営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第24 回
台湾における営業秘密の保護
弁護士知財ネット 国際チーム
弁護士・弁理士 引地 麻由子
PDF版ダウンロード:[営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム] 第24回 台湾における営業秘密の保護
1.はじめに
台湾には、営業秘密の保護に関する単独法としての「営業秘密法」があります。
営業秘密法は、1996年に施行されて以来、16年にわたって改正が行われていませんでした。しかし、産業の国際化や人材の流動化に伴い、現職や退職後の従業員が会社の営業秘密を持ち出して漏洩する事件が相次いで発生したため、法改正の必要性が強く認識されるに至りました。
そこで、2013年に法改正が行われ、刑事罰や域外加重処罰(台湾域外での使用が意図された場合の厳罰化)に関する規定が導入されました。現行の営業秘密法は、全部で16条から構成されています。
本コラムでは、台湾における営業秘密法の概要と最近の事例を紹介したいと思います。
2.台湾の営業秘密法の概要[1]
(1)営業秘密の定義
営業秘密法における「営業秘密」とは、「方法、技術、製造工程、調合、プログラム、設計又はその他の生産、販売又は経営に用いられる情報」であって、かつ、次の要件を満たすものをいいます(営業秘密法(以下「法」)2条)。
①一般的に当該情報に関わる人の知るところではないもの(秘密性)
②その秘密性のため、実際に又は潜在的に経済的な価値を有するもの(価値性)
③保有者が既に合理的な秘密保護措置を採っているもの(秘密保護措置)
上記3つの要件は、それぞれ、日本法の下での営業秘密の3要件である「非公知性」、「有用性」、「秘密管理性」に相当すると考えればイメージしやすいかと思われます。
但し、台湾では、①の「秘密性」要件(日本では「非公知性」要件)を満たすかどうかの認定は非常に複雑であるようです。台湾の裁判所は、企業内部における営業秘密を「商業的営業秘密」(例:販売価格、顧客リスト等)と、「技術的営業秘密」(例:方法、技術、製造工程等)の2つの類型に分類して捉えており、各類型によって「秘密性」の要求水準が異なるという分析もあります[2]。
(2)営業秘密の帰属
営業秘密法によれば、従業員が職務上研究又は開発した営業秘密は、契約に別段の定めがある場合を除き、使用者に帰属することとされています(法3条1項)。また、職務上研究又は開発したものでない営業秘密は、従業員に帰属しますが、その営業秘密が使用者の資源や経験を利用して得たものである場合には、使用者は合理的な報酬を支払った上でその営業秘密を事業に使用することができるとされています(法3条2項)。
一方、日本の制度を見てみますと、“職務上生じた発明”の帰属に関する規定はありますが(特許法35条)、“職務上生じた営業秘密”の帰属に関する明文規定はありません。日本では、従業員が職務上創出した営業秘密は、社内規定等により(又は慣行により)、使用者(会社)に帰属するものとして取り扱われる場合が多いかと思います。しかし、使用者と従業員の間で営業秘密の帰属をめぐって紛争になる可能性も無いとはいえませんので、この点を明文化している台湾の営業秘密法には学ぶところもあるように思われます。
(3)営業秘密侵害行為の類型
営業秘密法の下で、営業秘密侵害行為に該当する行為は以下のとおりです(法10条1項、2項)。このうち、①~③は不正取得を起点とする類型、④~⑤は正当取得を起点とする類型に分類することができます。
①不正な手段(窃取、詐欺、脅迫、賄賂、無断複製、秘密保持義務違反、他人を誘引して秘密保持義務に違反させる行為、又はその他類似の手段)により営業秘密を取得する行為。
②不正な手段により取得された営業秘密であることを知って、又は重大な過失によりそのことを知らないで、その営業秘密を取得し、使用又は漏洩する行為。
