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2024.07.16

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第73回|令和6年2月19日東京地方裁判所判決―服のパターンと非公知性

営業秘密官民フォーラムメールマガジン掲載コラム 第73回

 

令和6年2月19日東京地方裁判所判決―服のパターンと非公知性

 

弁護士知財ネット
弁護士 前川 安美

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第1 はじめに

服のデザインについては不正競争防止法における形態模倣(2条1項3号)の争いが多いが、東京地判令和6年2月19日裁判所Web(令和4年(ワ)第70057号)は、原告が服のパターンについて営業秘密に該当すると主張した事件である。服の設計図に当たるパターンは、市場に流通している服の縫製を解くことで容易に取得できるとして、非公知性(不正競争防止法2条6項。以下この法による)を満たさないかが問題となる。また、本件は原告が営業秘密の特定に関する主張立証を十分に行わなかったケースであるが、実務上同様の問題があるとされる。

 

第2 事案の概要

原告X社はアパレル事業等を営む会社であり、被告YはX社においてデザイナーとしてアパレル制作業務等に従事していた。

YはX社への入社において、業務上知り得た会社の機密事項等を他に漏らさないことを含む雇用契約書を締結し、4年程度勤務してX社におけるアパレル事業を成長させた。その後YはX社の退職にあたり、退職後3年間の秘密保持義務や競業避止義務を内容とする退職時誓約書を提出した(以下、雇用契約書記載の合意と退職時誓約書の合意とをあわせて「本件合意等」という)。また、Yが在職中X社の売上を横領したことに関して、YはX社に対し、謝罪、一部の損害賠償及び上記誓約書を遵守することなどを内容とする退職後合意書を提出した。

YはSNSを利用してYの製品やその展覧会の宣伝等をしていたところ、X社は、服のパターンは重要な機密情報にあたり、YがX社を退職後にXの製品である服のパターン(以下「本件パターン」という)を流用して、これとほぼ同一の製品である服を製造、販売等を行っている旨を主張して、Yに対し、①本件合意等に基づくY製品の販売等の差止請求、②X社から示された営業秘密を図利加害目的で使用する不正競争(2条1項7号)に該当するとして、不競法3条に基づくY製品の販売等の差止請求(同条1項)並びにY製品等の廃棄及びSNS等の投稿の削除請求(同条2項)、③本件合意等の債務不履行又は不競法4条に基づく損害賠償請求を行った。

 

第3 争点

本件における争点は、本件合意等に基づく販売等差止請求権の有無(争点1)及び不競法に基づく販売等差止請求権等の有無(争点2)である。ただし、本コラムのテーマとの関係上、以下争点2についてのみ記載する。

 

第4 判旨(争点2 不競法に基づく販売等差止請求権等の有無について)

裁判所は以下のとおり、本件では原告において営業秘密の特定に関する主張立証や、情報の具体的な管理状況等に関する立証がないため、本件パターンの秘密管理性、有用性、非公知性を認めることができないとして、原告は被告に対する不競法に基づく販売等差止請求権等をいずれも有しないとした。

 

「原告は、本件パターンは原告の営業秘密に該当し、被告がこれを利用して被告製品を製造販売した行為につき、図利加害目的による営業秘密の使用に当たる旨を主張する。」「しかし、原告は、一般的に服のパターンがアパレル事業において重要な情報である旨を主張するものの、本件パターンについては、別紙営業秘密目録各記載のとおり、原告の製品の品名、品番等を摘示するにとどまり、本件パターンそのものの具体的な内容、形状等については具体的に主張せず、これに関する証拠も提出しない[1]。このため、本件パターンに係る情報の具体的な内容等は不明というほかなく、そうである以上、これが、事業活動において有用性のある技術上又は営業上の情報であるとも、公然と知られていない情報であるともいえない。」「また、本件パターンが原告社内で重要な秘密情報として認識されていること、原告従業員にその業務目的外の利用の禁止が周知されていること、目的外利用が禁じられた状態で本件パターンが保管されていることといった情報の具体的な管理状況等に係る原告の主張を認めるに足りる証拠もない。このため、本件パターンが秘密として管理されていたことも認められない。」

