Q&A

知財Q&A

商標法(10)損害額 ~商標権侵害でどのくらい請求できますか?~

              

(最終更新日:2022/7/7)

              

弁護士知財ネットでは、知的財産に関するQ&Aを公開しています。今回も商標法に関するよくある質問と回答をお届けします。
今回は、商標権侵害の損害額に関する質問にお答えします。

 

Q91 当社の商標権を侵害するY社に損害賠償を請求したいのですが、どのようなものを損害として請求できますか。訴訟をした場合には、弁護士費用も請求できますか。

A91 商標権が侵害された場合、商標権者は、民法709条に基づいて損害賠償請求をすることができます。

一般的に、損害賠償の対象となる損害は、財産的損害と非財産的損害(苦しみ・悲しみといった精神的苦痛や社会的評価の低下といった財産以外の毀損を損害とするもの。無形損害ともいいます。(民法710条))に区分されます。また、財産的損害には、積極損害(加害行為による既存財産の減少)と消極損害(得べかりし利益の喪失)があります。

商標権侵害事案では、侵害行為によって商標権者の販売機会等が失われたとして、消極損害(逸失利益)が問題となる事案が多いです(詳細はQ94参照)。

弁護士費用は、積極損害に分類されます。弁護士費用は、裁判所が諸般の事情を考慮して相当と認める範囲を損害として認容するもので、具体的な事案にもよりますが、裁判例では、認定された他の損害額の10%程度を弁護士費用として認定したものが多数あります。また、弁護士費用以外にも、積極損害として侵害調査に要した費用が認められることもあります。

一方、非財産的損害(無形損害)については、認められた事案はあまり多くはありませんが、著名ブランドに係る商標権侵害の事案で、侵害者が粗悪品を販売する等したことにより、原告商品に係る信用が毀損されたとして、非財産的損害の賠償を認めたもの(商標権侵害のほか不正競争行為も認定された事案ですが、エルメス立体商標事件・東京地判平成26年5月21日判決。)等があります。

Q92 当社の商標権を侵害しているY社に損害賠償請求をするにあたって、当社は、Y社の過失を立証する必要がありますか。なお、Y社は、当社の商標権の存在は知らなかったと主張しています。

A92 一般に、不法行為に基づく損害賠償請求においては、侵害者の故意又は過失が要件となり権利者が立証する必要がありますが、商標権侵害の事案では、侵害者の過失が推定されます(商標法39条が準用する特許法103条)ので、貴社がY社の過失を立証する必要はありません。反対に、Y社が「過失がなかったこと」を立証して推定を覆さない限り、Y社は損害賠償責任を免れることができません。
なお、「商標権の存在を知らなかった」とか「弁護士等の専門家に非侵害との意見をもらっていた」という程度では過失がなかったとはいえないとされることが多く、過失の推定を覆すのは極めてハードルが高いといえます。

Q93 商標法には、損害額の計算規定があるようですが、その概要を教えてください。

A93 商標法は、商標権侵害による損害額の立証の困難さを解消する観点から、損害賠償に関する計算規定(商標法38条1項以下)を置いています。以下では、商標法38条1項から4項について補足します。

(1)38条1項

商標権者は、商標法38条1項1号により、侵害行為がなければ販売できた商品の単位数量当たりの利益の額(1つの商品を譲渡することによって得ることができる利益)(A)と、侵害品の譲渡数量(B)を乗じた額の賠償を請求できます。「侵害行為がなければ販売できた商品の単位数量当たりの利益の額(A)」については、Q94をご参照ください。「侵害者の譲渡数量(B)」については、次のような調整がなされます。

① 商標権者の使用の能力に応じた数量(これを「使用相応数量」といいます)を超える場合(「譲渡数量>使用相応数量」)は、使用相応数量まで減量されます。

② 原告商品と侵害商品が市場で競合しない、その他競合商品の存在とその影響又は侵害者の営業努力等、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を商標権者等が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量(これを「特定数量」といいます。)を控除します。

そして、この1号の算定において使用相応数量を超えた数量又は特定数量がある場合、これらの数量に対応する使用料相当額(同項2号)を1号に基づいて算定される額に加えた額を損害として請求することができます。

