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営業秘密メルマガコラム

2017.06.20

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第12回|「東北でよかった!?」~段ボール箱の中の“秘密”~

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第12回

「東北でよかった!?」~段ボール箱の中の“秘密”~

弁護士知財ネット東北地域会
弁護士 遠藤大介(岩手県)

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1 はじめに

「先生,段ボール箱に“マル秘”なんて書いたら,それこそ,箱ごと全部持ってかれちまうべぇ~」

先日,岩手県内のとある会合で,筆者が企業内の有益な情報について,営業秘密として保護されるための要件(営業秘密性等)について説明させて頂いたところ,非常に考えさせられる場面があった。
もちろん,筆者の説明の仕方が至らなかったことが,原因の多くを占めていることは間違いないが,それ以上に衝撃的だったのが,「営業秘密」の管理に対する法律家の考え方と,実際に現場で負担を強いられる地方の中小企業の経営者の方々の悩みとのギャップの大きさであった。

2 営業秘密(秘密情報)に対する考え方

もちろん,「営業秘密の漏えいを未然に防ぐ問題」と,「実際に営業秘密が漏えいした場合に法的に保護してもらう場合の問題」は,当然,場面が異なるものであるから,正確には,上記の発言は,話自体がかみ合っていないものであるが,そのこと以前の本質的な問題として,やはり,相談者や依頼者としては,「営業秘密が漏えいしたら」という話をする以前に,「営業秘密がどうすれば漏えいしないか」を教えてほしいのだと感じる場面が多いことも事実である。
東北地域に限らず,地方の中小企業では,家族経営の延長である会社が多く,狭い一室の中,最小限の社員でぎりぎりの経営をしている会社が多いため,営業秘密の管理に手間や労力を割く時間的・場所的・精神的な余力がないことに加えて,法務部がある会社もほとんどなく,契約書についても,ひな型をそのまま使用しているだけであるため,条項内容をきちんと理解できている人材自体が極めて少ない状況であるように思われる。
もちろん,法律家としては,法の要件がきちんと定められている以上(法や判例理論の要件を満たさなければ法的保護が受けられないことが明らかとなってしまっている以上),「営業秘密の管理を怠るべきではない」「研修等により,人材育成を強化すべきである」等と ,強く啓蒙しなければならない立場ではあるが,この「正論」こそが,地方の多くの中小企業を苦しめていることについても,発言を行う者としては自覚しなければならないと常に反省をしている次第である。
すなわち,紛争時に,営業秘密の特定を十分にするためには,「顧客名簿」であるならば,相当程度整理された「名簿」として作成し,特定できる状態にしておく必要があろうし,いわゆる「ノウハウ」についても,いかなる部分を営業秘密と考えているかを客観的に認識できる状態にしなければならないため,その判断を家族経営の延長で行っているすべての中小企業に徹底していただくことができるかということも非常に悩ましい問題である。
一方,「営業秘密の漏えいを未然に防ぐ問題」については,「実際に営業秘密が漏えいした場合に法的に保護してもらう場合の問題」よりも,より難しい判断を迫られる場面が多いようにも思われる。
例えば,社外の人間に対する場面であれば,秘密保持契約等の中で,開示対象とする営業秘密の範囲をどのように制限するかという問題が生じるし,社内の人間に対する場面であれば,アクセス制限などによって,営業秘密に接触できる人間を誰にするかを決定しなければならないという問題が生じてしまう。
特に,後者の社内での問題は,4~5人程で経営をしている地方の小規模の中小企業にとっては,「(経営者以外の)従業員が1人か2人しかいないのに,情報管理のためだけに手間暇はかけられない!」「一部屋しかないのに鍵をかけた記録庫なんて作れない!」「いちいち棚に鍵なんかかけたら,仕事が何も進まない!」等という悲鳴が上がりそうである。
また,「小規模の会社なのに,社員全員がアクセス可能な情報なら“営業秘密”にならないのか?」等という疑問が生じてしまう場面もあるように思われるし,逆に,過度に従業員が知り得る情報を制限してしまうことで,有用な情報の「利用」についても過度に制限されてしまうのであれば,それは,企業の経済活動として本当に正しい姿であるかはわからないという悩みがあることもまた事実である。
そうしたジレンマや管理能力の限界の問題を抱える中で,営業秘密の漏えいを回避するには,結局,すべての情報やノウハウは「社長の頭の中」に集約されることになり,個別の仕事に応じて,従業員に“口授”されていく形になるわけであるが,そのような状況下では,従業員が競合会社に転職して営業秘密漏えいの問題が生じた際に,きちんとした形で法的保護を受けられるかは非常に疑わしいものと思われる。
そこで,実際に営業秘密が漏えいした場合のことを考えて,「社長!!営業秘密については,せめて,段ボール箱に“マル秘”の記載をして,秘密にすべき資料の範囲を明確にしてください!!」とアドバイスすると,やはり冒頭の議論に舞い戻ってしまうのである。
もちろん,上記の問題については,伝えやすく極論を交えたものであるため,専門家の方々から見れば,様々なご意見やご批判があろうことは当然と思われるが,本稿が「研究論文」ではなく,「コラム」であるということでご容赦頂きたい。あくまでも,ここで筆者が述べたかったのは,法や制度に対する批判では一切なく,我々人間は,様々な時,場所,状況下,利害関係の中で社会生活や経済活動を営んでいる以上,どのような立場の人々を起点に物事を考えるかで,法や制度そのものの意味や価値が変わってしまう場面があり得るという問題意識であり,法や制度が人間が作った社会のルールである以上,すべての人々が納得する形の明確な“答え”がないことに対する一つの大きなもどかしさである。
しかし,他方で,明確な“答え”がわからない問題だからこそ,様々な立場の人々の抱える「悩み」や「苦しみ」を理解し,実際に肌で感じながら,それでも,よりよい社会を目指すべく,あきらめずに「考え続けること」や「発信し続けること」こそが,もしかすると,我々法律家にとって目指すべき,一つの“答え”なのかもしれないとも考える今日この頃である。

