側には秘密保持・開示義務が課されない片務的なNDA(以下「片務的なNDA」という。)の締結を要請される場合や、契約期間が短く自動更新されないNDA(以下「契約期間の短いNDA」という。)の締結を要請される場合がある。

 

ウ NDA違反(本指針9ページ、39ページ)

・連携事業者が、NDAに違反してスタートアップの営業秘密を盗用し、スタートアップの商品・役務と競合する商品・役務を販売するようになる場合がある。

・出資者が、NDAに違反して事業上のアイデア等の営業秘密を他の出資先に漏洩し、当該他の出資先が、スタートアップの商品・役務と競合する商品・役務を販売する場合がある。

 

(2) 顧客情報の提供について(本指針27ページ)

スタートアップの顧客情報は営業秘密であるがNDAの対象とはならないことが多いところ、スタートアップが、連携事業者から、顧客情報の提供を要請される場合がある。

 

2 その他の営業秘密に関する問題事例について

本指針が言及する事例のほかに、実務上、下記の問題事例が見受けられます。

 

(1) 退職した従業員による情報の持ち出し

スタートアップの営業職の従業員が退職し、同業他社に転職後、同業他社において製品に関するデータや顧客情報を用いる場合があります。

 

(2) 製品の製造委託先による類似製品の製造・販売

自社製品の製造委託先が、製品のデータを用いて、類似製品を製造・販売する場合があります。

 

3 小括

スタートアップでは、連携事業者や出資者からNDAを締結せずに営業秘密の開示を求められるケースがあります。さらに、スタートアップ側にのみ秘密保持義務が課される片務的なNDAや、契約期間が短く自動更新されないNDAを要請されることもあります。

NDAを締結しても、連携事業者や出資者がNDAに違反し、営業秘密を不正に利用するリスクも存在します。また、顧客情報がNDAの対象外とされる場合や、退職した従業員や製造委託先による情報漏洩も懸念されます。

これらの問題が生じてしまった場合に、事後的な救済を受けるためには、適切な秘密管理措置を講じることが重要です。

 

第3 秘密管理措置について

1 平成31年1月改訂・経済産業省「営業秘密管理指針」について

経済産業省は、「営業秘密管理指針」[ii](以下「管理指針」といいます。)において、営業秘密に関する一つの考え方を示しています。

管理指針の位置付けについては、経済産業省が、管理指針1ページにおいて、「一つの考え方を示すものであり、法的拘束力を持つものではない。」、「当然のことながら、不正競争防止法に関する個別事案の解決は、最終的には、裁判所において、個別の具体的状況に応じ、他の考慮事項とともに総合的に判断されるもの」及び「本指針は、不正競争防止法によって差止め等の法的保護を受けるために必要となる最低限の水準の対策を示すものである。」と記載するとおり、最低限の水準の対策としての一つの考え方を示すものであって、裁判所の判断を拘束するものではありません。もっとも、万が一、訴訟となった場合は、当事者は、管理指針に則った主張をすることがあり、管理指針に則った一般論を判示する判決も見受けられます。そのため、管理指針の考え方は、秘密管理措置を講じる上で参考になります。

 

(1) 必要な秘密管理措置の程度について

管理指針6ページは、必要な秘密管理措置の程度に関して、下記のとおり、述べています。

・・・すなわち、営業秘密保有企業の秘密管理意思(特定の情報を秘密として管理しようとする意思)が、具体的状況に応じた経済合理的な秘密管理措置によって、従業員に明確に示され、結果として、従業員が当該秘密管理意思を容易に認識できる(換言すれば、認識可能性が確保される)必要がある。

(太字・下線部は筆者による。)

 

管理指針は、秘密管理性について、秘密管理措置によって従業員等が特定の情報を秘密として管理しようとする意思を容易に認識できるかどうか、を判断基準とする考え方を示しています。また、取引先に対する秘密管理意思の明示についても、基本的には、対従業員と同様に考えることができるとされています。

そして、秘密管理措置は、「具体的状況に応じた経済合理的」、すなわち、企業の規模、業態、従業員の職務、情報の性質などによって、異なることが示されています。管理指針5ページにおいても、「営業秘密が競争力の源泉となる企業、特に中小企業が増加しているが、これらの企業に対して、「鉄壁の」秘密管理を求めることは現実的ではない。」として、同様の趣旨が述べられています。

