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営業秘密メルマガコラム

2024.10.15

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第75回

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第75回

 

弁護士知財ネット
弁護士 土田悠太

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第1 はじめに

本稿では、名古屋高判令和3.4.13令和2(う)162[日本ペイント刑事事件]について紹介し、簡単に検討する。

 

第2 事案の概要

1.被告人は、平成23年4月から平成25年3月15日までの間、塗料の製造、販売等を目的とするa社の子会社であり塗料の製造等を目的とするb社に汎用技術部部長等として勤務し、a社から、同社及びその子会社内で共有されたコンピュータ・ネットワークのデータベース(以下「Xシステム」)内に電磁的記録として保管されたa社の営業秘密を閲覧等する権限を付与されるなどして、同社が保有する営業秘密を示されていた。

2.被告人は、平成25年1月頃、不正の利益を得る目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背いて、Xシステム内に電磁的記録として保管されていたa社の営業秘密である塗料「Y」及び「Z」の原料及び配合量(以下「本件情報」。なお、本件情報は、商品設計書に記載されていた。)について作成した同一内容の電磁的記録(以下、Yに関するものを「完成配合表①」、Zに関するものを「完全配合表②」)を、b社内において、被告人所有のUSB(本件USB)内に保存し、複製を作成する方法により本件情報を領得した。

3.その後、被告人は、不正の利益を得る目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背いて、同年4月頃、c社内において、a社と競合関係にある同社従業員2名に対し、上記領得に係る営業秘密を用いて作成されたYの製造情報に関する書面(以下「推奨配合表①」)を手渡し、同年8月2日、d社の従業員に対し、上記領得に係る営業秘密を用いて作成されたZの製造情報に関する電磁的記録(以下「推奨配合表②」)を添付した電子メールを送信し、よって開示した。

4.原判決[i]は、完全配合表①及び②を本件USBに保存し複製を作成したことにつき不正競争防止法(平成27年法律第54号による改正前のもの。以下「法」)21条1項3号ロの罪を、また、推奨配合表①・②の開示行為につき同項4号の罪の成立を認めた。これに対して、弁護人は、本件情報の営業秘密該当性等についての事実誤認と法2条6項に定める非公知性及び有用性についての法令の解釈適用の誤りがあるとして、控訴した。

 

第3 判決の要旨

控訴棄却。原判決の認定・判断を是認した上で、秘密管理性、非公知性、有用性については以下のように判示した。

 

1.秘密管理性

「秘密管理性が営業秘密の要件とされている趣旨は、保有者において秘密として管理しようとする情報の範囲を従業員等に対して明確化することにより、従業員等の予見可能性、ひいては、経済活動の安定性を確保することにあるところ、顧客名簿のように集合体となった情報が秘密として管理されている場合、個々の顧客情報の収集に当たった従業員にとって、名簿を構成する顧客情報の相当部分は自ら収集し、日常的にアクセスしている情報であることからすれば、そうした従業員による営業秘密の侵害が問題となる事案において、情報の集積結果である顧客名簿等のみならず個々又は一部の顧客情報についても営業秘密であると認めるためには、どのような顧客情報を秘密情報とするかという事業者の秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員に明確に示され、その認識可能性が確保される必要があるといえる。これに対して、本件のような技術情報に係る営業秘密は、直接開発に従事した従業員はもとより、そのような情報へのアクセスを許可された従業員も、事業者が当該情報を秘密として管理し外部への漏えいを禁じる意思や利益を有していることやその範囲を容易に認識し得るといえることからすれば、顧客情報等のようにどのような情報を秘密情報とするかを明確にする管理措置を問題にする必要はない(※下線は筆者。以下同じ。)ものというべきである。そして、秘密管理性が問題となるのは、個々の記録媒体等(情報が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体)ではなく、そこに記載又は記録された情報であるから、被告人が作成した完成配合表①②について、Xシステムで管理されていた商品設計書とは別個独立に秘密管理性を充足する必要があるかのような弁護人の主張は、失当といわざるを得ず、完成配合表①②の情報が本件各塗料の原料及び配合量を主とする技術情報そのものであり、Xシステムで管理されていた本件情報と実質的に同一内容であって(その旨をいう原判決の認定は是認できる。)、Xシステムで管理されていた商品設計書について秘密管理性の要件を充足することから完成配合表①②についても秘密管理性が認められるとした原判決の判断は、当裁判所としても是認できる。」

アクセス制限は、情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることが認識できるようにするための方法、すなわち、客観的認識可能性を担保する一つの手段にすぎず、必ずしも独立の要件と解すべき理由はないから、弁護人が指摘するようなXシステムの管理システムの不備やアクセス権の管理体制の不十分さなどがあったとしても、そのことのみで秘密管理性が否定されるものではない。」

 

2.非公知性

「市販製品の解析により本件情報を知るためには、塗料メーカーの知見を駆使し、原料メーカーの協力を仰ぐなどする必要がある上、なお一定の期間を要するのであって、誰でも容易に知り得るわけではないから、製品を市販したことをもって営業秘密が公知化するなどとは到底いえないし、本件情報を構成する個々の原料や配合量が特許公報等の刊行物によって特定できるとしても、まとまりをもった体系的情報である本件情報の非公知性が失われることはないというべきである。」

