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営業秘密メルマガコラム

2025.01.13

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第77回|ソースコードと営業秘密

弁護士知財ネット
弁護士 情報処理安全確保支援士
遠山 光貴

PDF版ダウンロード:[営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム] 第77回 ソースコードと営業秘密

 

1 はじめに

ソースコードとは,プログラミング言語で書かれたコンピュータプログラムを表現する文字列のことです。

ソースコードはコンピュータハードウェア(プロセッサ)のための機械語よりも,人間が読み書きするのに適しています。

一般に人間には機械語は扱うことが困難なので,プログラムを作成する際は,人間が理解しやすいソースコードで作成し,コンパイラで機械語に変換して実行します。ソースコードはソフトウェアの開発段階を経て機械語を生成した後でも,そのソフトウェアの保守や類似ソフトウェアの開発,既存ソフトウェアの改善に不可欠です。

しかしソースコードは通常は公開されません。また機械語から完全なソースコードを導き出すことも困難です。もしソースコードが流出すれば,自社の開発成果が競合他社の製品に利用される恐れがあります。そのため,ソフトウェアを販売する企業にとってソースコードは重要な資産といえます。

ソースコードを保護する法律としては著作権法があげられます。著作権法はプログラムを「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」と定義し(著作権法2条1項10号の2),プログラムの著作物を保護しています。

しかし著作権法上の保護と並んで,ソースコードは不正競争防止法の営業秘密としても保護されます。

本コラムではソースコードが不正競争防止法上どのように保護されているかを紹介します。

 

2 「営業秘密」の概念

営業秘密は,不正競争防止法第2条第6項で次のように定義されています。

① 秘密として管理されていること(秘密管理性)
② 事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること(有用性)
③ 公然と知られていないこと(非公知性)

これら3要件を満たす情報は,不正競争防止法上の営業秘密として保護対象となります。

要件①の秘密管理性について,ある裁判例(東京地判平成12年9月28日判タ1079号289頁)によれば,(1)当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることを認識できるようにしていること(客観的認識可能性),及び(2)当該情報にアクセスできる者が制限されていること(アクセス制限)を要するとしています。

上記(1)が認められたものとして,顧客名簿が記録されている大学ノートの表紙にマル秘の印を押捺している事例(大阪地判平成8年4月16日判タ920号232頁),情報が記録されている書面に「秘」の印がされている事例(東京地判平成17年6月27日裁判所ウェブサイト)等があります。

上記(2)の具体的な認定要素として,パスワード等によりデータへのアクセス・閲覧制限,データのコピー・出力等の規制,保管場所の施錠・入退室制限,就業規則等による機密保持義務条項,社内教育・指導による周知徹底等の有無が総合的に判断されます。

 

3 営業秘密にかかる不正競争行為

営業秘密に係る不正競争行為は,大きく分けると以下のパターンに分類されます(以下第2条第1項を省略し,号のみ表記)。

(1)不正取得類型(第4号)

営業秘密保有者から不正な手段で営業秘密を取得し,その取得した営業秘密を使用,開示する行為

(2)信義則違反類型(第7号)

営業秘密保有者から正当に示された営業秘密を不正に使用,開示する行為

(3)転得類型(第5号,第6号,第8号,第9号)

ア 取得時悪意転得類型

(ア)第4号の営業秘密不正取得行為の介在について知って(悪意)又は重過失により知らないで営業秘密を取得し,その取得した営業秘密を使用,開示する行為(第5号)

(イ)第7号の営業秘密不正開示行為の介在等について悪意又は重過失で営業秘密を取得し,その取得した営業秘密を使用,開示する行為(第8号)

イ 取得時善意転得類型

(ア)営業秘密を取得した後に,営業秘密不正取得行為(第4号)の介在について悪意又は重過失で当該営業秘密を使用,開示する行為(第6号)

(イ)営業秘密を取得した後に,営業秘密不正開示行為(第7号)の介在等について悪意又は重過失で当該営業秘密を使用,開示する行為(第9号)

(4)営業秘密侵害品譲渡等類型(第10号)

上記(1)~(3)の不正使用行為により生じた物を譲渡等する行為

 