(2)38条2項

侵害者が侵害の行為により得た利益の額を損害額と推定します。概ね、次のように計算できます(なお、「利益」については、Q94をご参照ください。)。ただし、あくまで推定規定ですので、侵害者は、市場における競合品の存在や侵害者の営業努力などの事情を証明することで、推定を覆滅し、損害額を減額できる可能性があります。

「侵害者の譲渡数量」×「侵害者の販売する商品の単位数量当たりの利益の額」

(3)38条3項・4項

権利者の受けるべき登録商標の使用料相当額を損害額とします。ここでの使用料相当額は、商標権侵害があったことを前提にして合意したとすればどのような金額になったのかを考慮することができます(4項)。このため、一般的な使用料相場より増額される場合があります(侵害プレミアムの考慮などと言われます)。

 

Q94 商標法38条1項1号及び同条2項の「利益」とは、どういう意味ですか。

A94 Q93で説明した「利益」は、粗利益や純利益ではなく、限界利益を意味すると考えられています。ここでの「限界利益」とは、売上額から商品の製造・販売のために直接関連して追加的に必要になった費用を控除した金額とされます。例えば、原材料費、仕入費、発送費などが控除されます。他方で、一般管理費や開発投資などは原則として控除すべきでないと考えられます。
ただし、事案によって、追加的に発生する費用は異なりますので、訴訟等にあたっては慎重に検討する必要があります。

Q95 次のような場合に、損害額は、具体的にどのように算定されますか。
・商標権者が販売する商品aの販売単価:2000円
・侵害者が販売する商品bの販売単価:1500円
・商品a、商品bの限界利益率:50%
・商品aの販売数量:3万個
・商品bの販売数量:1万個

A95 商標法38条の規定を具体的な計算例として示すと次のとおりです。

なお、以下に示す計算例は、あくまで架空事例を題材としたものです。実際の商標権侵害訴訟では、事案毎に算定の基礎となる係数や考慮事情が異なり、認定される損害額も様々ですので、ご留意ください。

(1) 38条1項1号(Q93(1)参照)

ただし、上記の計算は、商標権者の使用相応数量が1万個以上であることを前提としています。また、別途「特定数量」の証明があった場合には、上記損害額から減額がなされます(詳細は、Q96、Q97参照)。また、これらに相当する数量については、使用料相当額を追加して請求できます(同項2号)。

(商標権者の販売することができた商品aの単位数量当たりの利益の額)

2000円(商品aの販売単価)×0.5(限界利益率)=1000円/個

(損害額)

1000円/個×1万個(侵害者の商品bの販売数量) = 1000万円

(2) 38条2項(Q93(2) 参照)

ただし、市場における競合品の存在や侵害者の営業努力などの事情により推定が覆されれば、損害額が減額されます。

(侵害者の販売していた商品bの単位数量当たりの利益の額)

1500円/個×0.5=750円/個

(損害額・侵害者の得た利益の額)

750円/個×販売数量1万個(侵害者の商品bの販売数量)=750万円

(3)38条3項・4項(Q93(3) 参照)

計算例では、売上額にこの例では使用料率(ライセンス料率)を3%として損害額を算出しています。使用料率は、業界の相場やライセンス実績など諸般の事情を考慮して裁判所が定めます。Q93(3)のとおり、一般的な相場より高くなることもあります。

(侵害者の販売していた商品bの売上額)

1500円/個×1万個=1500万円

(使用料相当額)

1500万円×使用料率3%=45万円

Q96 X社より商標法38条1項による損害賠償請求を受けました。当社は、同項1号の「特定数量」を主張したいと思いますが、具体的にどのような主張をするべきですか。

A96 譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を販売することができない事情の例として、侵害者の売上は侵害者側独自の販売努力によること、侵害品の販売価格がより低廉であること、侵害品には登録商標と類似する商標以外にも独自の商標が使用されているために誤認混同をする需要者の割合が低いこと、商標が侵害品の付加価値全体の一部にのみ貢献していること等がありますので、こういった事情を具体的事実に即して主張することになります。