③営業秘密を取得した後に、それが不正な手段により取得されたものであることを知って、又は重大な過失によりそのことを知らないで、それを使用又は漏洩する行為。
④法律行為によって取得した営業秘密を、不正な手段で使用又は漏洩する行為。
⑤法令により営業秘密を守る義務がありながら、それを使用又は理由なく漏洩する行為。
(4)営業秘密侵害に対する民事救済
営業秘密が侵害された場合、被侵害者はその侵害の排除を請求することができ、侵害のおそれがある場合には予防を請求することができます(法11条1項)。併せて、侵害行為により作成された物又は専ら侵害行為をなすために使われた物について、廃棄その他必要な措置を請求することができます(法11条2項)。
侵害者に故意又は過失がある場合、被侵害者は損害賠償請求権を行使することができます(法12条1項)。営業秘密侵害による損害額の算定は困難であるため、①民法の一般規定に基づく算定方法、②通常予測できる利益から被侵害者が実際に得た利益を控除した金額を損害賠償額とする方法、③侵害者の得た利益を損害賠償額とする方法の3つの算定方法から選択することができます(法13条1項)。また、侵害行為が故意による場合、裁判所は被侵害者の請求により損害賠償額を3倍まで加重できるとされており、(法13条2項)、いわゆる懲罰的損害賠償が認められています。
(5)営業秘密侵害行為の刑事責任[3]
2013年の法改正により、営業秘密法上の営業秘密侵害行為に刑事罰が導入されました。これは、一般的な営業秘密侵害(一般営業秘密侵害)と、台湾域外での使用を意図した営業秘密侵害(域外営業秘密侵害)に分けられます。
一般営業秘密侵害は、自己又は第三者の不法な利益を図り、又は営業秘密保有者の利益を損なう目的で、以下のいずれかの行為を行った者について成立します(法13条の1第1項)。なお、未遂犯も処罰の対象です(同第2項)。
①窃取、横領、詐術、脅迫、無断複製又はその他の不正手段により営業秘密を取得し、又は取得後に使用又は漏洩した者。
②営業秘密保有者の許諾を得ずに又は許諾範囲を超えて営業秘密を複製、使用又は漏洩した者。
③営業秘密保有者から削除、廃棄するよう告知されたにもかかわらず、当該営業秘密を削除、廃棄しなかった又は隠蔽した者。
④上記①ないし③の状況があることを知りながら、営業秘密を取得、使用又は漏洩した者。
一般営業秘密侵害は親告罪であり(法13条の3第1項)、法定刑として、5年以下の有期懲役又は拘留、及びNTD(新台湾ドル)100万元以上1000万元以下(日本円で370万円以上3700万円以下[4])の罰金の併科が認められています。
次に、域外営業秘密侵害ですが、これは、一般営業秘密侵害の要件に加えて、「外国、中国、香港又はマカオ」(すなわち、台湾以外の地域)での使用を意図していた場合に成立します(法13条の2第1項)。この場合は非親告罪となることに加えて、法定刑も加重されており、1年以上10年以下の有期懲役及びNTD300万元以上5000万元以下(日本円で1110万円以上1億8500万円以下)の罰金の併科の対象となります。
このように、台湾では、中国大陸をはじめとする台湾域外への持出しを意図した営業秘密侵害が行われた場合、加重処罰の対象とされる仕組みになっています。
3.最近の営業秘密侵害事件
台湾では、従業員が競業他社に転職する際に、元勤務先の営業秘密の持ち出しを図る事案が多く発生しています。以下、営業秘密侵害に関する最近の事例を紹介します。
(1)懲罰的損害賠償が認められた事例(大立光電事件)
本件は、大手光学レンズメーカーである大立光電(以下「原告」)が、自社の営業秘密を侵害されたとして、ライバル企業の先進光電(以下「被告会社」)と原告の元従業員らを提訴した事件です。台湾知的財産裁判所は原告の主張を認め、被告会社と原告の元従業員らに対してNTD約15億2200万元(日本円で約56億3300万円)の損害賠償を命じる判決を下しました(智慧財産法院102年度民営訴字第6号、2017年12月6日判決)。