なお、秘密管理措置がその実効性を失い「形骸化」し、従業員が企業の秘密管理意思を認識できない場合は、適切な秘密管理措置とはいえないとして、秘密管理性が否定される場合がありますので、注意が必要です。

 

(2) 秘密情報の区分について

秘密管理措置では、営業秘密に該当する情報と、営業秘密ではない一般情報とが合理的に区分されている必要があります。

管理指針7ページでは、この合理的区分について、以下のとおり言及しています。

 

情報が化体した媒体について、例えば、紙の1枚1枚、電子ファイルの1ファイル毎に営業秘密であるか一般情報であるかの表示等を求めるものではなく、企業における、その規模、業態等に即した媒体の通常の管理方法に即して、営業秘密である情報を含む(一般情報と混在することもありうる。)のか、一般情報のみで構成されるものであるか否かを従業員が判別できればよい。

(中略)

ただし・・・情報の内容から当然に一般情報であると従業員が認識する情報が著しく多く含まれる場合には、下記留意事項に記載した「秘密管理措置の形骸化」と評価されることもありうる。

 

秘密情報の区分についても、「企業の規模や業態等に即した媒体の通常の管理方法に即して」判別できるようにすることが示されています。

 

(3) 秘密管理措置の具体例について

 

管理指針9ページ以下には、秘密管理措置の具体例が記載されていますので、ピックアップして紹介します。管理指針は、最低限の水準の対策としての一つの考え方を示すものであるため、特段のコストを要しない方法が記載されています。

 

媒体 具体的な方法
紙媒体の場合 ・文書に「マル秘」など秘密であることを表示する方法

・個別の文書やファイルに秘密表示をする代わりに、施錠可能なキャビネットや金庫等に保管する方法

電子媒体の場合 ・記録媒体へのマル秘表示の貼付

・電子ファイル名・フォルダ名へのマル秘の付記

・電子ファイルの電子データ上にマル秘を付記(ドキュメントファイルのヘッダーにマル秘を付記等)

・電子ファイル自体又は当該電子ファイルを含むフォルダの閲覧に要するパスワードの設定

・記録媒体を保管するケースや箱にマル秘表示の貼付

・外部のクラウドを利用する場合、階層制限に基づくアクセス制御などの措置

取引先に開示する場合 ・営業秘密を特定した秘密保持契約(NDA)の締結

・取引先との力関係上それが困難な場合には、自社では営業秘密として管理されているという事実の口頭による伝達や開示する文書へのマル秘表示

※立証を考慮すれば、口頭での秘密管理意思の伝達ではなく、何らかの書面(送り状への記載等)が望ましい。

 

2 秘密管理性に関する近年の裁判例について

近年の裁判例において、どのような事情があると「秘密管理性」が認められない可能性があるのか、を確認するために、「秘密管理性」を否定した裁判例を紹介します。

これらの裁判例は、以下の考慮要素(プラス・マイナス)に基づき、「秘密管理性」を判断していますが、具体的な事情については、ここでは割愛しています。

 

(1) 大阪高判平成31年2月14日(平成30年(ネ)第960号)

不正競争行為差止等請求控訴事件

 

【考慮要素(プラス)】

・技術情報を電子データと電子データを印刷した紙ベースで保管していた。

・情報にアクセスできる者を福島工場の従業員18人と役員等の限られた従業員に限定していた。

・就業規則に従業員の秘密保持義務を定めるほか、秘密保持の誓約書の提出を受けていた。

【考慮要素(マイナス)】

・営業秘密であると主張する技術情報を提供していたにもかかわらず、取引先らとの間で秘密保持契約が締結された形跡はない

・取引先に対して従前交付した図面等の取扱いについて触れられていない。

交付した技術上の情報の取扱いや用済み後の回収について何らかの要請をした形跡はない

・技術上の情報を秘密として管理されるべきものであることを表明した形跡はない。

 

(2) 青森地判平成31年2月25日(平成27年(ワ)第188号)

損害賠償請求事件

 

