弁護士知財ネットでは、知的財産に関するQ&Aを公開しています。今回も商標法に関するよくある質問と回答をお届けします。
前回に引き続き、商標権者等から権利行使を受けた場合の防御方法に関する質問にお答えします。
- Q81 真正品の転売は商標権侵害とならないと聞きましたが、どのような場合に適法となるのでしょうか。
- Q82 真正品であれば、予めそれを加工・改造したり、小分けにして転売した場合でも、商標権侵害にならないのでしょうか。
- Q83 並行輸入の抗弁とは、何ですか。
- Q84 商標登録無効の抗弁とは何ですか。その具体的な要件を教えてください。
- Q85 商標登録無効の抗弁は、無効審判請求の除斥期間が経過した後でも主張可能でしょうか。
- Q86 どのような場合に、商標権の行使が権利濫用と評価されますか。色々とパターンがあると聞きましたが、簡単に整理して教えてください。
- Q87 商標権者により登録商標が使用されていない事実は、商標権侵害訴訟に何か影響しますか。当社は、X社より商標権侵害の警告を受けましたが、X社は登録商標を3年以上使用していないはずです。この場合、当社は、どのような反論ができますか。
- Q88 X社の商標権は、著名なアニメのキャラクターであり、その著作者に無断で商標登録がされてしまったようです。X社による当該商標権の行使は、権利濫用となりますか。
- Q89 XさんとYさんは、Z流という柔道場を共同経営しており、Xさんは「Z流」という商標も取得していました。ところが、XさんとYさんは経営方針でもめて別々に道場を開くことになりました。Yさんが新たに「Z流」という名称で道場を開いたところ、Xさんは、商標権を侵害するものとして、Yさんに対し「Z流」の使用の差止めを請求しました。Xさんの商標権の行使は、権利濫用になりますか。
- Q90 ある商品(商品名「A」)の販売について、X社より商標権侵害の警告を受けています。当社は、X社の商標権が商標出願される前から商品名Aを使用していました。当社は、どのような反論が可能でしょうか。
A81 真正品とは、商標権者又はライセンシーによって適法に販売された商品のことをいいます。
商標法の条文上、登録商標が付された商品を譲渡等することは商標の「使用」にあたり、商標権侵害となるものとされています(商標法25条、2条3項2号)。とすると,真正品の販売であっても,商標権者の許諾がない場合には商標権侵害となってしまいそうです。
しかし、商標は、①当該商標が付された商品の出所の同一性を識別する機能(これを「出所識別機能」といいます。)及び②当該商標が付された商品の品質の同等性を保証する機能(これを「品質保証機能」といいます。)を有するものであり、これらの機能が害されない場合までも商標権侵害とすべき理由はありません。真正品をそのまま転売する行為は、出所識別機能を害さず、品質保証機能も害していないため、実質的な違法性を欠き,商標権の侵害とはならないと解されています。
ただし、真正品が加工・改造されたり、小分けにして転売される場合には,やはり商標権侵害となる場合もあります。詳しくは、Q82をご覧ください。
A82 真正品の販売は,商標の出所識別機能や品質保証機能を害しないことから商標権侵害とならないと考えられています(Q81参照)。そのため,たとえ真正品の販売であっても,出所識別機能や品質保証機能を害してしまう場合には商標権侵害になる可能性があり、商品を加工・改造した場合や小分けにして販売する場合は,たとえ真正品の販売であっても商標権侵害が認められる場合があります。
A83 真正品の取引は、国内取引のみならず国際取引でも行われます。
特に,輸入総代理店等を経由した正規の流通経路外で商品を輸入・販売する行為を並行輸入といいますが,並行輸入は,国内の真正品取引と同様に,出所表示機能も品質保証機能を害さないものとして,一定の場合に,商標権侵害が否定されます。
フレッドペリー事件最高裁判決(最高裁平成15年2月27日判決・民集57巻2号125頁)は、その並行輸入が適法となるには,以下の3つの要件をすべて充足する必要があるとしています。
① 当該商標が外国における商標権者又は当該商標権者から使用許諾を受けた者により適法に付されたものであること(第1要件)
② 当該外国における商標権者と我が国の商標権者とが同一人であるか又は法律的もしくは経済的に同一人と同視し得るような関係にあることにより、当該商標が我が国の登録商標と同一の出所を表示するものであること(第2要件)
③ 我が国の商標権者が直接的に又は間接的に当該商品の品質管理を行い得る立場にあることから、当該商品と我が国の商標権者が登録商標を付した商品とが当該登録商標の保証する品質において実質的に差異がないと評価されること(第3要件)
A84 商標登録無効の抗弁とは、商標権侵害訴訟において、当該商標が無効にされるべきものである場合に、商標権者等による権利行使を制限することができるというものです(商標法39条、特許法104条の3第1項)。
商標登録無効の抗弁が認められるための要件は、「当該登録商標が登録商標無効審判により無効にされるべきもの」であることです。
例えば、「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標」に当たる商標は、商標登録を受けることができません(商標法4条1項10号)。このような本来商標登録を受けることができない商標は、無効な登録商標であり、本来無効審判により無効とされるべき商標です。このような無効な登録商標に基づく主張については、無効審判によることなく、訴訟において、権利行使が制限されるとの反論を行うことができます。
