弁護士知財ネットでは、知的財産に関するQ&Aを公開しています。今回も特許法に関するよくある質問と回答をお届けします。今回は、特許権侵害(主に権利者側)に関する質問にお答えします。
- Q51 当社の特許権を侵害する行為を発見した場合、当社は、侵害先に対し、どのような請求をすることができますか。
- Q52 当社の特許権を侵害すると疑われる商品を販売している販売業者に警告書を発送しようと考えています。何か注意するべきことはありますか。
- Q53 当社の特許権を侵害すると疑われる商品を発見しました。弁護士に相談するにあたって、事前に準備しておくべき資料はありますか。
- Q54 特許権侵害となるのは、どのような場合でしょうか。
- Q55 「業として」とは、具体的にどのような意味でしょうか。
- Q56 「実施」とは、具体的にどのような意味でしょうか。
- Q57 特許発明の技術的範囲の属否は、どのように判断するのでしょうか。
- Q58 均等侵害とは、何ですか。
- Q59 均等侵害の要件を教えてください。
- Q60 均等侵害を認めた代表的な裁判例を教えてください。
A51 特許権者又は専用実施権者は、自己の特許権又は専用実施権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができます(差止請求 特許法100条1項)。また、この差止請求の附帯請求として、侵害の行為を組成した物(侵害品)の廃棄、侵害の行為に供した設備(例えば金型)の除却その他の侵害の予防に必要な行為を請求することができます(特許法100条2項)。
さらに、特許権者・専用実施権者・独占的通常実施権者は損害賠償請求等の金銭請求も可能です(損害賠償請求=特許法102条、民法709条、不当利得返還請求=民法703条、補償金請求=特許法65条1項)。
A52 警告書面については、送付する書面のタイトルから、そもそも特許権侵害か否か、文章内容、送付先も含め、専門的判断が必要となります。
交渉で解決しうるような事案であっても、送付する書面の内容如何によっては、相手先の態度を硬化させ、余計な費用と時間がかかってしまうということも考えられます。また、製造元ではなく、その取引先である小売店等に送付してしまうと、後の訴訟で特許権侵害が否定された場合に、営業誹謗行為(不正競争防止法2条1項15号)として逆に訴えられてしまうケースもあります。
警告書の発送を検討されている場合には、是非、弁護士知財ネットにご相談ください。
A53 一般的には、以下の資料を事前にご準備いただけると、初回相談がスムーズに進行すると考えられます。
・ 対象となる特許権の特許公報
・ 出願関係資料、審判等資料(包袋)
・ 特許登録原簿
・ 対象製品の構成を理解できる資料(実際の商品、WEBページ、カタログ、取扱説明書等)
・ その他対象製品に関する資料(製造元、販売価格・数量、販売場所・態様、販売開始時期がわかる資料等)。
なお、特許公報、出願関係資料及び特許登録原簿の入手方法については、Q11、Q13を参照ください。
A54 特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有しますので(特許法第68条)、特許権侵害となるのは、正当な権限無く、「業として」、特許発明を「実施」する場合です。代表的な侵害行為としては、特許権者の許可なく物の発明の実施品を製造販売する行為(直接侵害。間接侵害については、他のQでご説明します。)等があります。
より具体的に、特許権侵害訴訟の場面で侵害が認められるためには、原告側において、以下の事実を主張立証する必要があります。
1 原告が特許権者等であること
2 被告が業として特許発明を実施していること
① 被告が被告製品等を製造販売等していること
② 被告による被告製品等の製造販売等が「業として」なされていること
③ 被告製品等が原告の特許発明の技術的範囲に属すること
A55 個人的な実施や家庭内での実施を除外するという意味と理解されています。例えば、製パン機という物の発明の実施品を一般家庭内で使用する場合は、「業として」の実施に該当しません。なお、相手が会社であれば当然に「業として」となります。
A56 特許法2条3項に定義規定があります。具体的には、発明の種類に応じて、以下の行為が「実施」に該当します。
① 物(プログラム等を含む。以下同じ。)の発明
→ その物の生産、使用、譲渡等(譲渡及び貸渡しをいい、その物がプログラム等である場合には、電気通信回線を通じた提供を含む)、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む。)をする行為
② 方法の発明
→ その方法の使用をする行為
③ 物を生産する方法の発明
→ その方法を使用する行為、その方法により生産した物の使用、譲渡等、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為
A57 特許発明の技術的範囲は、原則として、「特許請求の範囲」の記載を解釈することによって決定されます(特許法70条1項。特許請求の範囲については、Q6も参照ください。)。
より具体的には、
① 特許請求の範囲の記載(これを「クレーム」という場合があります)を構成要件に分説したうえ、
② 対象製品・方法の各構成を発明の構成要件と対比可能なように表現し、
