弁護士知財ネットでは、知的財産に関するQ&Aを公開しています。今回も商標法に関するよくある質問と回答をお届けします。
今回は、商標権者等から権利行使を受けた場合の防御方法に関する質問にお答えします。
- Q71 商標権者から商標権侵害を内容とする警告を受けました。警告を受けた者の反論として一般的にどのようなものがありますか。
- Q72 先使用による通常使用権とはなんですか。どのような場合に認められますか。
- Q73 先使用による通常使用権について詳しく知りたいのですが、例えば次の事例で、先使用による通常使用権が認められますか。
- Q74 自己の氏名を他人が商標登録している場合、自己の氏名を表示することも登録商標の使用として商標権侵害となってしまうのでしょうか。また、商標法26条1項1号の要件を教えてください。
- Q75 商品や役務の普通名称を表示する場合でも、その表示が登録商標と同一又は類似であれば商標権侵害となるのでしょうか。また、商標法26条1項2号及び3号の要件を教えてください。
- Q76 商標法26条1項1号から3号に規定の「普通に用いられる方法で表示」に該当する例と該当しない例を教えてください。
- Q77 慣用商標とはなんでしょうか。商標法26条1項4号はどのような規定でしょうか。
- Q78 商標法26条1項6号は、平成26年改正で新設されたと聞きました。改正の経緯を簡単に教えてください。
- Q79 商標法26条1項6号に該当するのは、どのような場合でしょうか。
- Q80 飲料水メーカーのX社は,自社商品について「Fight」という登録商標を有していたところ、〇×という飲料水のパッケージに、Fight!〇×と記載し、販売キャンペーンを実施していたY社に対し、商標権侵害を警告しました。Y社は,どのような反論をすることができますか。
A71 まず、商標権者の主張を積極否認すること(商標が類似しない,指定商品・役務と類似しない等)が考えられます。
また,実務上よくみられる被疑侵害者の主張(抗弁)として次のようなものがあります。これらの詳細は,Q72以下をご参照ください。
① 登録商標の使用権原の存在
ⅰ) 先使用による通常使用権(Q72,Q73)
ⅱ) 許諾による使用権
② 商標権の効力制限(商標法26条1項各号及び3項各号 Q74~Q80)
③ 真正品の販売・違法性欠如の抗弁(Q81~Q83)
④ 商標登録無効の抗弁(商標法39条が準用する特許法104条の3第1項 Q84,Q85)
⑤ 権利濫用の抗弁(Q86~Q90)
A72 先使用による通常使用権とは、他人の登録商標について、その商標出願よりも前からこれと同一・類似の商標を使用している場合に認められる通常使用権(先使用者が、引き続きその商標を使用することができる権利)であり,、次の要件を満たす場合に認められます(商標法32条1項)。
① 他人の商標登録出願前から日本国内においてその商標登録出願に係る指定商品・役務又はこれらに類似する商品・役務について、その商標又はこれに類似する商標の使用をしていたこと
② 不正競争の目的がないこと
③ その商標登録出願の際、現にその商標が自己の業務に係る商品・役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていること(この要件を「周知性」といいます。)
④ 継続してその商品・役務についてその商標を使用すること
A73
【事例】
ペットフード販売会社のY社は、平成25年頃にドッグフードを開発し「ABC」という名称を付して販売を開始し、全国紙や多数の雑誌に取り上げられたことから評判となっていました。ところが、令和2年、X社は、指定商品を「ペットフード」として「ABC」について商標登録出願し、商標登録を受けたことから、Y社に対し、商標権侵害を主張し、「ABC」の名称の使用の差止めを求めました。Y社には先使用による通常実施権が認められますか。
A
【事例】では、主として、Y社の「ABC」という商標の周知性,すなわち,X社の商標出願の際、同商標が,Y社の業務に係る商品・役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたかが問題となります(A72の要件③)
Y社が、ドッグフード「ABC」が全国紙や多数の雑誌で取り上げられていた等の事情から、自社の「ABC」という商標の周知性を立証できた場合には、先使用による通常使用権が認められる可能性があります。もっとも、周知性は個別具体的な事案を踏まえて判断されるものですし、その立証が困難なケースが多いことから、この種の事案でお悩みの方は、是非,弁護士知財ネットへご相談ください。
なお、本事例では、Y社において、商標登録無効の抗弁(商標法4条1項10号、同法39条、特許法104条の3第1項)を主張することも考えられます。この点については、Q84及びQ85をご覧下さい。
A74 自己の氏名を普通に用いられる方法で表示する商標については、商標法26条1項1号により,他人の商標権を侵害しないものとされています。
商標法26条1項1号の要件は、次のとおりです。
① 表示商標が自己の肖像又は自己の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称であること
② ①を普通に用いられる方法で表示すること
例えば、株式会社Yは,味付け海苔を製造販売する会社であり、商品のパッケージの裏面に「製造元 株式会社Y」と記載していたところ、同じく味付け海苔を製造販売するX社が、「Y」との記載はX社の商標権を侵害するものと主張したとします。この場合、Y社としては,Yの商品の記載は、「自己の名称」を「普通に用いられる方法で表示する商標」であるとしてX社の商標権の効力が及ばない(商標法26条1項1号)と反論することが考えられます。なお,「普通に用いられる方法で表示する」についてはQ76も参照ください。
