tradesecret-mailmagazine-column

営業秘密メルマガコラム

2017.07.18

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第13回|営業秘密を守るために、競業避止義務の活用は有効か?

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第13回

営業秘密を守るために、競業避止義務の活用は有効か?

弁護士知財ネット 四国地域会
弁護士 古澤康治

PDF版ダウンロード:[営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム] 第13回 営業秘密を守るために、競業避止義務の活用は有効か?

1 はじめに

「退職した社員や下請業者がうちの顧客情報等の営業秘密を持ち出しているんじゃないか?」「それを阻止できる方法がないか」といった営業秘密の相談を受けます。
一番の手立てとしては営業秘密を守るための管理体制を構築し、社員等に「これは営業秘密である、これは持ち出してはならないものである」と周知させて持ち出させないことですが、「自分の本業で手いっぱいなのにそこまで厳格に管理体制を構築するのはちょっと……」「アクセス制限などをかけすぎると通常業務では不便」との声があがります。
確かに規模の大きくない事業者さんであれば、秘密管理体制を構築するのは大変です(契約書等全くなしで取引を行っているケースもよく見聞きします)。その上、秘密管理体制を構築したとしても実際に不正競争防止法上の「営業秘密」に該当すると判断されるか不明確ですし、立証の手間もかかります。
そこで、もう一つの手立てとして考えられるのが「雇用者や委託業者との契約条件の中でなんとか営業秘密を保護できないか?」ということです。その際に考えられるのが<守秘義務条項><競業避止>を取り入れることですが、特に<競業避止>は契約条件に取り入れる上でメリットとともに数々の問題点もあり、扱いの難しいものです。そこで今回は、「営業秘密を守るために、競業避止義務の活用は有効か?」について、裁判例(筆者が興味をもった裁判例)とともに検討したいと思います。

2(1) 不正競争防止法上の「営業秘密」による保護と競業避止義務

不正競争防止法上の保護は、不法行為的な保護(差止め請求も認められる)であり、刑事罰による担保もなされている。
一方で、競業避止義務を課す特約は、契約上による保護といえる。同特約は、範囲を限定的に解釈される可能性や特約自体を無効とされる可能性はあるが、立証等の観点からは、有益なものと思料される。

(2) 営業秘密を守るための競業避止契約のメリットと問題点

ア 競業をしていることは、営業秘密を使用・開示していることに比べ、立証が容易であることが多い[1]

イ 一方で、競業避止義務は、競業自体を制約する義務であり、職業選択の自由に対する制約が大きい。例えば、守秘義務条項は、秘密の使用・開示の禁止という一点において職業活動の自由を制限する規定であり、競業自体を制約するものではないのに対して、競業避止義務は、競業自体を直接的に制約する。したがって、競業避止義務は、規制として過剰な規制となりやすい[2]。その結果、競業避止条項が限定解釈され、あるいは、公序良俗違反として無効となり得る。
例えば、退職者に対して競業避止義務を課す場合には、①特約で保護するに値する利益が存在するか、②使用者の正当な利益の保護の必要性に照らして、労働者の職業選択の自由を制限する程度が、職業制限の期間、場所的範囲、制限対象となっている職種の範囲、代償措置等からみて、必要かつ相当な限度のものであるか、を検討する必要がある[3]

(3) 裁判例(東京地判平成20年11月26日判タ1293号285頁)

同裁判例は、退職した従業員に対する競業避止義務について判示したものである(下線は筆者が加えた)。なお、同裁判例においては、不正競争防止法上の「営業秘密」の該当性、秘密保持義務の範囲についても判示されている。