Q97 我が社が商品bにつけた名前が、A社の商標αに類似しており、A社の商標権を侵害するとのことです。商品bはテレビで紹介されたために大人気になって、かなり売れているのですが、テレビで紹介される前は全く売れていなかったので、今の売上げと商品bの名前とは全く関係がないはずです。A社から、我が社が商品bの販売により得た利益の額の支払いを求められた場合、どのような反論ができますか。

A97 商標αに顧客吸引力が全く認められないなどの特別な事情がある場合には、A社には損害が発生していないという反論(損害不発生の抗弁といいます。)ができる可能性があります。最判平成9年3月11日民集51巻3号1055頁[小僧寿し事件]も、「登録商標に類似する標章を第三者がその製造販売する商品につき商標として使用した場合であっても、当該登録商標に顧客吸引力が全く認められず、登録商標に類似する標章を使用することが第三者の商品の売上げに全く寄与していないことが明らかなときは、得べかり利益としての実施料相当額の損害も生じてないというべきである。」として、損害不発生の抗弁を認めています。
ただし、商標権者は少なくとも侵害者から使用料を受け取ることができる立場にあり、商標法は商標権者が受け取ることができた使用料相当額を最低限の損害額として定めていることから、少なくとも使用料相当額の損害は発生すべきとする見解も有力です。実務的にも、損害不発生の抗弁が認められるのは、例外的ですので、ご留意ください。

Q98 当社は、商標権Aの商標権者ですが、Z社に非独占的通常使用権を許諾しているだけで、登録商標を自社では使用していません。商標権Aを侵害するY社に当社が損害賠償請求する場合、商標法38条1項から3項は適用されますか。

A98 商標法38条1項は「商標権者又は専用使用権者がその侵害の行為がなければ販売することができた商品の単位数量当たりの利益の額」を基準にして損害額を推定する規定です。このように、同項は商標権者が登録商標を使用していることを前提としているため、商標権者が登録商標を自己使用していない場合には適用はありません。
また、商標法38条2項の適用には、本項の適用が認められるためには、権利者について、被告の商標権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が認められる必要があり(イケア事件 東京地裁平成27年1月29日判決・判時2249号86頁)、商標権者が純粋なライセンサーであり自己使用していない場合には適用はないとする見解が有力です。
他方で、設例のような場合であっても、商標権者は少なくとも侵害者から使用料を受け取ることができる立場にあるため、商標法38条3項に基づいて使用料相当額の請求は可能です。

Q99 Y社は、5年前から当社の商標権を侵害しています。当社は、Y社による商標権侵害を当初から知っていましたが、本日まで何も対応しませんでした。Y社の不法行為は5年間継続しているとして5年分の損害賠償請求が可能でしょうか。

A69 商標権侵害に基づく損害賠償請求権は、商標権侵害の損害及び加害者を知った時から3年が経過し債務者が消滅時効を援用することによって確定的に消滅します(民法724条1号)。5年にわたり放置していたのであれば、3年以上が経過した部分については時効援用によって請求が認められない可能性があります。

そこで、このような場合、直近の3年分については損害賠償を請求し、3年が経過してしまった2年分についてはより時効期間が長い不当利得返還請求をする方法が考えられます。但し、不当利得返還請求の対象は、Y社が支払を免れた5年間の商標使用料相当額に限られ、商標法38条1項から3項の計算規定の適用はないと考えられているためご留意ください。

Q100 我が社が商品bにつけた名前が、A社の商標αに類似しており、A社の商標権を侵害するとしてA社から損害賠償請求がなされ、我が社の賠償義務を認める判決が出てしまいました。しかし、商標αの登録は無効ではないかと思います。商標αの登録が無効になれば、損害賠償金も払わなくてよくなりますか。

A70 商標登録に無効理由がある場合、利害関係人は商標登録無効審判を請求することができ、商標登録を無効にすべき旨の審決が確定すると、商標権は初めから存在しなかったものとみなされます(商標法46条の2第1項)。しかし、それよりも先に商標権侵害を理由とする損害賠償請求を認める判決が確定している場合には、その訴訟の当事者であった者は、当該商標に無効審決が確定したことを主張することができません(商標法38条の2)。
そのため、たとえ商標αの登録が無効とされたとしても、すでに商標αの侵害を理由に貴社に損害賠償義務を認める判決が確定した場合には、もはや損害賠償金の支払いを免れることはできません。