「以上より、一般論として服のパターンが営業秘密となり得るか否かはさておき、本件パターンが原告の営業秘密であるとは認められない。この点に関する原告の主張は採用できない。」「したがって、その余の点について検討するまでもなく、原告は、被告に対し、不競法に基づく被告製品の販売等差止請求権(3条1項)、廃棄請求権及び投稿削除請求権(同条2項)並びに損害賠償請求権(4条)を有しない。」

 

第5 服のパターンと非公知性

1. 非公知とは

営業秘密における「公然と知られていない」(2条6項)、すなわち非公知性とは、当該情報が保有者の管理下以外では一般的に入手することができない状態をいう。

 

2. リバースエンジニアリングと非公知性

市場に商品を流通させるなど一般的に入手可能な商品を解析(リバースエンジニアリング)することによって営業秘密を知ることができる場合、非公知性は認められないかが問題となる。

判例では、商品をリバースエンジニアリングすることにより当該営業秘密を取得するのにどの程度の技術・費用・期間等が生じるのかを総合考慮し、市場に流通した商品から容易に取得できる情報かどうかという基準によって、非公知性の有無を判断していると考えられる(奈良地判昭和45年10月23日判時624号78頁〔フォセコ・ジャパン事件〕、大阪地判平成15年2月27日裁判所Web〔セラミックコンデンサー設計図事件〕、知財高判平成23年7月21日判時2132号118頁〔光通風雨戸事件〕ほか)。

ただし、仮にリバースエンジニアリングに特殊な技術や費用・期間面でのコストが生じるとしても、実際に誰かが解析を行いその結果を公にした時点で非公知性は失われる点に注意が必要である(小野昌延=松村 信夫『新・不正競争防止法概説〔第3版〕上巻』(青林書院、2020)341頁)。

 

3. 服のパターンと非公知性

(1) 本件の問題点

本件では、原告X社が服のパターンについて営業秘密に該当すると主張したのに対し、被告Yは「服のパターンは縫製を解けば再現することができることから、非公知性の要件を充足しない。このため、服のパターンは不競法上の営業秘密に該当しない」と反論していた。裁判所は、本件では前述のとおり非公知性を判断する前提となる営業秘密の特定がされていないため、「一般論として服のパターンが営業秘密となり得るか否かはさておき」X社の主張は認められないとした。

上記2.におけるリバースエンジニアリングと非公知性の判断基準をふまえ、服のパターンには一般的に非公知性が認められないといえるであろうか。

 

(2) 参考となる判例

①大阪地判平成24年12月6日裁判所Web(平成24年(ワ)第1920号)

<事案の概要>

衣料、服飾雑貨の製造、販売等を目的とする会社であるX社が、帽子製造業を目的とする会社であるY社に対し、X製品の生産企画書による帽子の製造を委託した(本件契約)。Y社はこの生産企画書に基づいてX商品を作るための型紙(実物大の設計図に相当)を製作し、X商品を製造していた。X商品が最初に販売された日から3年経過後、Y社は別の会社から委託を受けて帽子(Y商品)を製造し、その帽子は著名ブランドのライセンス商品として販売されていたところ、X社がY社に対し、顧客に無断で当該デザインを流用し、競業他社の商品を製造、販売してはならないという契約上又は信義則上の義務に違反したとして損害賠償請求を求めた事案。

 

<裁判所の判断>

本件契約の締結に際し、Y社がX社商品のデザインを流用した商品を製造、販売してはならない旨合意したことを認めるに足りる証拠はないとしたうえで、以下のように判示した。

「不正競争防止法2条1項3号は、他人の商品形態を模倣した商品の譲渡行為等について、当該他人の商品が最初に販売された日から3年間に限って不正競争に当たるとしたものである。その趣旨は、同法1条の事業者間の公正な競争等を確保するという目的に鑑み、開発に時間も費用もかけず、先行投資した他人の商品形態を模倣した商品を製造販売し、投資に伴う危険負担を回避して市場に参入しようとすることは公正とはいえないから、そのような行為を不正競争として禁ずることにしたものと解される。