 

3.有用性

「原判決は、本件情報が、a社の生産、販売及び商品の研究開発に役立つ旨の説示をしているものの、それに続き、同一品質の本件各塗料を製造することができるものであるとの説示をし、全体として、競合する同業他社が入手した場合、a社が改訂前に重ねた試行錯誤の相当部分を省略できるという客観的な有用性を明示している」。

改訂によって配合情報の同一性が失われるものではなく、また、改訂前の情報もその後の改訂において有益な情報であるといえるとした(略)原判決の認定及び判断は是認できるものであり、改訂前の配合情報であっても、競合する同業他社が入手した場合、a社が改訂前に重ねた試行錯誤の相当部分を省略できることに照らして、客観的にみても有用性が認められることは明らかである」。

 

第4 検討

1.秘密管理性

本件において、被告人が領得及び開示したのは、秘密として管理されていた本件情報が記載された商品設計書(オリジナル情報)ではなく、被告人がこれをもとに作成した完全配合表①②及び推奨配合表①②(派生情報)であった。

本判決は、本件のような技術情報に係る営業秘密は、顧客情報等のように「どのような情報を秘密情報とするかを明確にする管理措置を問題にする必要はない」とした上で、「秘密管理性が問題となるのは、個々の記録媒体等(情報が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体)ではなく、そこに記載又は記録された情報である」とし、秘密管理性の要件を充足するXシステムで管理されていた本件情報と「実質的に同一内容」である完成配合表①②についても秘密管理性が認められるとした。

これは、秘密管理性の判断対象は、企業が秘密管理意思をもつ「情報」であり、オリジナル情報とそれをもとに作成された派生情報が実質的に同一内容である場合、オリジナル情報に秘密管理性が認められれば、派生情報の秘密管理性も認められるとの考え方と思われる。これに関しては、派生情報に対する管理が不十分であればオリジナル情報についての秘密管理性が否定され得るため、営業秘密の使用方法や派生情報の管理方法についてルールを周知する等、規範的管理ないし人的管理を施すことが重要であるとの指摘があり、実務上も参考となる[ii]

なお、本判決は、アクセス制限は、客観的認識可能性を担保する一つの手段にすぎないとしている。従前、秘密管理性については、①情報にアクセスできる者が制限されていること(アクセス制限)、②情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることが認識できるようにされていること(客観的認識可能性)の 2 つが必要と説明されていたが、経済産業省「営業秘密管理指針」の平成 27 年全部改訂後においては、「アクセス制限」は「認識可能性」を担保する1つの手段であるとの整理がされ、情報にアクセスした者が秘密であると認識できる(「認識可能性」を満たす)場合に、十分なアクセス制限が無いことのみを根拠に秘密管理性が否定されることはないとされている[iii]。本判決もこのような考え方に沿った者と考えられる。

 

2.非公知性

本判決は、「市販製品の解析により本件情報を知るためには、塗料メーカーの知見を駆使し、原料メーカーの協力を仰ぐなどする必要がある上、なお一定の期間を要するのであって、誰でも容易に知り得るわけではない」とした。リバースエンジニアリングによって得られる情報の非公知性については、裁判上は、その困難性によって該否が判断されているとされるが(例えば、大阪地判平成15年2月27日[セラミックコンデンサー事件])[iv]、本判決もこのような判断枠組みに沿うものといえよう。

また、本判決は、「本件情報を構成する個々の原料や配合量が特許公報等の刊行物によって特定できるとしても、まとまりをもった体系的情報である本件情報の非公知性が失われることはないというべきである」とした。複数の情報の総体としての情報については、組合わせの容易性、取得に要する時間や資金等のコスト等を考慮し、営業秘密保有者の管理下以外で一般的に入手できるかどうかによって判断するとされるが[v]、本判決もこのような理解に沿うものといえよう。

 

3.有用性

本件において、被告人が本件情報を領得した当時、本件情報は、塗料「Y」及び「Z」の最新の配合情報ではなかったという事情があったところ、本判決は、「改訂によって配合情報の同一性が失われるものではなく・・・改訂前の配合情報であっても、競合する同業他社が入手した場合、a社が改訂前に重ねた試行錯誤の相当部分を省略できることに照らして、客観的にみても有用性が認められる」とした。

「有用性」の要件を満たすためには、当該情報が現に事業活動に使用・利用されていることを要するものではないが、当該情報が使用・利用されることによって費用の節約、経営効率の改善等に役立つことが必要である[vi]。本判決もこのような理解に沿うものといえよう。

 

 

[i] 名古屋地判令和2年3月27日。

[ii] 四條北斗「不正競争防止法(平成27年法律第54号による改正前のもの)2条6項にいう「営業秘密」該当性が認められた事案」新・判例解説Watch30号(日本評論社、2022)189頁

[iii] 経済産業省知的財産政策室編『逐条解説不正競争防止法令和6年4月1日施行版』47頁

[iv] 同上51頁

[v] 同上50頁

[vi] 同上48頁

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