営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第43回
【どのように営業秘密を管理すればよいのか。】
弁護士知財ネット
弁護士・弁理士 西脇 怜史
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1 はじめに
経営者として、自社の技術情報や顧客情報を他者に利用された挙句、管理が不十分であったために、裁判において、「営業秘密ではない」と判断されたら、困りますね。
企業においてはどのように営業秘密を管理すればよいのでしょうか。
経済産業省は「営業秘密管理指針」を作成、周知しております。
裁判において、当事者は「営業秘密管理指針」に沿って主張立証をすることもあり(アルファクラブ事件[i]参照)、また、裁判所も「営業秘密管理指針」を参考に判断しております(ベネッセ事件[ii]参照)。
そうすると、「営業秘密管理指針」に記載の管理方法を理解した上で、自社に合った管理方法を模索することになろうかと存じます。
ところで、2020年1月現在の知的財産高等裁判所所長の髙部眞規子裁判官は、「実際の裁判例は、色々な事情を総合的に判断しているのであるから、例えば、社外秘表示があったかなかったかといった、個々の要素だけを単独で取り出して、これがあったのに秘密管理性を否定したとか、あるいは社外秘の表示がなくても秘密管理性を肯定したというように、総合考慮の1要素のみを単独で取り出して批判しても、あまり意味はないのではなかろうか。」と述べられる一方で、「予測可能性の点は、裁判例、特に上級審の判断事例の集積によって解決されるべきものと考えられる。」と述べております(知的財産法政策学研究第47号63頁)。
今回のコラムでは、営業秘密管理指針が大幅に改定された平成27(2015)年以降の上級審の判例のうち、不正競争防止法2条6項の「営業秘密」の3要件(秘密管理性、有用性、非公知性)の「秘密管理性」の要件について判断した判決をいくつかピックアップして紹介し、また、営業秘密管理指針にも必要に応じて言及し、結局、どこまで管理すれば営業秘密は保護されるの?という答えに迫っていきます。
2 裁判例
(1) 秘密管理措置の形骸化に言及した判例
ア エスティーネットワーク事件[iii]
裁判所は、①就業規則において従業員に秘密保持義務を課していたこと、②情報セキュリティ管理の国際規格の要求事項に適合すると認証され,従業員にも情報セキュリティ教育を行っていたこと、③本件情報は、資産台帳上「秘密」に区分され、社内ファイルサーバ内のアクセス制限があるフォルダに保管されていたこと等を考慮し、
仮に、アクセス権限のない従業員がアクセス可能な従業員からデータをプリントアウトしてもらうといった運用が、業務上の必要に応じて行われることがあったとしても、これをもって秘密管理措置が形骸化されたとはいえないとして、本件情報の秘密管理性を肯定しました。
イ アルファクラブ事件(前掲)
本件は、エスティーネットワーク事件と異なり、秘密管理性が否定された事案です。
裁判所は、①会員情報の具体的内容が定かでない上に,資料原本を厳重に管理していたことを認めるに足りる的確な証拠はなく、また、②会員獲得等の営業活動の便宜のため,上記資料原本に記載された会員情報について,個々の担当者がノートに転記し,あるいは,互助会契約の申込書の写しを保管することを許容していたこと、③控訴人が,これらノート類について,いかなる管理措置を講じていたかは不明であること、さらに、④控訴人の業務において,個々の担当者が,日常的に顧客の情報を管理保管する具体的な必要性があったか疑問であることや、⑤被控訴人の退職時に,上記ノートの回収や廃棄を命じたとも認め難いことから、会員情報の秘密管理性を否定しました。
なお、控訴人は、営業秘密管理指針を援用し、秘密管理性は満たされているはずであると主張しました。
裁判所は、控訴人と被控訴人との間の試用期間雇用契約書,雇用契約書,マネージャー業務委託契約書及び業務委託契約書においては,会員情報の守秘義務が定められていたし、また,控訴人は,一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)からプライバシーマークの付与を受け,役職員を対象とした研修を実施しており,被控訴人も,「個人情報保護ハンドブック」をテキストとして使用した研修を受講し,個人情報保護理解度確認テストを受け,個人情報の利用目的に明示的な同意が必要であることや個人情報ファイルの施錠保管に関する質問に正解していることが認められるとしつつも、そもそも会員情報の具体的内容が定かでない上に,控訴人は,個々の担当者が会員情報を記載したノートを作成して保管することを日常的に許容し,これに対しては特段の秘密管理措置を講じていなかったのであるから,仮に,資料原本が控訴人の主張する態様で管理されていたとしても,当該措置は実効性を失い,形骸化していたといわざるを得ず,もはや秘密管理性は認められないと判断しております。
ウ 小括
運用や業務の効率化を無視した秘密管理措置の徹底は、現実的には難しいと考えられますし、他方で、秘密管理措置を講じた後も、そのままにしておけば、形骸化してしまう可能性があります。
上記裁判例からは、客観的に秘密として管理されていることが認識可能な一定程度の措置を行っていれば、裁判所において、秘密管理措置の形骸化は認められず、秘密管理性が認められることはご理解いただけたと存じます。