ア 規範
退職後の競業避止に関する合意は、従業員の就職及び職業活動それ自体を直接的に制約するものであり、既に検討した秘密保持義務と比較しても、退職した従業員の有する職業選択の自由に対して極めて大きな制約を及ぼすものであるといわざるを得ない。そのため、上記の合意によって課される従業員の競業避止義務の範囲については、競業行為を制約することの合理性を基礎づけ得る必要最小限度の内容に限定して効力を認めるのが相当である。そして、その内容の確定に当たっては、従業員の就業中の地位及び業務内容、使用者が保有している技術上及び営業上の情報の性質、競業が禁止される期間の長短、使用者の従業員に対する処遇や代償の程度等の諸事情が考慮されるべきであり、特に、転職後の業務が従前の使用者の保有している特有の技術上又は営業上の重要な情報等を用いることによって行われているか否かという点を重視すべきであるといえる。

イ 原告の業務と競合し得る部分は、レコードの通信販売業務であるところ、同被告は、その種の業務を行うに際して、原告就業中の日常業務から得た一般的な知識、経験、技能や、その業務を通じて有するようになった仕入先担当者との面識などを利用し得たにすぎないものと考えられ、本件全証拠によっても、被告Aが原告の保有している特有の技術上又は営業上の重要な情報等を用いてM社の業務を行っていると認めることはできない
本件仕入先情報は、営業秘密として管理されているとはいえないから、不正競争防止法上の「営業秘密」に該当せず、かつ、本件各秘密保持合意の対象ともならない情報である上、その内容自体は、具体的に特定されておらず、これを利用することにより、仕入業務等において、原告に対して優位に立てるというものでもなく、また、同情報は、インターネットや商品における表示等から認識し得るものであって、被告Aとしては、原告における業務を通じて知った仕入先の名称から、インターネットを通じて検索し、仕入先に接触することが可能なのであるから、原告特有の技術上又は営業上の重要な情報等ということはできず、原告の主張する上記事情は、競業行為を制約することの合理性を基礎づけ得るものとはいえない。
被告Aが、原告在職中に、その業務の中枢に関わる重要な地位に就いていたともいえず、携わっていた業務の内容も、商品の仕入、販売等に関する業務を自ら行うほか、アルバイトの取りまとめ等を行う程度のものであって、単独で責任を負うような立場にもなかったこと、本件競業避止合意に基づいて退職後の競業避止義務を負うことについて、何らの代償措置も講じられていなかったことなどの事情も併せ検討すれば、同義務を負う期間が2年間とさほど長くないことを考慮しても、被告AがM社において実施している業務の内容は、本件競業避止合意の対象に含まれるとは認められない。

3 最近の裁判例(東京地判平成29年1月26日平成27年(ワ)第16719号裁判所ウェブサイト)

同裁判例は、会社と個人事業主の間の競業避止義務について判示したものである(下線は筆者が加えた)。他に不正競争防止法に基づく差し止めについても判示している。

(1) 事案の概要

ア 原告は、ソフトウェア開発を業とする会社であり、被告は個人事業主として(争いあり)原告と基本契約等を締結して原告の業務を行っていた。

イ 原告と被告との間の基本契約には、
①被告が原告の依頼を受けて発注書に定める仕様の成果物を所定の期限までに原告に提出するという業務を行い、これに対して原告が報酬その他の委託料を支払う。
②本件基本契約は、有効期限を定めず、原告及び被告の同意があった場合にのみ解除される。
被告は、契約期間中及び契約の終了後12か月間、原告の承諾なく原告の業務内容(発注書の規定に従い原告の企画に基づき原告及び被告が協議して決定する仕様に基づく開発又はこれに類似する開発等に限る。)と同種の行為を自ら又は第三者をして行ってはならない。(以下「本件競業避止条項」という。)
   旨の内容が存在した。

ウ  被告は、平成25年12月29日当時、本件案件に従事するよう原告から依頼されていた。
被告は、同日未明ないし早朝に原告の事務所に赴き、原告の機密情報であるA社の案件に係るデータ(以下「本件開発データ」という。)、その他のデータを原告所有のUSBメモリに複製し、これを同事務所から自宅に持ち出した。
さらに、原告が管理する被告の連絡先情報を削除した上、業務の引継ぎをせず、かつ、被告の連絡先を明らかにすることなく失踪した。