したがって、同号によれば、最初に販売された日から3年間を経過した商品の形態を模倣する行為は、不正競争に当たらないし、そのことのみをもって不法行為が成立することもないと解される。他人の商品の製造を委託された者が、当該商品について最初に販売された日から3年間を経過した後に、当該商品の形態を模倣した商品を製造等した場合も同様であり、そのことのみをもって不法行為が成立することはない。そうである以上、当該製造業者が委託者に帰属するべき営業秘密を示されていたような特段の事情のない限り、上記委託契約の関係にあるというだけで、上記行為が当該委託に係る契約の債務不履行又は信義則上の義務違反に当たるということもない。」

「そこで上記特段の事情の有無について検討すると、X社は、Y社がX商品の型紙を流用してY商品を製造した旨主張しており、これは、前記特段の事情を主張するものと解することができる。しかしながら、そもそも、型紙を流用しなければ、X商品と同一形態の帽子を製造することができないとする主張立証はない。かえって、X代表者作成の報告書によれば、Y商品の上に生地を重ね、パーツごとに縫い代を除いたサイズの生地を作成し、当該生地を紙に写して縫い代を除いた型紙を作成し、Y商品の縫い代を除いた型紙をほぼ正確に再現したところ、X商品の型紙とほぼ同一であったというのである。このことから明らかなとおり、X商品の型紙を流用などしなくとも、X商品の縫製を解けば型紙を再現することができることなどからすれば、X商品と同じ形状の製品を製作することについて特段の困難はないことが窺われる。そして、第三者が上記のような方法を用いてX商品の型紙を再現し、X商品の形態と実質的に同一の商品を製作したとしても、そのこと自体は不正競争等には当たらないのである。このように、第三者がX商品の型紙を再現することが容易であり、それを利用すること自体も違法ではないこととの均衡を考慮すると、仮にY社がX商品の型紙を流用したとしても、そのことをもって上記特段の事情に当たるとはいいがたい。」

 

<検討>

最初に販売された日から3年間を経過した商品の形態を模倣する行為が、製造委託契約における債務不履行又は信義則違反に該当するかについて、「特段の事情」の判断において、当該製造業者が委託者に帰属するべき営業秘密を示されていたかという事情が考慮された。

上記特段の事情について、X商品の縫製を解けば、X商品の型紙(パターン)は再現可能であることからすれば、X商品と同じ形状の製品を製作することについて特段の困難はなく、X商品の型紙(に化体されたX商品の形状等の設計情報)は営業秘密に該当しないとの判断をした。

 

②東京地判平成29年2月9日裁判所Web〔靴木型事件〕(平成26年(ワ)第1397号・平成27年(ワ)第34879号(一審)、知財高裁平成30年1月24日、平成29年(ネ)第10031号(控訴審))

<事案の概要>

足の形状等に難(外反母趾、偏平足、ウオノメ、O脚、X脚、リウマチ足、糖尿病足、痺れ足など)のある女性を顧客層とする女性用コンフォートシューズの企画・設計・卸売を業とするX社が、高級婦人靴の製造を業とするY1社に対し婦人靴(コンフォートシューズのうちカジュアルパンプスではないエレガントパンプス)の製造を委託し、Y1社は委託契約に基づきX婦人靴の製造用木型(「本件オリジナル木型」)を預かって製造していたところ、Y1社の代表者Y2らは本件オリジナル木型を社外に持ち出し、Y3社及びその代表者Y4らに対し開示して複製木型(「本件複製木型」)を作成させた。さらにY4は複製木型を改造した木型(「本件改造木型」)を作成し、本件改造木型のつま先の形状を参考に靴の製造業者に生産用木型(「本件生産用木型」)を作成させ、本件生産用木型に基づいて婦人靴を製造させるなどした。これらのYらの行為に対し、X社は、本件オリジナル木型に化体した靴の形状・寸法等の情報(「本件設計情報」)を不正に使用・開示したとして差止め等を求めた事案。

 