【考慮要素(プラス)】

・本件顧客情報に係る電子データはパソコンにおいて管理され、パソコンにはパスワードが設定されている。

【考慮要素(マイナス)】

・調律師らは、パソコンを操作する仕事に従事することがなく、それゆえ、被告も、パソコンにパスワードが設定されていることすらも知らなかった。

・調律師らに対し、本件各書類を配布した後、それを回収したり、廃棄を指示したりすることはなかった。

本件各書類には「マル秘」などの秘密であることを示すような記載もなかった

・音楽教室等の講師は、自由に事務室の事務スペース部分を往来していた。

・外部から中が見えない本件引出しに入れて配布されていたものであるとはいえ、本件引出しは施錠ができないものであった。

事務室に立ち入ることのできる者であれば、その中身を見ようと思えば見ることができる状況にあった。

調律師も、他の調律師に割り当てられた自己の業務に関係のない本件顧客情報を見ることも可能であった。

本件顧客情報の管理について研修を受けたこともなかった

・本件委託契約には本件条項を含めて本件顧客情報に明示的に言及した上でその目的外の利用や漏洩を禁止する旨の条項もなかった。

 

(3) 知財高判令和元年8月7日(平成31年(ネ)第10016号)

競業差止請求控訴事件

 

【考慮要素(プラス)】

・店舗において、顧客カルテが入っているファイルの背表紙にマル秘マークが付されていた。

・室内に防犯カメラが設置されていた。・

【考慮要素(マイナス)】

・就業規則における「従業員に関する情報(個人番号、特定個人情報を含む)、顧客に関する情報、会社の営業上の情報、商品についての機密情報あるいは同僚等の個人の権利に属する情報」との文言は、非常に広範で抽象的である。

顧客カルテは従業員であれば誰でも閲覧することができ、顧客カルテが入っているファイルの保管の際に施錠等の措置はとられておらず、また、施術履歴の用紙にマル秘マークが付されていたかは明らかではない

・控訴人の一支店から他の支店に顧客を紹介することがあり、支店間で情報を共有するため、顧客カルテを撮影し、その画像を、私用のスマートフォンのLINEアプリを用いて従業員間で共有する取扱いが日常的に行われていた。

 

(4) 東京地判令和2年1月15日(平成28年(ワ)第35760号)

不法行為差止等請求事件

 

【考慮要素(マイナス)】

・取引先の担当従業員の連絡先については、これらの取引先の住所や電話番号と一緒に、お歳暮、お中元、年賀状等の送付先として管理されるとともに、原告代表者及び被告Y2らは、いずれも自身が契約を締結して使用している携帯電話に、これら取引先の担当従業員の連絡先を登録し、これを業務に利用していた。

・顧客からの受注金額及び外注業者への手配金額については、原告では、これらの情報が記載された売上申請書が電子メールによって原告に所属する者の間で共有され、原告に所属する者であれば常に閲覧可能な状態に供されていた。

・電子メールには、パスワード等によるセキュリティ措置が一切施されていなかった

 

(5) 東京地判令和3年3月23日(平成30年(ワ)第20127号)

損害賠償請求等事件

 

【考慮要素(プラス)】

・パソコン内の電磁的記録にはパスワードが付されていた。

・誓約書、原告会社に備え付けられた個人情報取扱規程があった。

【考慮要素(マイナス)】

・顧客情報の基となった本件申込書控は、原告会社の営業時間中、施錠されていない書棚で保管され、従業員であれば閲覧可能な状態になっていたものであり、本件各証拠をみても、その閲覧を禁止する旨が原告会社内において明確に告知されていた形跡は見当たらない。

・原告会社の各営業担当者においては、自らの担当する顧客に係る情報に特段の制限を受けることなくアクセスすることができる状態であった。

 

(6) 東京地判令和4年12月26日(令和2年(ワ)第20153号)

地位確認等請求等事件

【考慮要素(プラス)】

・被告会社においては、被告社内システム及びBoxに保存された情報にアクセスする場合、ユーザーID及びパスワードによる認証が必要とされており、社外からのアクセスが制限されている。

