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営業秘密メルマガコラム

2024.01.16

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第71回|福井県内企業における営業秘密保護の現状と取り組み

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第71回

福井県内企業における営業秘密保護の現状と取り組み

弁護士知財ネット
弁護士 網谷 威

PDF版ダウンロード:[営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム] 第71回福井県内企業における営業秘密保護の現状と取り組み

 

第1 はじめに

福井県内企業における営業秘密保護の意識は高くなく、なんら取り組みをしていない企業が多いのが実情です。福井県内企業の実情と企業の取り組みについてご紹介いたします。

 

第2 福井県発明協会及び福井県の取り組み

まず、福井県発明協会及び福井県の取り組み等を紹介します。

1 福井県発明協会及び福井県の行っている施策

福井県が行っている知的財産関係の施策は以下の内容です。

  • 県内企業向けに知的財産セミナー(初学者向け)を実施
  • 近畿経済産業局と連携し、開放特許活用・知的財産に関するセミナー(中級以上)
  • 企業支援機関(県、発明協会、商工会議所等)の知的財産担当者が、年に2~3回集合し、知的財産担当者連絡会議を実施

福井県発明協会は、INPITからの委託事業である知財総合支援窓口運営業務を実施しており、知財支援アドバイザーや知財専門家(弁理士・弁護士)による相談対応などを行っています。

2 福井県発明協会及び福井県の持つ情報

福井県発明協会や福井県によると、会員企業や県内企業から営業秘密保護に関するアンケートやデータ収集などは行っていないとのことでした。したがって、福井県発明協会や福井県として県内企業全体が営業秘密についてどのような取り組みを行い、どのような問題意識を持っているかなどの情報はもっていませんでした。

このような状況もあり、福井県内企業の取り組みを調査するにあたっては、当職から直接、複数の企業にインタビューすることにしました。また、インタビュー先の企業は上場企業ではなく中小企業に限定しました。もっとも、当職単独での調査であるとともに、能登地震による企業活動への影響もあったため、インタビュー企業の数は想定したものよりも少なくなってしまいました。したがって、本コラムの内容は限られた数の企業からの回答に基づくものであることを予め承知いただきたいと思います。

 

第3 インタビューからうかがえる福井県内企業の営業秘密保護への意識

当職がインタビューをする限り、営業秘密保護に関する企業の意識は決して高くなく、何ら取り組みをしていない企業が相当数に上りました。当職がインタビューした企業の大半は、経産省が公表している営業秘密管理指針や秘密情報の保護ハンドブック(この2つを合わせて「営業秘密管理指針等」といいます)の存在すら知りませんでした。営業秘密管理指針等の存在を知っている企業も、その内容の詳細までは把握していませんでした。

 

第4 福井県内企業の取り組みの紹介

なんら営業秘密保護の取り組みをしていない企業が多数でしたが、取り組みをしている企業がなかったわけではありません。これらの企業は、大手企業と取引するため、取引先のプレスリリース前に自社からの情報漏洩を防ぐため、自社技術やノウハウ・顧客情報の流出を防ぐため、プライバシーマーク取得のため、といった理由から、営業秘密管理指針等を参考にせず、独自のやり方で営業秘密保護の取り組みを実践していました。

結果的に、その実践内容は営業秘密管理指針等に沿うものであったり、不競法上の営業秘密の要件を満たすようなものもありました。

これらの企業の取り組みは、中小零細企業を顧問先に抱える弁護士の方々の参考にもなると考えられるため、その実践内容を以下に紹介したいと思います。

1 秘密として保護する情報の対象

営業秘密保護に取り組む企業が、秘密として取り扱っている情報は以下のようなものでした。

(1) 販売価格、取引条件、取引先名称などの顧客情報

(2) 材料、原価及び仕入先名称などの仕入先情報

(3) 自社で使用している機械の設計情報、機械の製造に必要な部品に関する情報(部品の種類、取引先、取引条件など)

(4) 技術情報・ノウハウ

(5) 財務情報(公告されているものを除く)