A75 商品・役務の「普通名称」とは、「特定種類の商品・役務の名称として一般に使用される名称」をいい、このような普通名称の使用は,一定の場合,他の商品・役務との識別力がないものと考えられ、商標権の効力が及ばないものとされています(商標法26条1項2号及び3号)。
普通名称の使用によって商標権侵害が否定されるのは,次の要件を充足する必要があります。
① 表示商標が普通名称であること
② ①を普通に用いられる方法で表示すること
なお,商標法26条1項2号及び3号では,「普通名称」のほか,「(商品について)産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格」,「(役務について)提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格」も,「普通に用いられる方法で表示」する場合には商標権の効力が及ばないとされています。
A76 当該表示が「普通に用いられる方法で表示」するとは、その書体や全体の構成等が特殊な態様でないものであることをいいます。
裁判例には、錠剤に付された「ピタバ」の表示については、「ピタバスタチン」又は「ピタバスタチンカルシウム」の略称ないし一部であるとしたうえで,調剤過誤等の防止の観点から,医薬品の名称又はその略称を錠剤に表示することは,普通に行われているとして,「普通に用いられる方法で表示」の該当性を肯定したものがあります(ピタバ事件 知財高裁平成27年8月27日判決平成 26年 (ネ) 10129号・裁判所HP)。
他方で、対象商品(海苔製品)の包装箱の正面及び背面下方に貼布されたラベル等に付された表示について,相当程度大きく、かつ、需要者の注意をひきやすい場所に表示されており,特徴のある崩書きの書体により書かれたものである等の事情から,「普通に用いられる方法で表示」に該当しないと判断した裁判例もあります(山形屋海苔店事件 東京地裁昭和57年6月16日決定昭和54年(モ)第2068号・判タ471号223頁)。
A77 「慣用商標」とは、もともとは他人の商品(役務)と区別することができたものの、同種類の商品又は役務について同業者間で普通に使用されるようになったため、もはや識別力がなくなった商標を意味します。例えば,清酒に「正宗」,餅菓子に「羽二重餅」、弁当に「幕の内」を付す場合などが慣用商標の使用に該当します。
慣用商標については,本来,商標登録は認められませんが(商標法3条1項2号),さらに,商標法26条1項4号は,慣用商標の使用には商標権の効力が及ばない旨規定しています。
誤って慣用商標が登録されてしまった場合でも,この商標法26条1項4号によって,当該慣用商標の使用は商標権侵害となりません。また,商標登録時には慣用商標でなかったものの後発的に慣用商標となった場合でも,商標法26条1項4号により,当該慣用商標の使用には商標権の効力は及びません。
A78 自他商品等の識別機能を発揮する形での商標の使用はいわゆる「商標的使用」と称されていますが,改正前から、「商標的使用」ではない商標の使用は商標権侵害を構成しない、と一般的に理解されていました。
このような理解を前提に,これまで数多く裁判例が蓄積されており,例えば、標章が商品の属性・内容・由来等を示したり説明したりする表示として認識される場合には、商標権侵害ではないとされていました(テレビ漫画作品のキャラクターを用いたカルタの容器に「テレビまんが」なる標章を付して販売する行為は,指定商品「娯楽用具」・商標「テレビマンガ」に係る商標権を侵害しないとしたテレビまんが事件・東京地裁昭和55年7月11日判決等。)。
これら裁判例の積み重ねを明文化するべく平成26年改正で新設されたのが商標法26条1項6号です。
A79 商標的使用の有無は画一的に決まるわけではありませんが、例えば、以下のような場合に商標法26条1項6号該当性が問題になります。
① 当該商品の用途を示すために商標と同一又は類似の表示が用いられる場合
② 商品・役務の内容を説明するために商標と同一又は類似の表示が用いられる場合
③ 宣伝用のキャッチフレーズに商標と同一又は類似の表示が用いられる場合
④ 商標と同一又は類似の表示がデザイン的に用いられる場合
⑤ 商品の形状を説明するため商標と同一又は類似の表示が用いられる場合
⑥ 商標と同一又は類似の表示が書籍の題号やURLとして用いられる場合
なお、商標法26条1項6号の適用が問題になる場合、同項のその他の号の適用も同時に問題になることもあり得ます。また、例えば「普通に用いられる方法で表示する商標」といえないとして同項のその他の号の適用が認められないケースでも、商標法26条1項6号に該当する可能性があります。
Q80 飲料水メーカーのX社は,自社商品について「Fight」という登録商標を有していたところ、〇×という飲料水のパッケージに、Fight!〇×と記載し、販売キャンペーンを実施していたY社に対し、商標権侵害を警告しました。Y社は,どのような反論をすることができますか。
A80 形式的に商標の「使用」が認められる場合であっても、商標の自他商品識別機能や出所表示機能を果たさないものには、「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない商標」(いわゆる「商標的使用」にあたらないもの)とされ、商標権侵害が成立しません(商標法26条1項6号)。裁判例としては、「ALWAYS」の文字を清涼飲料のボトル上にキャッチコピーとして記載した行為が問題となったものがあります(Alwaysコカ・コーラ事件・東京地裁平成10年7月22日判決)。
本件において、Y社は、キャッチフレーズとして自社の「〇×」という飲料水のパッケージに、「Fight!〇×」と記載しています。したがって、Y社としては、需要者をして、戦いたい・頑張りたい時などに飲みたいとの気持ちを抱くような購買意欲を高める効果を有する単なる宣伝文句としての使用にすぎず、自他商品識別機能や出所表示機能を果たさないとして,「Fight」の使用は,商標法26条1項6号に該当するとの抗弁を主張することが考えられます。なお、主張立証責任は、Y社にあります。