原告の主張によれば、原告に勤務していた4名のエンジニアがライバル企業である被告会社に転職する際、原告の研究開発に関わる営業秘密を持ち出して被告会社に漏洩していたということです。被告会社は原告の営業秘密を利用して製品の開発を行っただけでなく、実用新案登録出願を行ったため、営業秘密の一部は一般に公開されてしまいました。
裁判所は4年にわたる審理の末、原告は営業秘密の開発費用としてNTD6億元を支出していたことや、原告の市場占有率等からみて営業秘密には開発費用を超える価値があること等を認定しました。そして、故意による侵害であり情状も重大であるため、3倍まで(本件ではNTD18億元まで)の懲罰的損害賠償が適用できるとし(法13条2項)、原告が請求した賠償額の全額を認める判決を下しました。本件では非常に高額の賠償金が認められたため、業界全体に大きな衝撃を与えました。なお、被告会社は判決を不服として上訴しています。
(2)中国企業への漏洩の事例
半導体受託製造大手のTSMC社(台湾積体電路製造)では、同社の主力技術である「28ナノプロセス」に関する営業秘密が中国大陸に漏洩される事件が相次いで発生しました。
2017年11月には、TSMC社に勤務していたエンジニアが「28ナノプロセス」に関する営業秘密を不正に取得して中国・上海の半導体メーカーへの転職を図ったとして起訴され、営業秘密法侵害と背任の罪で懲役1年6か月、執行猶予4年の有罪判決を受けました。
また、2018年4月には、TSMC社の別のエンジニアが、中国・無錫の企業に転職するに当たり、離職前に「28ナノプロセス」の営業秘密に係るファイルを大量にコピーしていたとして、営業秘密侵害と背任の罪で起訴されました。この事件の判決はまだ出ていません。
TSMC社はこの事件を受けて「不当な方法による営業秘密の取得は絶対に容認しない。営業秘密の厳重な保護に努めていく。」とのコメントを発表しました。
(3)米国企業への漏洩の事例
半導体メーカーのメディアテック社(聯發科技)に勤務していた元エンジニアは、同社の新技術に関する秘密情報を競合先である米国企業に漏洩したとして、2018年4月に営業秘密法違反の罪で、労役50日(罰金NTD5万元への転換可)、執行猶予2年、公庫への支払NTD40万元(日本円で約148万円)の有罪判決を言い渡されました。
この元エンジニアは、米国企業への転職のチャンスをつかむため、メディアテック社の新技術やソースコード等を社外に持ち出し、米国企業の採用面接の際にこれらの資料を使用してプレゼンを行っていたということです。
裁判所は、元エンジニアが起訴事実を認めて深く反省の意を示したことや、自ら賠償金を用意して和解を試みようとしたがメディアテック社がこれに応じなかったこと等を考慮して、執行猶予付きの判決を言い渡しました。
4.結び
台湾では従業員の転職に伴う営業秘密の漏洩事件が後を絶たず、営業秘密の保護に関する社会全体の認識が高まっています。
2018年4月の新聞報道によれば、2013年の法改正以降、検察では57件の営業秘密に関する刑事事件を取り扱いましたが、そのうち起訴に至った案件は27件、判決に至った案件はわずか2件ということであり、営業秘密事件の立件の難しさが窺えます。現在、営業秘密法の改正案が審議中であり、刑事事件の取調べ段階において検察官等が秘密保持命令を発することのできる制度の新設等についても議論されているところです。
多くの日本企業が台湾で事業を展開する中、台湾の知財制度は日本企業にとって関心の高い分野だと思われますので、今後も動向を注視していきたいと思います。
以 上
[1] 営業秘密法全文の日本語訳は、日本台湾交流協会・台湾知的財産権情報サイト等に掲載されています。http://chizai.tw/legal.php
[2] 台湾経済部智慧財産局編『営業秘密保護実務マニュアル』(2013年12月)
[3] このほか、刑法317条(秘密漏洩罪)、刑法342条1項(背任罪)のように、刑法に基づく処罰の対象となる場合もあります。
[4] NTD1=3.7円(2018年5月22日現在)として計算。