4 ソースコードと営業秘密

以下,ソースコードの取得、使用が営業秘密の不正取得,使用行為に該当するか争われた主要な裁判例を挙げます。なお、プログラムの著作権侵害も同時に争われた事例もありますが、本コラムでは著作権侵害の判断については省略します。

(1)大阪地判平25年7月16日判時2264号94頁:営業秘密該当性;肯定,不正競争行為該当性;否定

ア 事案

ソフトウェア開発業であるX社は,X社を退職したY1,Y2,退職後に入社したY3社に対して,X社の企業向け基幹業務関連オーダーメイドシステムソフトウェアのソースコードを不正に開示,使用しているとして差止,損害賠償を求めました。

 

イ 裁判所の判断

裁判所は

「一般に,商用ソフトウェアにおいては,コンパイルした実行形式のみを配布したり,ソースコードを顧客の稼働環境に納品しても,これを開示しない措置をとったりすることが多く,原告も,少なくとも原告ソフトウェアのバージョン9以降について,このような措置をとっていたものと認められる。そうして,このような販売形態を取っているソフトウェアの開発においては,通常,開発者にとって,ソースコードは営業秘密に該当すると認識されていると考えられる。」

「本件ソースコードの管理は必ずしも厳密であったとはいえないが,このようなソフトウェア開発に携わる者の一般的理解として,本件ソースコードを正当な理由なく第三者に開示してはならないことは当然に認識していたものと考えられるから,本件ソースコードについて,その秘密管理性を一応肯定することができる」

として秘密管理性を認めました。

しかし,秘密管理性が認められる部分について

「一般に,このようなシステムにおいては,個々のデータ項目,そのレイアウト,処理手順等の設計事項は,その対象とする企業の業務フローや,公知の会計上の準則等に依拠して決定されるものであるから,機能や処理手順に,製品毎の顕著な差が生ずるものとは考えられない。そして,機能や仕様が共通する以上,実装についても,そのソフトウェアでしか実現していない特殊な機能ないし特徴的な処理であれば格別,そうでない一般的な実装の形態は当業者にとって周知であるものが多く,表現の幅にも限りがあると解されるから,おのずと似通うものとならざるを得ないと考えられる。」「原告主張の本件ソースコードが秘密管理性を有するとしても,その非公知性が肯定され,営業秘密として保護される対象となるのは,現実のコードそのものに限られるというべきである。そうすると,本件ソースコードは,上記趣旨及び限度において,営業秘密該当性を肯定すべきものである。」

として,処理方法や機能ではなく,ソースコードに限って営業秘密該当性を認めました。

そして裁判所は,

「本件において営業秘密として保護されるのは,本件ソースコードそれ自体であるから,例えば,これをそのまま複製した場合や,異なる環境に移植する場合に逐一翻訳したような場合などが「使用」に該当するものというべきである。原告が主張する使用とは,ソースコードの記述そのものとは異なる抽象化,一般化された情報の使用をいうものにすぎず,不正競争防止法2条1項7号にいう「使用」には該当しないと言わざるを得ない。」

として,不正競争行為を否定しました。

 

(2)知財高判平成28年4月27日判時 232185:営業秘密該当性;一部肯定,不正競争行為該当性;肯定

ア 事案

被告の製造,販売する自動接触角計に登載されたプログラムについて,原告元従業員である被告個人が,原告の営業秘密に該当するプログラムやアルゴリズムを不正に開示し,被告会社はそれを不正に取得したと主張して,原告が営業秘密の侵害を理由に被告個人と被告会社を訴えました。

原審(東京地判平成26年 4月24日裁判所ウェブサイト)はプログラムの著作権侵害は肯定しましたが,ソースコードに対するアクセス制限がなされていない等として秘密管理性を否定したので,原告が控訴しました。

 

イ 裁判所の判断

裁判所は,原告プログラムについて

「原告プログラムが完成した平成21年7月当時,開発を担当するプログラマの使用するパソコンにはパスワードの設定がされ,また,被控訴人は,完成したプログラムのソースコードを研究開発部のネットワーク共有フォルダ「RandD_HDD」サーバの「SOFT_Source」フォルダに保管し,当該フォルダをパスワード管理した上で,アクセス権者を限定するとともに,従業員に対し,上記管理体制を周知し,不正利用した場合にはフォルダへのアクセスの履歴(ログ)が残るので,どのパソコンからアクセスしたかを特定可能である旨注意喚起するなどしていたことに照らすと,原告ソースコードは,被控訴人において,秘密として管理されていたものというべきである。」

