弁護士知財ネット
弁護士 小倉秀夫
PDF版ダウンロード:[営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム] 第82回 企業に対する批判活動のためになされる秘密情報の取得と「不正の利益を得る目的」
一 はじめに
不正競争防止法は、他の知的財産権法と同様に、民事法に関する規定と刑事法に関する規定が混在しています。ただし、不正競争防止法には、独自の要素もあります。著作権法や特許法では、まず権利者が排他権を有する範囲を定め、第三者がこれにあたる行為をした場合には権利者が当該第三者に対して差止請求権や損害賠償請求権を取得することとするとともに、故意に当該行為を行った者に対しては刑事罰が科されるという構成をとります。これに対し、不正競争防止法では、まず、禁止される行為(不正競争行為)の範囲を定め、第三者がこれにあたる行為をした場合には権利者が当該第三者に対して差止請求権や損害賠償請求権を取得することとしますが、故意に当該行為を行ったというだけでは刑事罰は科されないという構成をとります。不正競争防止法違反で刑事罰が科されるには、「不正の利益を得る目的」等の主観的超過要素があることが必要とされています。とりわけ、営業秘密に関する犯罪については、「不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で」という超過的主観的構成要件要素が必要とされています。
不正競争防止法の主管官庁である経済産業省は、「明確化の見地から絞り込みを行」(経済産業省知的財産政策室編「逐条解説 不正競争防止法 令和6年4月1日施行版」277頁)うとの見地から、このような超過的主観的構成要件要素を加えた旨説明します。ただし、「明確化」という場合、本来処罰すべきでないものが処罰対象から明確に除外されるようにすることをいうものと理解されますが、経済産業省の説明を見ても、どのような行為を「本来処罰すべきでないもの」と考えられているのかがさっぱり分かりません。
このため、上記のような主観的構成要素を導入しても、処罰範囲が全然明確化されません。前記逐条解説277頁によれば、「不正の利益を得る目的」とは、「公序良俗又は信義則に反する形で不当な利益を図る目的のことをいい、自ら不正の利益を得る目的(自己図利目的)のみならず、第三者に不正の利益を得させる目的(第三者図利目的)も含まれる」とされ、「その営業秘密保有者に損害を加える目的」とは、「営業秘密保有者に対し、財産上の損害、信用の失墜その他の有形無形の不当な損害を加える目的のこ とをいい、現実に損害が生じることは要しない。」とされています。しかし、「不当」という要素自体が極めて規範的なものですし、「公序良俗」も「信義則」も極めて裁判官の裁量の幅が広い概念です。このため、「不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で」という主観的構成要件要素が付加されても一向に処罰範囲が明確化されません。
立法者が超過的主観的構成要件要素を付加することで非犯罪化しようとした行為の一つが、企業における不正追及のための営業秘密の取得及び暴露です。とはいえ、実際の条文の文言が「不正の利益を得る目的」と「その営業秘密保有者に損害を加える目的」という抽象的なものなので、「企業における不正追及のため」という目的で企業の営業秘密を取得しまたは暴露する行為が不正競争防止法違反の罪から除外されるのか、直ちにはわからないということになってしまっています。
二 事案の要旨
東京地判令和4年1月20日(令和2年(特わ)第1001号)は、裁判所の認定事実による限り、概ね次のような事案です。この事件では、被告人は、脅迫罪や威力業務妨害罪でも起訴されているのですが、ここでは、あくまで不正競争防止法違反の罪に関する部分だけを紹介することとします。
被告人は、NHKから国民を守る党(当時。判決書では「A党」と仮名処理がなされています。)の党首だった、あの人です。判決書をみると、もう一人「B」という共犯者が出てきます。Bは、日本放送協会(以下、「NHK」と言います。)が当時受信料の徴収を委託していた外注先「C株式会社」の従業員とされています(当時、NHKは複数の外注先に受信料の徴収事務を委託していたので、この「C株式会社」がどこなのかは、判決書を読んでも判然としません。
裁判所の認定によれば、被告人は、Bと共謀の上、不正の利益を得るとともに、NHKに損害を加える目的で、営業秘密の管理に係る任務に背き、Bにおいて、NHKから前記株式会社Cに貸与された業務用携帯端末に記録された受信契約者等情報50件を同携帯端末の画面に表示させ、被告人において、これをビデオカメラで撮影し、その複製を作成する方法で、NHKの営業秘密を領得したとされています。
そして、裁判所は、「A党党首として,従前より,Fの放送受信契約や受信料の徴収等に関する問題に対し,種々の方法でこれを批判する活動をしていたことが認められる。そのような被告人にとって,Fの集金人を務める者から受信契約者の個人情報等を取得すれば,これを基に,F及び業務委託先の情報管理に問題がある旨批判することが可能となり,上記活動に資するといえる」ということをもって、「不正の利益を得る目的」ありとしています。なお、判決書の中で「D協会F放送センター」という記載がありますので、ここでいう「F」とは、NHKのことを指すのだと思います。