③ 発明の構成要件と対象製品・方法の各構成を対比のうえ、構成要件充足性を検討し(エレメント・バイ・エレメント・ルール)、
④ 結果、対象製品・方法の各構成が構成要件を全部充足すれば、特許発明の技術的範囲に属することになります(オール・エレメント・ルール。特許請求の範囲の文言充足性をもって技術的範囲の属否を判断するので、「文言侵害」という場合があります。)。
例えば、特許請求の範囲の記載が、「イ部材とロ部材とハ部材からなるホ製品」という場合には、まず、
A イ部材と
B ロ部材と
C ハ部材と
D からなるホ製品
という具合に構成要件に分説します(①のステップ)。
そのうえで、対象製品についても
a イ’部材と
b ロ’部材と
c ハ’部材と
d からなるホ’製品
という具合に表現します(②のステップ)。
そのうえで、「イ部材」と「イ’部材」は同一か(同一ならば構成要件A充足)、「ロ部材」と「ロ’部材」は同一か(同一ならば構成要件B充足)という具合に構成要件充足性を検討します(③のステップ)。ここで、「イ部材」、「ロ部材」のような特許請求の範囲の記載は、その文言自体の意味を分析するほか、願書に添付された明細書の記載及び図面(特許法70条2項)、出願経過、公知技術も参酌して、その意味内容を確定します。
結果、対象製品の構成a~dが発明の構成要件A~Dを全部充足するのであれば、文言侵害となります(④のステップ。但し、全部の構成要件を充足しない場合にも、間接侵害が認められることもあります(特許法101条)。また、特許発明の技術的範囲に属すると判断される場合があり、これを均等侵害といいます。この点は、次のQ58を参照ください。)。
A58 特許請求の範囲に記載された構成と一部異なるもの又は方法であっても、一定の要件を満たす場合には右構成と均等なものとして特許発明の技術的範囲に属するものと判断されることがあり、この場合を均等侵害といいます。
この点、第三者に権利の外延がどこまでなのかという予測可能性を与えるべきという観点からすれば、特許発明の技術的範囲は、クレームの文言によってのみ確定すべき(文言侵害のみ)ということなると考えられます。しかしながら、出願時にあらゆる侵害形態を想定してクレームを記載することは困難であるところ、文言侵害のみに限定してしまうと、特許権は容易に迂回されてしまい、特許取得へのインセンティブを奪う結果となって、特許法の目的を達成できないということも考えられます。そのため、均等侵害という概念が必要となってくるわけです。
特許法上に明文はないものの、最高裁ボールスプライン事件判決(最高裁平成10年2月24日判決・民集52巻1号113頁)も、この均等侵害を正面から認め、以後、知的財産侵害訴訟において、判例法として定着しています。
A59 均等侵害の成立には、以下の5つの要件を充足する必要があります。
① 対象製品等との相違部分が特許発明の本質的部分ではないこと。
② 相違部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達成することができ、同一の作用効果を奏すること。
③ 相違部分を対象製品等におけるものと置き換えることが、対象製品等の製造等の時点において容易に想到できたこと。
④ 対象製品等が、特許発明の出願時における公知技術と同一、または公知技術から容易に推考できたものではないこと。
⑤ 対象製品等が特許発明の出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がないこと
なお、①~③については均等侵害の成立を主張する者が、④⑤については均等侵害の成立を争う者が主張立証責任を負います(知財高裁平成28年3月25日判決「マキサカルシトール事件」)。
A60 ボールスプライン事件判決以降で均等論を認めた裁判例としては、以下のものがあります。
・知財高裁平成28年3月25日判決・裁判所ウェブサイト「マキサカルシトール事件」
・大阪地判平成28年1月28日・裁判所ウェブサイト「フェイスマスク型パック事件」
・東京地判平成26年12月24日・判時2258号106頁「マキサカルシトール事件 第1審」
・東京地判平成26年12月18日・判時2253号97頁「流量制御弁事件」
・東京地判平成25年9月12日・裁判所HP「洗濯機用水準器事件」
・知財高判平成23年6月23日・判時2131号109頁「食品包み込み成形方法事件」
・知財高判平成23年3月28日・裁判所HP「マンホール蓋事件」
・知財高中間判平成21年6月29日・判時2077号123頁「中空クラブヘッド事件」
・東京地判平成19年12月14日判決「眼鏡レンズの供給システム事件」
・大阪高判平成19年11月27日・裁判所ウェブサイト「置棚事件」
・知財高判平成18年9月25日・裁判所ウェブサイト「椅子式エアマッサージ機事件」
・大阪地判平成15年3月13日・裁判所HP「こんにゃく製造装置事件」
・名古屋地判平成15年2月10日・判時1880号95頁「圧流体シリンダ事件」
・大阪地判平成14年4月16日・判時1838号132頁「筋組織状こんにゃくの製造 方法・装置事件)
・東京地判平成13年5月22日・判時1761号122頁「電話用線路保安装置事件」
・大阪高判平成13年4月19日・裁判所HP「ペン型注射器事件」
・東京高判平成12年10月26日・判タ1059号202頁「生海苔の異物分離除去装 置事件」
・大阪地判平成12年5月23日判決・裁判所HP「マジックヒンジ事件」