として原告ソースコードの「営業秘密」該当性を認めました。そして被告の上記行為は,不正競争防止法2条1項7号の不正競争に該当するとしました。

他方,原告アルゴリズムについては

「原告アルゴリズムの内容は,以下のとおり,本件ハンドブックに記載されているか,あるいは,記載されている事項から容易に導き出すことができる事項であるということができる。」

「本件ハンドブックは,被控訴人の研究開発部開発課が,営業担当者向けに,顧客へのソフトウエアの説明に役立てるため,携帯用として作成したものであること,接触角の解析方法として,θ/2法や接線法は,公知の原理であるところ,被控訴人においては,画像処理パラメータを公開することにより,試料に合わせた最適な画像処理を顧客に見つけてもらうという方針を取っていたことが認められ,これらの事実に照らせば,プログラムのソースコードの記述を離れた原告アルゴリズム自体が,被控訴人において,秘密として管理されていたものということはできない。」

として営業秘密該当性を否定しました。

 

(3)知財高判令和30年3月26日裁判所ウェブサイト:営業秘密該当性;肯定,不正競争行為該当性;肯定

ア 事案

Y1はXの営業部部長であり,X在職中にY社を設立し,Y1が代表取締役に,Xの営業部課長であったY2が取締役に就任しました。

その後Y1,Y2はXを退職し,Xの取締役であり商品開発業務を行っていたY3,Xのソフトウェア開発の責任者として商品開発業務を行っていたY4もYに入社しました。

Xは,Y社の販売する製品がXの有するソースコードを利用しているとして,Y社,Y1,Y2,Y3,Y4に対してY社製品の差止,廃棄,損害賠償を請求しました。

 

イ 裁判所の判断

裁判所は,X社が就業規則により従業員に秘密保持義務を課していたこと,ISO規格の内部監査員養成セミナーを受けたシステム管理責任者らにより,従業員に対し,一般情報セキュリティ教育を行っていたこと,X社の資産台帳上,機器制御ソフトウェア,部品リストデータ,基板データ,回路図データは,公開レベル「秘密」と区分されていたこと,社内ファイルサーバ内のデータにアクセスできる従業員を限定していたこと等を認定し,これらの事実からX社の従業員は秘密情報であると認識していたものであるとともに,秘密として管理していることを十分に認識し得る措置が講じられていたと認められるから,秘密管理性が認められるとしました。

また,非公知性,有用性も認められるとしたうえ,営業秘密とされるPCソースコードについては,X社製品のPCソースコードとY社製品のソースコードに一致する表現が多数認められること,被告製品のソースコードには,Y社が被告製品の作成の依頼を受けた日以前の日付の記載が残っていることから,被告製品のソースコードは原告製品のソースコードに依拠したことが推認されるとしました。

したがってY社がPCソースコードを用いて被告製品を製造する行為は,2条1項8号に該当し,被告製品を販売する行為は,同項10号に該当するとし,被告製品の製造・販売の差止め及び廃棄を請求することができるとしました。

 

(4)知財高判令元年8月21日金商1580号24頁:営業秘密該当性;否定

ア 事案

Xの元従業員A,Bらが所属するYが開発・販売する字幕制作用ソフトウェアの権利関係について争いになった事件です。

原審では,ソースコードが営業秘密にあたるとして,不正競争を認めて差止と損害賠償を認めたことから,被告(Y)が控訴しました。

 

イ 裁判所の判断

裁判所は,原告と被告の両ソースコードを比較し,一致または類似する部分があることは認めましたが,一致または類似する部分は,変数の宣言部分であったり,型が一致するとしても標準的に用意されている型を使っただけであり,本件ソースコードの情報の内容(変数定義)自体は,少なくとも有用性又は非公知性を欠き,営業秘密とはいえないとしました。

また,Yらが,類似部分を参照してソースコードを作成したとしても,それ自体が営業秘密とはいえない変数定義部分を参照したにとどまり,非類似部分が99%以上であることからも,本件ソースコードを使用したとも評価できないとしました。