また、裁判所は、「Fにとって,本件情報のような個人情報が外部に流出すれば,社会的な評価・信用が損なわれ,業務に様々な支障が生ずることは明白であり,本件情報をすすんで領得し流出させた被告人には,Fに「損害を加える目的」があったことも問題なく認められる。」と認定しています。
三 論評
裁判所としては、この被告人を処罰しなければならないという結論が先にあったのだと思いますが、結構困った裁判例となりました。
不正競争防止法第21条第2項第1号ロは、「営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、」「営業秘密記録媒体等の記載若しくは記録について、又は営業秘密が化体された物件について、その複製を作成する」という「方法でその営業秘密を領得したもの」について、「
十年以下の拘禁刑若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」とするものです。
1 客観的構成要件要素
まず、不正競争防止法第21条第2項第1号ロの罪は、「営業秘密を営業秘密保有者から示された者」のみを対象とする真正身分犯です。保有者から営業秘密を示されているからこそ、その保有者と関係で、「その営業秘密の管理に係る任務」が生じます。もちろん、現代社会では、営業秘密は、営業秘密保有者からダイレクトに提供される場合だけではなく、間に色々な人が介在する場合が少なからずあります。例えば、営業秘密保有者から、業務委託先の企業が営業秘密の提供を受け、その企業が自社の従業員や下請企業にその営業秘密を提供する場合などが想定されます。このような場合も、営業秘密保有者から当該営業秘密を示されたと解されています(東京地立川支判平成28年3月29日判タ1433号231頁)。この場合、「その営業秘密の管理に係る任務」は、大元の営業秘密保有者との関係で負っていることが必要となります(当該営業秘密の直接の提供元である介在者を「営業秘密保有者」とすることも可能ですが、その場合、「損害を加える目的」要件については、当該介在者に損害を加える目的である必要が生じます。)
すると、Bについては、NHKから営業秘密が蔵置された携帯用端末の提供を受けた株式会社Cから当該端末の提供を受けているので、営業秘密保有者たるNHKから営業秘密を示された者と言えます。しかし、判決文を見る限り、BがNHKとの関係で秘密保持義務を負っていたのかは明らかではありません。それどころか、Bが株式会社Cに対して秘密保持義務を負っていたのかすら、判決文からは読み取れません。まあ、普通、NHK→株式会社C、株式会社C→Bで秘密保持義務を負わせているとは思いますが。
問題は、被告人は、NHKからも株式会社Cからも上記端末に記録されているNHKの営業秘密を示されていないし、NHKに対しても株式会社Cに対しても、秘密保持義務を負っていない点です。
もちろん、刑法第65条第1項は、「犯人の身分によって構成すべき犯罪行為に加功したときは、身分のない者であっても、共犯とする。」と規定しており、ここでいう「犯罪行為への加功」には共同正犯をも含むとするのが判例通説です。とはいえ、この事件では、「営業秘密記録媒体等の記載若しくは記録」の「複製を作成」するという実行行為自体は、被告人が単独で行っています。について、又は営業秘密が化体された物件について、その複製を作成する」という実行行為自体は被告人が単独で行っており、Bは、被告人が上記携帯端末に記録された受信契約者等情報をビデオカメラで撮影できるように、上記情報端末の画面に受信契約者等情報を表示させただけです。すると、Bが被告人に対し上記受信契約者等情報のビデオカメラ撮影を指示したなどの事情がない場合に、上記撮影行為を被告人とBとの共同行為として、刑法第65条第1項を介して、非身分者である被告人に不正競争防止法第21条第2項第1号ロの罪を負わせることには、一抹の違和感があります。
2 不正の利益を得る目的
上記裁判例においては、「被告人は,A党党首として,従前より,Fの放送受信契約や受信料の徴収等に関する問題に対し,種々の方法でこれを批判する活動をしていたことが認められる。そのような被告人にとって,Fの集金人を務める者から受信契約者の個人情報等を取得すれば,これを基に,F及び業務委託先の情報管理に問題がある旨批判することが可能となり,上記活動に資するといえる」ということから、「被告人には『不正の利益を得る目的』があったものと認められる」と判示されています。
不正競争防止法の所管官庁である経済産業省知的財産政策室が公表している「逐条解説 不正競争防止法 令和6年4月1日施行版」においては、「『不正の利益を得る目的』とは、公序良俗又は信義則に反する形で不当な利益を図る目的のことをいい、自ら不正の利益を得る目的(自己図利目的)のみならず、第三者に不正の利益を得させる目的(第三者図利目的)も含まれる。」(277頁)と記載され、「図利加害目的に当たらないものとして、公益の実現を図る目的で、事業者の不正情報を内部告発する行為(①)、労働者の正当な権利の実現を図る目的で、労使交渉により取得した営業秘密保有者の営業秘密を、労働組合内部(上部団体等)に開示する行為(②)、残業目的で、権限を有する上司の許可を得ずに、営業秘密が記載等された文書やUSBを自宅に持ち帰る行為(③)等が挙げられる」(278頁)と記載されています。