・Box内の各フォルダについては、さらに、所属部署ごとのアクセス権限が設定される。

・社内ルールにより、従業員が、業務情報を業務目的以外で利用することを禁止されている。

・社内ルールにより、電子化情報を保管保存する場合には会社が一元管理するシステムを利用すべきことが定められている。

・社内ルールにより、個別にクラウドサービスを導入する場合には、リモートワイプ(遠隔消去)が可能な仕組み等を利用すべきことが定められている。

・社内ルールにより、機密保持違反に対しては厳正に対処する等が定められている。

・社内体制や従業員教育面での対処もされている。

【考慮要素(マイナス)】

・本件データファイル等は、ファイル数が合計3326個に及ぶものであるにもかかわらず、有用性及び非公知性があると認められる本件詳細主張ファイル群のファイル数は136個に留まる。

・原告が本件デスクトップフォルダに保存していた情報のうち、大部分は一般情報であって、その中に、それと比較して相当に少量の有用性及び非公知性がある対象情報が含まれる状況にあった。

3 小括

管理指針においては、具体的状況に応じた経済合理的な秘密管理措置によって、従業員等が特定の情報を秘密として管理しようとする意思を容易に認識できるかどうか、を判断基準とする考え方を示しており、具体例としても、最低限の水準の対策としての一つの考え方を示すものであることから、特段のコストを要さない措置が挙げられています。シード・アーリー期のスタートアップとしても、特段のコストを要さない秘密管理措置として、十分実践できる内容であると思います。

他方で、裁判例を俯瞰すると、「秘密管理性」の判断には、様々な考慮要素が挙げられていますが、概要としては、企業の規模・情報の内容・情報の性質、対内的・対外的、秘密管理の態様(営業秘密情報と一般情報の区別、秘密である旨の表示の有無、パスワードの有無、秘密保持契約の締結の有無、研修・指導の有無)などの要素が挙げられます。紹介した裁判例は、すべて「秘密管理性」を否定していますが、従業員等が特定の情報を秘密として管理しようとする意思を認識できない事情として、マル秘表示がないことや従業員であれば誰でも閲覧できたことが言及されています。このことから、単にパスワードを付すだけでは秘密管理措置としては不十分であり、マル秘表示を行ったり、アクセス制限を行ったりすることが有用であると考えられます。

上述のとおり、裁判例においても、すべての企業に対してコストを要する秘密管理措置が求められているわけではありません。具体的状況に応じた経済合理的な秘密管理措置が講じられているかどうかが判断基準になっていると考えられます。そのため、シード・アーリー期のスタートアップにおいても、具体的状況に応じた経済合理的な秘密管理措置を講じることによって、営業秘密を保護することができます。

 

第5 スタートアップにおける秘密管理の対策について

1 共通事項(合理的な区分について)

 まずは、自社が有する情報について、営業秘密に関する情報と一般情報に整理する必要があります。自社が有する情報を評価して整理する方法については、経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック〜企業価値向上に向けて〜」[iii]10ページ以下の記載が参考となります。

14〜15ページには、情報評価の観点が記載されていますので、以下のとおり紹介します。

・情報が生み出す経済的価値

・情報管理の必要性・程度(法令や取引先との契約により強い管理が求められているのか、企業の判断により管理の要否・程度を選択できるのか)

・他社に利用されたり、漏えいしてしまった場合の自社の損失の大きさ(どの程度競争力や社会的信用が低下してしまうのか等)

・取引先など他社に与える損失の程度(例えば、情報が漏えいした場合、その情 報を使用して製造した部品を納めた取引先に生ずる損失の程度)

・競合他社にとって有用か否か((情報が他社に渡った場合の他社のコスト削減及び 他社製品の価格などへの影響の程度)

・悪用されるような性格の情報か否か

・契約等に基づき他社から預かった情報か否か

シード・アーリー期の場合、すべての観点から詳細に検討することは難しいと思いますので、まずは、情報が生み出す経済的価値、情報漏洩によって自社が被る損失の程度、競合他社にとっての有用性に注目して情報の評価を行い、営業秘密に関する情報と一般情報に整理することが有効です。

 

営業秘密に関する情報と一般情報に整理することができれば、シード・アーリー期の場合、企業の規模が大きくなく、社員も少数に留まることが多く、社員間のコミュニケーションも活発であるため、各々の社員が、営業秘密に関する重要な情報と営業秘密に該当しない一般情報とを区別して認識できることが多いと思います。