 

(5)大阪地判令6年7月30日裁判所ウェブサイト:営業秘密該当性否定

ア 事案

マンモグラフィ画像診断システムを製造販売する原告は,平成17年ころ,原告製品の販売を開始しました。被告会社は,平成24年にマンモグラフィ画像診断システムを製造・販売する部門を立ち上げ,同年に被告製品の販売を開始しました。被告製品の販売部門を立ち上げた被告P2は,元原告の社員で,その後被告会社に入社し,被告会社の代表取締役に就任しました。他に被告製品の開発等を行ったP3,P4も,元原告の社員でした。原告は,原告の営業秘密であるソースコード(原告ソースコード)をP3が不正の手段によって取得し,被告会社が原告ソースコードを取得,使用して被告製品を製造・販売したとして,被告製品の製造・販売等の差止め等を求めました。

 

イ 裁判所の判断

裁判所は,次のように述べ,秘密管理性を否定しました。

「リリースされた原告製品のソースコードは原告社内の共有サーバーに保存されていたところ,平成24年3月までは,就業規則も含め保存に関する明確なルールは存在せず,原告従業員全員が,原告から割り当てられたユーザー名とパスワードをパソコンに入力してログインしさえすれば上記ソースコードにアクセス可能であった(上記ソースコード自体へのアクセスを制限するルールはなく,後記のように,開発課の従業員が顧客先に出向いた際にソースコードを利用する機会が相当程度あり,また,従業員の退職時にはパスワードの引き継がれていたことからすると,ソースコードのファイルにパスワードが設定されていたとしても,従業員間で適宜共有されていたものと認められる。)。また,開発中の最新バージョンは担当者の社用パソコンに保存されるほか,定期的に共有サーバーにバックアップされていたが,秘密管理の観点からの何らかの措置が定められていたとは認めるに足りない。さらに,P3は,従業員全員がアドミニストレーターのユーザー名及びパスワードを知っていた旨証言するところ,アドミニストレーターのユーザー名及びパスワードが原告の社内で厳格に管理されていたとは認められず,開発担当者以外の者が開発担当者の社用パソコンにログインして保存データを確認することもできた可能性は十分に認められる。そうすると,原告の従業員数が多くても15名程度であったことを考慮しても,社内での秘密管理はほとんどされていなかったに等しいといえる。

加えて,開発課の従業員は,原告製品の顧客先に出向いて作業をする際,私有のノートパソコンに原告各ソフトウェアのソースコードをコピーして保存し,社外に持ち出すことがあり,その際は,私有のノートパソコンに社用パソコンと同じユーザー名とパスワードを入力し,社内ネットワークにアクセスしていた。上記ソースコードの社外持ち出しの禁止や許可に関する明確なルールは存在せず,従業員が顧客先から帰社した際に,私有のノートパソコンからソースコードを削除するなどの措置についても,原告として特段の管理を行っていなかった。」

「以上の事情を総合すると,原告ソースコード自体の重要性を考慮しても,その秘密管理が極めてずさんであったことなどに鑑みれば,原告において,原告ソースコードを含む原告各ソフトウェアのプログラムのソースコードにつき,当該情報に接した者がこれが秘密として管理されていることを認識し得る程度に秘密として管理していたと認めることはできない。」

 

5 最後に

ソースコードの取得、使用が不正競争行為に該当すると判断した裁判例は上記で紹介した5件中2件だけです。

他の3件は,秘密管理性が認められない((5)大阪地判令6年7月30日),有用性が認められない((4)知財高判令元年8月21日),不正取得,使用行為が認められない((1)大阪地判平25年7月16日)として不正競争行為該当性が否定されています。

ソースコードはその性質上,従業員にとって営業秘密に該当すると認識されていると判断される場合もありますが((1)大阪地判平25年7月16日),それでも管理がずさんである場合には秘密管理性が否定されます((5)大阪地判令6年7月30日)。不正取得,使用行為が認められないのは相手方の事情によるものですが,管理がずさんであったことにより秘密管理性が認められないというのは自社において改善可能です。

企業にとって重要な資産ともいえるソースコードの管理には万全を期したいところです。

以上

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