(6) 従業員の氏名・住所・家族構成、給与額などの個人情報及び人事評価の内容

2 情報の管理方法

(1) 情報へのアクセス制限

  • 情報にアクセスできる人間を役職者や部署ごとに設定。
    • 一定の職位以上の人間でなければアクセスできない情報を設定する。一従業員が使用するパソコンからは検索機能を使っても検索結果から表示されないようにする。
    • 一定の職位にいる者のみ使用するパスワードを設定し、そのパスワードでなければファイルやフォルダを開けられないようにする。
    • 部署ごとにアクセスできる情報を設定する。各部署のファイルやフォルダに各部署ごとにパスワードを設定して、別の部署の従業員は見れないようにする。
  • 各従業員が使用するパソコン及び携帯電話のパスワードを当該従業員と特定の部署及び役職者のみが分かるようにして、それ以外の従業員は分からないようにする。さらに、MDM(モバイルデバイス管理)を利用して、インストールできるアプリを制限したり、パソコンや携帯電話を紛失したときに、遠隔操作で、二重ロックをかけたり、中の情報をすべて消去できるようにする。
  • 重要情報はスタンドアロンのパソコンに保存し、外部からアクセスできないようにする。
  • 従業員個人の携帯電話は必ずロッカーに入れさせ、職場内に持ち込まないようにする。個人の携帯電話で情報を写真にとり、当該情報が個人の携帯電話から漏洩するリスクを失くす。
  • 契約書類などの重要書類、情報のバックアップがあるハードディスク及び高価品は保管場所を決めて、当該部屋の鍵の保管場所やICカードのパスワードは、一定の職位以上の人間しかわからないようにする。
  • USBは会社が貸与するもののみ使用し、個人のUSBは使用させない。USBの貸与の際には従業員に届出(使用するUSBナンバー、利用目的を記載させる)を提出させ、USBはその日のうちに必ず返却させる。

(2) 誓約書の提出及び秘密保持契約などを締結

  • 取引する業者とは秘密保持契約を締結する。
  • 従業員から入社時、退社時や一定の役職に就いた時点で秘密保持に関する誓約書を提出してもらう。このとき秘密情報の内容を特定する。
  • 就業規則に秘密保持に関する規定を記載し、これとは別に情報セキュリティ規程を作成する。

(3) 従業員への啓発活動

  • 不審なメールの情報や外部からの攻撃があった際に、セキュリティ担当者が従業員に朝礼や社内メールなどで周知。
  • セキュリティ担当者が会社に送られてくるメールをチェックし、チェックが通ったメールのみ従業員のパソコンに届くようにする。
  • 顧客や従業員同士でデータのやりとりをする際には、自社のクラウドを経由して送信し、無料ソフトやメール便などは使用させない。
  • 従業員に情報管理に関する研修を行う。

(4) 従業員や部外者の会社や部署への自由な出入りの制限

  • 従業員用玄関は通勤退勤時間帯以外は自動でロックされるように設定し、出入りが自由にできないようにする。自動ロックのかかった時間帯に会社に入る場合には外から中にいる従業員に連絡して鍵を開けてもらう。出退勤時間外に出入りした従業員や部外者が何者か、内部の人間が目を通せるようにする。
  • 施設見学、工場見学、職場体験などを行うにしても、使用する施設や見学ルートを限定・明確にする。
  • 打ち合わせや会議は、必ず、会議室を用いて、部外者だけでなく異なる部署の者も別の部署に入れないようにする。

(5) 秘密情報であることの視認性を高める行為

  • 重要書類・重要データ・USB自体に「マル秘」や「confidential」の文字を付ける。

 

以上より、営業秘密管理指針などを参考にすることなく、企業の工夫で営業秘密保護を実践している企業はありました。

これらの企業は、サブスクのクラウドや業務管理ツール(LINEWORKS、Google有料版、Dropbox、NICollabo、IMAGEWORKSなど)を利用していました。これらのツールでもアクセス制限などが可能であり、比較的安価で営業秘密管理体制を構築することが可能になっています。パソコンや携帯電話を遠隔操作、一元管理できるMDMも決して高額ではありません。コストを理由に営業秘密管理体制ができないということは決してなく、これらのツールを駆使して中小零細企業も営業秘密の構築を行ってほしいところです。

また、今回の能登地震によってクラウドの重要性を再認識した企業もありました。ハードディスクで営業秘密管理をしている場合、地震によって当該ハードディスクが壊れてしまえば、営業秘密が消滅するという事態になりかねません。ところが、クラウド上に営業秘密を管理している場合には、地震によるハードディスクの損壊というものを気にする必要がなく、営業秘密の消滅という事態は免れることができます。クラウドによるデータ管理はBCP対策にもつながっています。もちろんクラウド管理においては、クラウド提供元のセキュリティや自社におけるウイルス対策が不可欠であり、クラウド提供事業者の選定とウイルス対策ソフトの導入には力を入れるべきでしょう。

 

第5 まとめ

以上より、福井県内の営業秘密保護を実践している企業の取り組みについて紹介しましたが、前述したとおり、なんら取り組みを行っていない企業の方が多かったのは事実です。また、取り組みを行っている企業も営業秘密管理指針等の内容を知りませんでした。したがって、福井県内の企業は、全体的に見れば営業秘密保護への意識が低いと言わざるを得ません。もっとも、これは福井県に限った問題ではなく、地方では似たような状況にあるのではないかと思われます。

我々実務家は、営業秘密管理指針等の周知だけではなく、不競法上の営業秘密に該当すれば同法の救済を得られること、クラウドや業務管理ツールを用いることでコストを抑えたうえで営業秘密管理体制を構築できることなどを中小零細企業に情報提供し、彼らの営業秘密保護への意識を高めていくべきと考えます。

 

以上

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