3 おわりに

先日,東日本大震災に関する,とある発言をきっかけに「東北でよかった!」とのSNSの発信が話題となっていたが,幸い,地域性や県民性かは不明であるが,現在の岩手県では,特段,表面的には「営業秘密」に関する大きな問題が生じているようには感じられず,筆者も岩手の雄大な自然(岩手山や八幡平等の観光地の紅葉)や,芸能文化(盛岡さんさ踊り),豊富な特産物(前沢牛などのブランド牛や,ウニ,ホヤ,カキ等の海産物は,岩手産が絶品である!)に囲まれて,充実した生活を過ごせていることは,これ以上にない「東北でよかった!」ことである。
しかし,東京や大阪などの大都市にて問題とされている事柄が,地方にやってくるまでには,少しばかりの時差があることを忘れてはならない。
今後,大都市を中心に発生した問題が,時期や形を変えて,地方にどのような形で押し寄せてくるのか,また,その時に,きちんと対応できる体力が地方の中小企業に残されているのか,今後いかなる問題を想定しながら備えなければならないのか,という課題からは,一法律家としては,決して目を逸らしてはならないのだと思う。
そのような中,どうしても事件数の少なさや経験という面においては,まだまだ大都市に後れを取ってしまう地域会であるが故に,筆者としては,弁護士知財ネットの方々との全国的なつながりは非常にありがたく感じている。現在,その中でも「ジャパンコンテンツ調査研究チーム」では,日本固有の文化・文物を対象とした様々な研究がなされており,全国の会員が参加をして様々な形で勉強会を行っていることに加え,昨年からは,「知財ネット農水法務支援チーム」も新たに発足する等,全国的なネットワークで様々な活動を行っている状態であるため,興味のある方は,そちらの活動についても是非注目して頂きたいと思う。
最後になるが,今回のコラムの作成にあたっても,これまでの連載で著名な先生方が名前を連ねる中,筆者のような地方の会員に話を頂けたのも,極めて光栄なことであると感謝の念に堪えないものであり,今後も,岩手県を含む東北地方を,さりげなく随所にPRさせて頂きながら,問題意識を共有させて頂きたいと考えている。

以上

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