ここでの問題は、FすなわちNHKの放送受信契約や受信料の徴収等に関する問題について批判する活動を行っている人が、NHK及び業務委託先の情報管理に問題がある旨批判するのに資するために、NHKの集金人を務める者から受信契約者の個人情報等50件程度を取得することが、「公序良俗又は信義則に反する形で」の「不当な利益」といえるのかどうかという問題です。
一般論として言えば、広く個人情報を取り扱っている企業において個人情報の管理が杜撰であるという指摘をすること自体は、社会的に有益なことです。そのような指摘をすることで、個人情報の管理が改善される可能性が高まるからです。そして、そのような指摘を公然と行うためには、当該企業において個人情報が杜撰に管理されていることを示す証拠を押さえる必要があります。そのためには、その企業が秘密として管理しているはずの個人情報が実際に外部に漏出していることを示す証拠を収集することが必要であり、そのためには、実際に個人情報が漏出している場面を記録する必要があります。この場合、その過程で秘密情報たる個人情報が撮影・録画等されることになっても、当該企業が当該個人情報を使用することによって実現している営業上の有用性を、撮影・録画者や、撮影・録画者から当該写真・ビデオ等の提供を受けた人が実現することは予定されていません。あくまで、当該企業における個人情報の管理が杜撰であるという批判に客観証拠があるのだということを示す役にしか立っていないのです。
このように、企業活動に問題があることを指摘する目的を「不当な目的」とし、当該企業が問題のある行為をしていることを示す証拠を押さえるために当該企業が「営業秘密」としている情報を収集することを「公序良俗又は信義則に反する」ものだとされてしまうと、ジャーナリスト等が特定の企業の活動に問題があるということを指摘する活動をすることも難しくなってしまいます。もちろん、公開されている情報だけで批判できればそれに越したことはないのですが、企業というものは、問題のある活動をするにあたっては、それが外部に知られないように、所定の情報を秘密情報として管理するものです。そのような場合に、当該企業が秘密情報として管理している情報を取得すること自体が処罰の対象となるのは、健全ではありません。経済産業省知的財産政策室の逐条解説が「公益の実現を図る目的で、事業者の不正情報を内部告発する行為」を「図利加害目的に当たらないもの」として趣旨にも反しているように思います。
3 その営業秘密保有者に損害を加える目的
上記裁判例は、「Fにとって,本件情報のような個人情報が外部に流出すれば,社会的な評価・信用が損なわれ,業務に様々な支障が生ずることは明白であり,本件情報をすすんで領得し流出させた被告人には,Fに『損害を加える目的』があったことも問題なく認められる。」と判示しています。
しかし、NHKがC株式会社に提供した携帯情報端末の画面上に表示された受信契約者等情報(50件程度)が、これが表示された画面を録画した動画が公開されるなどの方法で外部に流出しても、そのこと自体によっては、NHKの業務に支障が生ずるということは考えにくいです(裁判所も、具体的にどんな支障が生ずるのかを示すことができず、単に「明白であ」るとだけ言って押し切っています)。この被告人の行動によりNHKの社会的な評価・信用が損なわれるとすれば、これによって、NHKによる受信契約者等情報の管理が杜撰であることが広く知られることによります(NHKは、受信料の徴収を下請企業に委託しており、実際に徴収作業を担当する人間についての管理を行えていないこと及びそれにもかかわらず受信契約者情報等を一度に沢山表示できる携帯情報端末を下請企業に提供していたこと等。)。
このように、企業の営業秘密を入手して当該企業の営業活動に問題があることを指摘した結果当該企業の社会的な評価・信用が損なわれることについてまで「損害を加える目的」に含めてしまうことは、経済産業省知的財産政策室が「図利加害目的に当たらないもの」として、「公益の実現を図る目的で、事業者の不正情報を内部告発する行為」を挙げた趣旨に反するように思います(事業者の不正情報を内部告発すれば、その事業者の社会的な評価・信用は通常損なわれますから。)。
四 まとめ
この裁判例において被告人は、不正競争防止法違反だけでなく、脅迫及び威力業務妨害罪でも起訴されています。だから、裁判官としては、被告人がNHKに対する批判活動を行う動機等について疑問を持ってしまったのかも知れません。また、被告人が「被告人は,あくまでBが正真正銘のFの集金人であることを証明するために必要な範囲で,同人が業務用携帯端末を操作しているところを撮影したのであって,本件情報は結果的に映ってしまったにすぎない」という弁解をしていたことも、裁判官の不信感を醸し出す要因になっていたのかも知れません。
ただ、証拠により認定できない事情を有罪認定に活用するのは刑事裁判の在り方としては間違っていますし、証拠により認定していいない事情を加味した法解釈を裁判所が行うことは、裁判例の一人歩きにも繋がりかねないので、間違っているように思います。