A85 無効審判請求の除斥期間(商標法47条)を経過した事案では、もはや「当該登録商標が登録商標無効審判により無効にされるべきもの」とはいえないため,商標登録無効の抗弁を主張することができないと考えられています。
ただし、除斥期間を経過して商標登録無効の抗弁が主張できない場合であっても,別途、権利濫用を理由に商標権侵害が否定される場合がありますので,注意が必要です(権利濫用の抗弁についてはQ86以下をご参照ください。)。
A86 商標権の行使であっても、商標法の目的である公正な競争秩序の維持に反する場合には権利濫用と評価されます。
権利濫用と評価されるか否かが問題となる事案としては、例えば,以下のようなものがあります。
(1) 商標の登録過程において他人の顧客吸引力を自己のために利用しようという濫用的な意図があった場合(東京地判平12.3.23 [JUVENTUS事件]など)
(2) 登録商標の存在を奇貨として、商標権の行使において何らかの濫用的な意図がある場合(大阪地判平15.9.30 [極真会館事件]など)
(3) 商標権の行使の相手方には、本来の権利者からの許諾があるなど問題の標章を利用する正当性が認められているような場合(最判平2.7.20 [ポパイ事件]など)
(4) 登録商標の出所識別力が低く、相手方の標章の方が継続的な使用により商品の周知性や著名性を獲得している場合(東京地判平成11.4.28 [ウィルスバスター事件]など)
(5) 商標登録出願時までに商標法4条1項10号の周知性を取得した周知商標使用者に対して権利を行使する場合(最判平29.2.28 [エマックス事件])
Q87 商標権者により登録商標が使用されていない事実は、商標権侵害訴訟に何か影響しますか。当社は、X社より商標権侵害の警告を受けましたが、X社は登録商標を3年以上使用していないはずです。この場合、当社は、どのような反論ができますか。
A87 訴訟の対象となる登録商標について,国内で継続して3年以上不使用である場合、誰でも取消審判請求をすることが可能です(不使用取消請求審判、商標法50条1項。Q45~Q50参照)。また,このような取消審判請求の対象となるような登録商標に係る商標権の行使は,正当な権利行使ではないとして,権利濫用にあたると評価される可能性があります。
本件の事案においては、X社は登録商標を3年以上使用していないはずとことですので、不使用取消請求が可能であることを前提に権利行使は権利濫用であることを主張することを検討するべきです。併せて、商標権者からの請求に対して回答する前に別途不使用取消審判の請求(商標法50条1項)を申立てることを検討することも重要です。
A88 Q86のAで解説したように、登録商標の権利行使であっても、商標の登録過程において濫用的な意図があった場合や、商標権の行使において何らかの濫用的意図がある場合には、権利濫用に該当する場合があります。
本件では、X社が、著名なアニメキャラクターであり、たとえば著作者が商標登録を行っていなかったことを奇貨として、無断で商標登録をして、著作者に対して権利行使するようなことは著作者がこれまでに資金や労力を投じてアニメキャラクターに化体させてきた信用や顧客誘引力を自己のために無償で利用しようとする不正な目的が認められうるところです。
なお、本件では,ポパイ事件判決・最判平成2.7.20民集44巻5号876頁も参考になると思われます。
Q89 XさんとYさんは、Z流という柔道場を共同経営しており、Xさんは「Z流」という商標も取得していました。ところが、XさんとYさんは経営方針でもめて別々に道場を開くことになりました。Yさんが新たに「Z流」という名称で道場を開いたところ、Xさんは、商標権を侵害するものとして、Yさんに対し「Z流」の使用の差止めを請求しました。Xさんの商標権の行使は、権利濫用になりますか。
A89 商標権の行使が権利濫用に当たるかは、登録商標の取得経過や取得意図、商標権の行使の態様等について具体的な事案ごとに種々の事情を総合考慮して判断されます。今回のケースでは、例えば、「Z流」という商標が周知又は著名であって,その周知性又は著名性の形成にYさんが寄与しており、また、経営方針で揉める前までは、XさんがYさんに対し「Z流」の使用を許諾していた等といった事情がある場合には、Yさんに対する商標権の行使が権利濫用に当たる可能性もあります。もっとも、権利濫用については、この他にも様々な事情を検討する必要がありますし、その判断には専門的な知見が不可欠ですので、今回のようなケースでお悩みの場合には、是非,弁護士知財ネットにご相談ください。
A90 X社からの警告に対する反論としては、
①X社の商標権出願前から当該商品について商品名Aを使用してきた等の要件を満たすとして「先使用の抗弁」を主張する(先使用の抗弁の詳細についてはQ72を参照ください)、
②商品名Aは、「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標」であり、X社は本来商標登録を受けることができないものであるとして「商標登録無効の抗弁」を主張する(商標登録無効の抗弁の詳細についてはQ84を参照ください。)
等が考えられます。
③なお、②の商標登録無効の抗弁は、Xの登録商標の商標権設定登録日から5年を経過した場合は、主張することができませんが(商標法4条1項10号、同法47条1項、同法39条)、そのような場合であっても、貴社の商品名AがX社の登録出願時において「自己の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標」であるときは、貴社は、自己に対する商標権の行使が権利の濫用にあたることを抗弁として主張することが可能と考えられます(エマックス抗弁。最判平成29年2月28日参照)。