<裁判所の判断>

木型については、親指の付け根や小指の付け根が靴に当たる部分などが僅か1mm以下でも異なると、コンフォートシューズの履き心地が大幅に変わる。そのため、マスター木型は、多くのコストと時間を掛けて企画開発される。他方で、マスター木型やこれをグレーディング調整して複製した生産用木型と形状・寸法が全く同一の木型を作るには、倣い旋盤に掛けて木型を複製するか、デジタイザーという機械を用いて木型の各部位の中心からの位置情報をスキャンしてデータとして取得するといった方法しかない。すなわち、靴の皮革は立体状の物になじんでいく柔軟性を有する(なおかつ、つま先部分及びかかと部分以外には芯が入っていない。)ため、市場に出回っている革靴から、その靴の製造に用いた木型と全く同一の形状・寸法の木型を再現しその設計情報を取得することはできない。こうしたことから、コンフォートシューズの木型を取り扱う業界においては、木型が生命線ともいうべき重要な価値を有すると認識されており、木型管理組合も、木型を海外に持ち出す行為について会員に注意喚起するなどの取組をしている。」

「前記…で認定したとおり、靴の皮革は柔軟性を有するため、市場に出回っている革靴から、その靴の製造に用いた木型と全く同一の形状・寸法の木型を再現しその設計情報を取得することはできない。」「(Yらが、市販されているX婦人靴から、その靴に用いた木型を再現して本件設計情報を容易に把握することができる旨主張し、市販のX婦人靴にパテを流し込んで再現木型を作成したとする証拠を提出したのに対し、)再現木型が元の木型と正確に同一の形状・寸法であることの立証はない上、かえって、Y2の本人尋問の結果によると、1割程度は再現できていないというのである。さらに、Y2自身、別件訴訟の本人尋問において、『流通している靴から木型を作成するのは、木型の寸法を忠実に再現しない限りは容易にできる。』旨の供述をしており、これは、『木型の寸法を忠実に再現』することは困難であることを自認するものといえる。」

「そうすると、X主張の方法により元の木型と全く同一の形状・寸法の木型を容易に再現することはできないというべきであり、他に、特段の労力等をかけずに本件設計情報を取得することができるとの事情はうかがわれないから、本件設計情報は、公然と知られていないもの(非公知)であったということができる。」

 

<検討>

履き心地が極めて重要となるコンフォートシューズの性質や、靴の皮革が持つ柔軟性という特徴から、市場に流通している商品からはその商品と全く同一の形状・性質の設計情報を取得することは容易ではないとして、非公知性を認めたものである。

 

(3) 服のパターンに非公知性が認められるか

「2. リバースエンジニアリングと非公知性」及び上記「⑵ 参考となる判例」に共通して用いられている「市販の商品から容易に設計情報を再現可能か」という基準は、服のパターンの非公知性にも当てはまると考えられる。すなわち、問題となっている服が市場に流通しているからといって直ちに服のパターンが一般的に非公知性を満たさないというわけではなく、当該事案ごとに、その商品から服のパターンが容易に再現可能であるかを判断することとなる。

そして、上記〔靴木型事件〕の判示からすれば、服のパターンについても、その素材や縫製の方法などによっては、服の縫製を解いたとしても、全く同一のパターンを再現することは容易ではない場合がありえる。このような場合、商品が市販されていてもなお非公知性が失われないと考えられる。

 

第6 おわりに

既に述べたとおり、本件において原告は営業秘密となる情報について、別紙営業秘密目録において、「品名(「working shirts」等)、品番(XXXX)のパターン」等としか記載しておらず、営業秘密の特定が不十分であったといえる。本件に限らず、営業秘密の使用差止訴訟においては、原告が営業秘密の内容の開示を積極的に行わないことにより審理が遅延しやすい傾向があることが指摘されており[2]、訴訟において留意すべき点であると考えられる。

 

【参考文献】

本コラム中に掲げたもののほか、以下の文献を参考にした。

林いづみ「判批」茶園成樹ほか編『商標・意匠・不正競争判例百選〔第2版〕』208頁、209頁

 

[1]   下線部は全て本コラム執筆者による。以下同じ。

[2] バヒスバラン薫「営業秘密の使用の差止訴訟における審理のあり方」L&T103号56頁(2023)

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