一定程度の措置として認められるためには、例えば、「秘密」として区分し、社内ファイルサーバ内のアクセス制限があるフォルダに保管する等の態様により、従業員が、秘密とされている情報が何かを明確に認識できるようにすること(エスティーネットワーク事件参照)、業務上必要がないのであれば資料原本のみで管理すべきであるが、別の媒体でも管理する必要性があるのであれば、その別の媒体についても保有者の秘密管理意思を秘密管理措置によって明らかにする(アルファクラブ事件参照)といった態様が適切であると考えられます。
なお、就業規則や従業員に対する教育・研修だけでは、個別具体的な情報に対する秘密の意思表示がなされているとはいえず、形骸化を避けるための秘密管理措置としては不十分であると考えられるのでご留意ください(後述のリリーラッシュ事件も参照)。
また、秘密管理措置の形骸化の例として「職務上知りえた情報全て」「事務所内の資料全て」と、秘密表示等をしているにも拘わらず、情報の内容から当然に一般情報であると従業員が認識する情報が著しく多く含まれる場合が営業秘密管理指針に挙げられておりますので、この点もご留意ください(営業秘密管理指針(平成31年1月23日改訂版)8頁参照)。
(2)㊙表示に言及した判例について
ア リリーラッシュ事件[iv]
裁判所は、①就業規則・誓約書は包括規定であり、非常に広範で抽象的な文言であること、②また、顧客カルテは従業員であれば誰でも閲覧可能であり、施錠等の措置はなされていないこと(なお、防犯カメラはあり。)、③顧客カルテ内の施術履歴用紙に㊙マーク付されていたか不明であること(なお、顧客カルテが入っているファイルの背表紙には付されていた。)、④顧客カルテを撮影し、その画像を私用のスマホのLINEを用いて従業員間で共有することが日常的に行われていた等の事実から、施術履歴情報の秘密管理性は否定しました。
イ 小括
この裁判例からは、企業が営業秘密を管理するにあたっては、営業秘密となる情報になるべく近い位置に㊙表示を付すべきことがポイントと考えられます。
また、本件では、現実の運用による形骸化も考えられるところであり、LINEで共有すべき必要性はあったのか、あるとすれば、LINEにおける情報の取り扱い方もきちんと検討すべきであったと考えられます(前掲アルファクラブ事件も参照)。
営業秘密管理指針(平成31年1月23日改訂版)10,11頁には紙媒体、電子媒体に関する㊙表示の付し方を含め、秘密管理性を満たす管理方法について言及されているので参考にしていただければと存じます。
(3)複数の法人間で同一の情報を保有することについて言及した判例について
ア 日本クリーンシステム事件[v]
裁判所は、控訴人内部については、本件技術情報を電子データ及び紙媒体で保管し、アクセスできる者を18名及び役員等に限定し、また、就業規則に秘密保持義務があり、秘密保持の誓約書を受領していたこと、従業員が重要な技術情報と認識できたことを認めました。
しかしながら、対外注先との関係では、秘密保持契約を締結していない方が多く、唯一の代理店に対してすら、長年にわたり、本件技術情報の一部を含む技術情報を交付しながら、秘密保持契約締結せず、交付した情報の取扱や用済み後の回収について要請をしていなかったこと、秘密として管理されるべきであると表明した形跡がなかったことを考慮し、本件技術情報の秘密管理性を否定しました。
イ 小括
この裁判例からは、自社における秘密管理措置だけでは不十分であり、取引先との関係でも秘密管理措置を施すことが必要であることが明らかになりました。
営業秘密管理指針(平成31年1月23日改訂版)16頁には、複数の法人間で同一の情報を保有することについて言及されております。
より具体的には、法人Fが法人Eの営業秘密を、NDAを結ばずに取得・共有している場合に、法人Eにおける従業員との関係での秘密管理性には影響しないが、「特段の事情がないにも拘わらず、何らの秘密管理意思の明示なく法人Eの営業秘密を法人Fに取得・共有させた」という状況を、法人Eの従業員が認識している場合、法人Eの従業員の認識可能性が揺らぎ、法人Eにおける秘密管理性が否定されることがありうることを指摘しております。
3 結び
営業秘密について不正競争防止法上保護されるためにどの程度まで管理すればよいのかという質問に端的に答えるのであれば、秘密として管理したい情報に触れる人に対し、その情報が秘密であると客観的にわかるように管理すべきです。
ここに挙げた「営業秘密管理指針」だけでなく、「秘密情報の保護のハンドブックのてびき」や「営業秘密の保護・活用について」(いずれも、経済産業省 経済産業政策局 知的財産政策室作成)もとても参考になります。
さらに、今回ご紹介したように、最近の主に上級審判例を考慮し、営業秘密管理措置が形骸化しないように、管理方法を適宜アップデートしていっていただければと存じます。
自社で情報や判例のウォッチングが難しい場合には、顧問弁護士にあらかじめ話をし、適宜情報提供してもらうことも一考に値するかと存じます。
私に限らず、弁護士知財ネットには営業秘密の管理に明るい先生は多数おります。
お気軽にお問い合わせいただければありがたいです。
以上
[i] 知財高判平成28年12月21日平成28年(ネ)第10079号 損害賠償等請求控訴事件
[ii] 東京高判平成29年3月21日平成28年(う)第974号 不正競争防止法違反被告事件
[iii] 知財高判平成30年3月26日平成29年(ネ)第10007号 不正競争行為差止等請求控訴事件
[iv] 知財高判令和元年8月7日平成31年(ネ)第10016号 競業差止請求控訴事件
[v] 大阪高判平成31年2月14日平成30年(ネ)第960号 不正競争行為差止等、損害賠償等請求控訴事件