そのため、「合理的な区分」については、媒体の通常の管理方法に即して、営業秘密である情報を含むのか、一般情報のみで構成されるものであるか否かを従業員が判別できるような工夫を行う場合に、特段のコストを要する措置は必要ないと考えます。

例えば、営業秘密である情報を含むファイルについては、「マル秘」の表示を付けたフォルダに保存するなどの方法は、特段のコストを要しないため、こうした自衛策を講じることが適切であると考えます。

 

2 対内的な秘密管理措置

 具体的状況に応じた経済合理的な秘密管理措置によって、従業員等が特定の情報を秘密として管理しようとする意思を容易に認識できるようにすることが重要です。

管理指針の具体例については、特段のコストを要しないことから、シード・アーリー期のスタートアップであっても、十分に実践可能です。

例えば、営業秘密を含むファイル等については、「秘密」である旨を表記した上で、パスワードを付けることが望ましいと思います。また、パスワードは、営業秘密を知る必要がない従業員に推測されないよう、独自のものを設定することが重要です。私物USBメモリの社内使用を禁止することも有用であると思います。

また、重要なプロジェクトの際には、当該プロジェクトに関与する従業員等との間で、当該プロジェクトに特化したNDAを締結することも有用です。

全社員が参加するミーティングにおいて、特定の情報が営業秘密であることを周知して議事録に記録することも、特段のコストを要さず、かつ、従業員等の認識を更に深める対策として有効であると思います。

他方で、特段のコストを要するような措置は、シード・アーリー期には適していません。例えば、営業秘密情報を会社が一元管理するシステムの導入や、リモートワイプ機能の導入などは経済合理的な秘密管理措置ではないと考えられます。

なお、企業の規模については、規模が小さい方が、営業秘密情報の重要性を容易に認識できるという方向で積極的に考慮される場合がある一方で(大阪地判平成15年2月27日平成13年(ワ)10308号)、少人数であれば情報管理が容易であるとして、消極的な方向で考慮される場合もあります(東京地判平成23年9月29日〔医療機器顧客名簿事件〕)。そのため、シード・アーリー期のスタートアップであっても、上記のように、特段のコストを要しない秘密管理措置を講じることが望ましいと思われます。

 

3 対外的な秘密管理措置

 そもそも、社外の第三者に一切開示をしなければ、従業員等からの持ち出しや不正アクセス等がない限り、営業秘密が不正に利用される可能性は低くなります。しかし、営業秘密を第三者に開示をした場合、第三者も当該情報をコントロールすることができるため、営業秘密を不当に利用される可能性が高まります。

そのため、スタートアップは交渉力の差がある場合でも、営業秘密を開示する場合は、自衛のために、NDAを締結することを徹底するべきです。

実際に、上記の裁判例においても、社内の秘密管理措置を徹底していたにもかかわらず、NDAを締結しなかったことを一つの考慮要素として、秘密管理性が否定されたケースがあります。

また、開示する情報の範囲は、可能な限り狭くするべきであり、営業秘密を含む情報は極力開示しないようにするべきです。

さらに、営業秘密を含む紙媒体やファイルについては、開示の目的を達した後に、破棄または消去するように要請することも有用です。

 

第6 終わりに

シード・アーリー期のスタートアップも、他の企業と同様に、重要なノウハウや顧客データがありますので、営業秘密保護を実践する必要がありますが、コストの問題から秘密管理措置の構築を後回しにするケースも少なくありません。しかし、上述のとおり、特段のコストを要さずに、経済的合理性を有する秘密管理措置を講じることは十分可能です。適切な秘密管理措置を講じることで、事後的な救済が可能となる場合もあります。

本コラムが、シード・アーリー期のスタートアップが秘密管理措置の具体的なイメージを理解する一助となれば幸いです。

以上

 

 

[i] 令和4年3月31日公正取引委員会・経済産業省「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針」(https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/startup.html

[ii] 平成31年1月23日改訂経済産業省「営業秘密管理指針」(https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/guideline/h31ts.pdf

[iii] 令和6年2月最終改訂経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック〜企業価値向上に向けて〜」(https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/handbook/full.pdf

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