エ 被告は、平成26年4月1日にA社とOEM関係にあった他の会社(以下「B社」という。)に就職し、プログラマーとしてスロットの開発業務に従事していた。

オ 原告は、平成26年11月、被告を債務者として不正競争行為等の差止めの仮処分命令を申し立てた。
平成27年2月5日、原告及び被告の間には、同事件において、被告が、①パチンコ・スロット用ソフトウェアを開発するに当たり、本件開発データその他の情報を使用し又は第三者に使用させない旨、②上記情報が記録された電子媒体及び紙媒体を直ちに読み取り及び復元することができない状態にして廃棄する旨の各定め(以下「本件和解条項」と総称する。)を含む和解が成立した。

(2) 競業避止契約についての判断

ア 本件競業避止条項は、本件基本契約期間中及びその終了後12か月間、原告の業務内容と同種の行為を被告が行うことを禁じるものである。そして、上記事実関係によれば、原告と被告は継続的に被告が原告の業務を行う関係にあり、本件基本契約上、被告は原告の営業秘密を扱ってソフトウェアの開発を行う立場にあるから、原告においては、被告がこうした営業秘密その他原告の業務を通じて得た知識を用いることにより原告に不利益が生じることを防止する必要性があると解される。
そうすると、原告が被告に対し、原告の業務を行う期間中及び終了後一定期間につき本件機密保持契約上の義務に加え、被告が原告以外のために同種の業務を行うことを禁止する旨の約定をすることは不合理でないということができる。
一方、本件競業避止条項により、被告は営業の自由、職業選択の自由を制限されることになり、しかも、本件基本契約は期間が定められず、双方の同意があった場合にのみ解除されるとされるので、本件競業避止条項を文言どおり解した場合には事実上無期限に競業避止義務を負うことになりかねない。
したがって、被告が競業を禁止される期間は、原告における上記必要性の程度に応じ合理的な範囲に限られると解するのが相当である。

イ 本件基本契約においては発注書によって具体的な成果物及び期間を指定して業務を発注することが予定されており、競業避止の範囲も発注書の規定により画されていること、業務の完了から期間が経過するに従い被告が前記知識を用いることによる原告の不利益が減少すると解されることに照らすと、被告が原告の発注による業務に従事している期間及び更なる発注が見込まれる期間は上記の必要性が存続するということができる。
一方、これが見込まれなくなったときは上記の必要性は失われると考えられる。そして、被告が本件案件等の業務を平成25年12月29日以降行っていない上、平成26年1月に原告事務所のカードキーを原告側に返却したこと、原告が同年11月に被告に対して仮処分命令の申立てをしたことを勘案すると、遅くとも原告が本件訴訟を提起した平成27年6月には上記の必要性が失われたとみるべきである。
そうすると、本件競業避止条項は、現時点において、被告の自由を過度に制限するものとして、公序良俗に反し無効であると解するのが相当である。

4 おわりに

「営業秘密を守るために、競業避止の活用は有効か?」について、結論としては、一定の範囲で法律上も活用も有効といえると思います。
まずは、「従業員、委託業者等への営業秘密の周知・管理体制の構築」で営業秘密の漏洩を事前に防ぐことが肝要だと思いますが、漏洩を完全に防ぐことは出来ませんので、事前の予防と併せて競業避止義務を締結しておくのは有益と思います。

 

[1] 平成27年改正不正競争防止法では営業秘密の不正利用について立証責任の軽減が図られている。

[2] 土田道夫「競業避止義務と守秘義務の関係について‐労働法と知的財産法の交錯」中嶋士元也先生還暦記念論集『労働関係法の現代的展開』(信山社出版、2004年)205頁、206頁参照

[3] 小畑史子「営業秘密の保護と労働者の職業選択の自由」ジュリスト1469号(有斐閣、2014年)62頁・63頁参照

お知らせ一覧